(1)僕の失恋日記

 

~『奥さま手帖』の15年前~

 

 

手作りのアップルパイを届けがてら、実家に寄った。

(先週末、ユノとリンゴ狩りに行ってきたのだ)

 

探し物があった。

 

僕の部屋(物置と化している)の押し入れの戸を開け、上段の荷物を一旦外に出した。

 

天井板の一枚だけが外せるようになっていて、屋根裏が僕の秘密の隠し場所だ。

 

家族に知られたりなんかしたらこの世の終わり的な、恥ずかしいものを沢山隠してある。

(捨てればいいだけの話、なんだけどね)

 

「確か、この箱の中だったはず...あった!」

 

見つけた目当ての物を、バッグに入れた。

 

「次はユノさんを連れておいで」と玄関先まで見送りに出た母さんに、「またね」と手を振って家を出た。

(ユノは我が家の人気者なのだ)

 

夕飯の用意まで時間はたっぷりあることだし、喫茶店に寄ろう。

 

僕が探していたのは、15年前の日記帳だ。

 

15年前、僕は熱烈な恋をしていた。

 

片想いだった。

 

今、ふり返ると当時の僕は相当、イタイ奴だった。

 

ユノとは既に出逢っていたけれど、まだ恋愛関係になかったし、彼には恋人がいた。

 

15年前のちょうど今頃、僕は失恋した。

 

商店街にある喫茶店で、一番奥まった席をとり、バッグから大学ノートを取り出した。

 

ここには、その際の失恋模様が書き記されている。

 

僕の日記は今も昔も記録に近いし、ところどころ、センチメンタルになり過ぎていて大赤面ものな言葉も書き綴られている。

 

「※」は、現在の僕が付け加えた注釈だ。

 

 


 

ー15年前の10月某日ー

 

失恋した。

この世の終わり。

僕はどうやって家に帰ってきたのだろう。

無のままバイトを早退し、電車に乗り、コンビニで買い物をし、郵便ポストをのぞき、鍵を開けて部屋に入り、部屋着に着替えていた。

僕はベッドで卵みたいに丸まっていた。

 

僕は失恋した。

 

 

【13:00】

え~っと、バイトの休憩室のテレビで知ったんだった。

『人気アイドル歌手CC、結婚を発表!』のテロップ。

(※CCの性別は男性だ)

 

口に運ぶ途中のから揚げを、箸からポトッと落とした。

どっと冷や汗が全身から噴き出した。

心臓がドッキンドッキン五月蠅いのに、周囲の音は消えていた。

 

(※この時のショック状態、今でもありありと思い出せる)

 

 

隣でお昼を食べていたユノが、「どうした?」と僕の腕を突いてきた。

僕の推し、アイドルCCが結婚...。

結婚!?

結婚!?

CCは僕の青春の全てだった。

CCを初めて見た中学3年、ガツンと頭を殴られたみたいな衝撃だった。

(※何かの宣伝ポスターだったと思う)

 

決定的で劇的に、僕は恋に落ちたのだ。

(※当時から僕は大袈裟な男なのだ)

 

ユノ、硬直してしまった僕を心配する。

「顔色が悪いぞ」

「大丈夫か?」

「俺が店長に伝えとくから、お前は帰りな」

 

 

【14:00】

ユノに甘えて、僕はバイトを早退する。

 

 

【ユノには言えないこと】

1.バイトを早退したホントの理由

2.バイトを早退しないといけないほど、失恋で打ちのめされていること

3.失恋の相手が、アイドルだということ

4.そのアイドルにガチで恋をしていたこと

 

 

食欲がない。

涙はまだ出ない。

 

 

【17:00】

夕方のニュース番組の時間。

怖くてテレビがつけられない。

 

 

【18:00】

ユノから電話。

僕のことを心配してくれる。

夕飯を買って寄ろうか?と優しい申し出。

ひとりでうずくまっていたい気分だったため、「大丈夫だ」と断った。

ユノは優しい。

だから、ユノの恋人は幸せ者だと思う。

 

 

【20:00】

買ってきたワインをラッパ飲みした。

美味しくもなんともない。

本棚から、CCの写真集を出した。

(※当時の僕は、バイト代のほとんどをCCに費やしていた)

どうしよう、やっぱりカッコいい。

やだなぁ、僕って馬鹿みたいだ。

じわっと、ちょっとだけ涙が出た。

わ~ん、って泣けたらいいのになぁ...。

 

 

結婚!?

