アイドルごときに真剣に恋をしていた僕。
馬鹿だなぁ、ってつぶやいているけれど、小馬鹿にはしていない。
馬鹿にできるものか。
僕は彼のファンの一人に過ぎず、向こうは僕の存在自体を認識していない。
そうであったとしても、19歳の僕は真剣だった。
結婚報道を知ってから2カ月が過ぎた頃、僕の心境に変化が現れた。
CCに対して苛立ちと怒りをおぼえたり、突如、虚しさをを抱え始めたようなのだ。
(この日記を読むまで、当時の心境をすっかり忘れていた)
ー15年前の12月某日ー
初雪。
例年の10日遅れなのだそうだ。
クローゼットの中からセーターを引っ張り出した。
今年もあと3週間。
ふ~んって感じ。
何の感慨もない。
僕の心は死んだまま。
(※浸ってるなぁ)
・
シャワーを浴びていた時、突き出た下腹に気が付いた。
食欲が戻った以降、暴飲暴食な食生活が続いていた。
鏡に顔を映すと、むくんで不細工な顔がそこにある。
僕を不細工にした正体を、僕は知っている。
それは、執着だと思う。
僕は推しから離れられずにいる。
僕の推しは今も推しのまま。
ふとした時に、CCを想う。
CCは今、婚約者の隣にいる。
ため息ばかりついている。
嫌いになれたら楽になれるのに。
(※相当センチメンタルになっているようだ。
今も昔も、僕という人間は変わっていない)
・
・バイトのシフトを増やした。
・母さんから電話。
年末年始、帰省するのかどうか?
「帰らない」と答えた。
・明日は資源ゴミの日。
溜まりに溜まった空き缶を捨ててしまうこと。
(毎晩、飲み過ぎだ。節制しないと)
ー15年前の12月某日ー
年末年始、クリスマスを控え、街中が忙しなさと浮かれた雰囲気。
ユノと××デパートへ、買い物に出かける。
【ユノが買ったもの】
×××(ブランド名)の腕時計
恋人へのクリスマスプレゼント。
値段に驚く。
ユノ曰く、恋人からのリクエストなんだとか。
これを買ってあげるために、バイトを頑張ってたんだとか。
ブランドものの腕時計なんて僕は欲しくもないけど、ユノの恋人は幸せ者だなぁと思った。
だって、ユノを頑張らせる原動力となっているんだもの。
その人の為なら頑張れる。
そういう存在がいる幸せ。
僕はその存在を10月××日に失くしてしまった。
【僕が買ったもの】
・口紅
(妹×から頼まれたもの)
・靴下3足
ー15年前の12月某日ー
ユノにクリスマスの予定を尋ねられる。
クリスマスを一緒に過ごさないか?と誘われた。
当然、断った。
(断る以前に、バイトのシフトを入れていたから無理な話)
会ったことのないユノの恋人と3人で、クリスマスを過ごす不自然さ。
ユノは僕を憐れんでるのだろう。
余計なお世話だ。
ー15年前の12月24日ー
世の中はクリスマス・イブ。
うっとおしい。
・
バイト
7:00~19:00
忙しかった。
フルタイマーの××さんから、飲みに誘われる。
××さんはクリスマスの一週間前に、彼氏と別れたのだとか。
寂しいのだろう。
僕を当てにされても困る。
・
(※僕がゲイだと、周囲には知られていない。
それは当然のことで、前もって知らせる義務も、必死になって隠す必要もない。
誰かと恋愛関係に陥りそうになってはじめて、少数派である僕の傾向がネックになるのだ。
ユノにも気付かれていないと思い込んでいたところ、実はバレていた。
その辺りのくだりは、後述する)
・
帰り道、電柱の影に白猫がうずくまっていた。
近寄ると、逃げてしまった。
【夕飯】
・骨付きグリルチキン
・サラミピザ(冷凍)
・ポテトサラダ
・ショートケーキ
・ワイン2本
・缶ビール5本
いずれもバイト先で購入。
ガツガツと食べた。
・
今頃ユノは、恋人と仲良く過ごしているのだろう。
有名店のケーキを注文した、と言っていた。
とても大きなケーキだから、一緒に食べようと誘ってくれた。
部外者の僕がいたらユノの恋人も居心地が悪いだろう。
それなのに、「今からそっちに行ってもいい?」と電話をかけたくなった。
手にとった受話器を戻した。
僕はとても寂しがっている。
電話をかけなかったワケは、寂しい理由が分からなくなったからだ。
僕は10月からこっち、ずーっと寂しい気持ちを抱え続けていたせいで、
今の寂しい気持ちが、CCがらみによるものなのか、そうじゃないのか区別がつかなくなっていた。
・
今頃CCは、婚約者の隣にいるのだろう。
ファンに過ぎない僕は、CCの隣に立ったことは一度もないし、今後もあり得ない。
もし、夢が叶って隣に立つことが許されたら...。
「もしも」の話は止めよう。
ー15年前の12月某日ー
CCの結婚についての報道は、10月から一切なかった。
ファンクラブから何のお知らせもない。
今この時も、CCは婚約者と一緒に過ごしているのだろうな。
「結婚します」とは聞いたけれど、「いつ」結婚するんだろう?
関係者か誰かがリークしてくれないかなぁ。
喫茶店に集まる推し仲間が、3分の2まで減っていた。
離れていったのだ。
CCを話題に、彼らと過ごした楽しかった時間は、もう戻ってこない。
彼らと僕を結び付けていたのは、「CCに恋する気持ち」
CCへの恋心が打ち砕かれた今、彼らと集う理由はなくなった。
寂しいなぁ、と思った。
・
実家から、米と餅、リンゴ、レトルト食品と缶詰、封筒に入った現金が届いた。
ー15年前の12月某日ー
2か月間、床に陳列していたCCのものがうっとおしく思えてきた。
僕はむしゃくしゃしていた。
CCはアイドルがしてはいけない禁忌を犯したのだ。
ファンを裏切った。
怒りの感情に支配されていた。
一切合切、CCのものをゴミ袋に投げ込んだ。
ニューアルバムの初版限定特典ポスターを切り裂いた。
(手に入れるため早朝からCDショップの前で並んだ)
割れたCDケースで手の平を切ってしまった。
クリアホルダーにおさめた雑誌の切り抜きも、マスコット人形も。
いっぱいいっぱい。
これら大量のものを、嬉々として買い集めていた自分が馬鹿みたいだ。
黒いゴミ袋に突っ込んだ。
45リットルゴミ袋8袋。
すっきりした。
・
18:00
【ユノと居酒屋へ】
二人だけのお疲れさん会。
ユノに「元気か?」と訊かれて、僕は「元気じゃない」と答えた。
「失恋したんだ」と、ユノに打ち明けた。
「そんなところだろうと思った」とユノは答えた。
「大好きだったんだ」と、教えてあげた。
「そうだったろうね」とユノは答えた。
この後、僕とユノは飲み屋を二軒(多分)ハシゴした。
めちゃくちゃ飲んで酔っ払っていたから、その間の会話は覚えていない。
(※