マヂで信じられないんですけど!!!

(※ノート見開きを使って、大きく書きなぐってある)

 


 

 

※以下は推しの結婚報道を知って、10日以降の僕の様子だ。

打ちひしがれた僕はなんと、10日間部屋に閉じこもっていたらしい。

つまり、学校もバイトも休んでいたわけだ。

 

馬鹿にもほどがある。

 

 


 

ー15年前の10月某日ー

 

ため息ばかりついている。

CCのことが頭の中をぐるぐるしている。

 

 

テレビなんて大嫌いだ。

世の中、もっと報道すべき事はあるだろうに、CCについての続報がないのだ。

CCの結婚スクープが放送されたのはその当日のみで、あとはぴたっと無くなった。

スポーツ新聞や週刊誌を買ってきては、目を皿のようにしてページをくった。

『10月某日、所属事務所を通じて歌手のCC(年齢非公開)は、来年に結婚式を控えていると発表した。

突然過ぎるんだよ。

先月、アルバムを発表したばっかりじゃないか。

アイドルが結婚していいのかよ。

 

 

関係者によると交際期間1年で、お相手は7歳年下の一般男性だという。

1年間!?

じゃあ、あのコンサートの時は既に恋人がいたのか。

きっついなぁ。

一般人ってなんだよ。

アイドルと一般人の接点ってどこにあるんだよ。

 

(※当時の僕は、当然のことながらお相手の性別が気になっていた。

僕自身がゲイであるから、余計にこだわってしまった。

「女性」だったら、男の僕はどう頑張っても太刀打ちできない。

だって、女性になれないんだ。

でも、僕と同性となると、婚約者とやらはれっきとしたライバルになり、僕は彼に負けたことになる。

女性だろうが男だろうが、CCはその人物と添い遂げたいと望んだんだ。

僕にとって妬ましい存在であることに変わりはない)

 

 


 

ー15年前の10月某日ー

 

【食べたもの】

ヨーグルト

サラミソーセージ1本

缶ビール5本

CCのデビューアルバムを12回リピートした。

やっと涙が出るようになった。

 

 

2週間前の週刊誌の2ページあまりの記事を、何度も何度も読んだ。

僕に読まれ過ぎて、印刷された文字が薄くなっちゃうんじゃないかな。

 

『報道各社に、本人の直筆メッセージがFAXで届けられた。

『皆さんに具体的にお知らせするべきでしたが、報道が先となってしまいました。

〔ホントだよ。

ファンにまず知らせるべきだよ]

 

『皆さんもご存知の通り、僕には交際中の男性がおりました...彼とは...うんぬんかんぬん...』

〔うんぬんかんぬんの部分

出会いの話や婚約者への想いなんて知りたくないんだよ〕

 

『CCは××××年に芸能界にデビューし、圧倒的な歌唱力と端整な容貌が注目され、

以降10年にわたり音楽シーンの第一戦を...うんぬんかんぬん』

 

CCの活躍なんて知ってるよ。

(せいぜい数年だけど)

僕は彼の謝罪の言葉が聞きたかった。

ファンの皆さん、ごめんなさいって。

 

 

(※僕はこれだけ傷ついたんだよ、ってのを、彼に知ってもらいたかったんだね。

15年前の僕は、週刊誌に書かれた記事を書き写している。

そこに赤ボールペンで、自身のコメントを書き加えている。

よほどご立腹だったらしい。

痛々しい)

 


 

ー15年前の10月某日ー

 

今頃、CCは何を考え、何をしているのだろう。

 

婚約者とよろしくやっているのだろうか。

想像して苦しくなった。

俳優×の不倫騒動や、女優××の4つ子出産、歌手×××の逮捕の方が話題性があるから、仕方がないか。

事務所側がネタを出さないようにしているのか、CCの意向なのか。

地方都市に住む平凡な19歳男が知る由もないとは、このことなんだろうなぁ。

 


 

ー15年前の10月某日ー

 

ズボンのウエストが緩くなってきた。

ひげを剃らず、一度も外出しない日もある。

何を食べたいのかも分からない。

 

 

今日も差し入れを持ってきてくれる。

僕の生命はユノによって繋いでいると言っても過言ではない。

いつか元気になったら、ユノにお返しをしてやりたい。

 

(※どん底気分にある時は、そこから抜け出せる日などなく、永遠に悲しみ続けると絶望しているものだ)

 

 

CCのグッズは押し入れに隠すべきなんだろうけど、今の僕はその元気がない。

ずら~っと床一面にCCのグッズを陳列していた。

僕とCCとの軌跡だ。

ユノは驚いたと思う。

(やべぇ奴だと思っただろうな)

でも、このことに一切触れなかった。

(ユノは優しい。

ユノの恋人は幸せ者だ)

 


 

ー15年前の10月某日ー

 

夜20時。

バイト帰りのユノ、僕の部屋に寄ってくれる。

ハロウィーンだからと、パンプキンプリンを買ってきてくれた。

僕らは歌番組を観ながら、パンプキンプリンを食べた。

CCは雲隠れしてしまったようで、この番組に出演していなかった。

僕はホッとしていた。

どんな気持ちでCCの歌を聴いたらいいか、分からなかったから。

 

 


 

ー15年前の11月某日ー

 

推しの結婚報道に1ヶ月経ったのに、未だ受け入れ難い。

僕らというファンがいながら結婚を決心したCCの気が知れない。

推し仲間と喫茶店に集合して、『アイドルとは?』について論じあった。

お腹がタプタプになるほど、コーヒーをお代わりしたし、同席の奴らはタバコをひっきりなしに吸うから、全身いぶされたみたいになった。

語りに語り尽くして、店の閉店時間まで粘った。

ふらふらになって帰宅する。

夕飯を届けにきたユノに、

「タバコ臭いなぁ。吸うなとは言わないけどさ、吸い過ぎるなよ」と言われ、僕はムカっとした。

「僕が吸ったんじゃねえよ」って。

(※当時も今も、ユノは変わらない)

 

CCに特別な思いを抱いていない人たちが皆、ノー天気に見えてくる。

彼らのノリについてゆけない。

僕は1か月が経った今も、ふわふわと夢見心地の世界に生きている。

その夢はとても暗く、寒々としていて、息苦しい世界だ。

いつになれば、ここから抜け出せるのだろうか?

CC以上の人物とは、二度と出逢えないだろう。

(※失恋真っ只中の人間とは、視界が狭くなっており、断定的な思考をしがちだ)

 

 


 

ー15年前の11月某日ー

 

正午頃に起床する。

朝食

果物ゼリーとチョコレートを1/2枚

3時限目の講義に出る。

(※出席日数が単位に関わるから、仕方なく出席したのだろう)

 

病欠で1か月以上バイトを休みにしていたが、来週からはいよいよ復帰しなければならない。

CCに費やすための資金を稼ぐ必要はもうないんだな、と思うと寂しくなった。

 

 


 

ー15年前の12月某日ー

 

外に出ると息が白かった。

冬だなぁ、と思った。

お洒落を楽しむ気持ちになれずにいた。

「そろそろ、床屋に行ってこい」

と、ユノに引っ張っていかれるまで、髪の毛が伸び放題になっていたことに気づかなかった。

コンサートに行くときは、床屋に行ったし、とっておきの洋服を着た。

CCの真似をしてピアスホールも開けた。

あの日はもう、やってこない。

ぽっかり空いた心が痛い。

 

突然泣き出した僕に、ユノは困った風で僕を眺めていた。

いつまでも泣き止まないから、ユノは

「よ~し、泣け泣け」と頭を撫ぜてくれた。

 

 


 

 

相当、打ちひしがれていたんだなぁ、と驚きながら読み進めていた。

 

「可哀想に」と憐れむよりも、「アホだなぁ」と思った。

 

「握手会」のためにCDを30枚以上買ったなぁ。

 

屋根裏に、それらが紐で束ねられていた。

 

ちらほらとユノの存在を感じる。

 

CC失恋事件を契機に、ユノとの距離が縮まったんだった。

 

僕はコーヒーのお代わりを注文した。

 

 

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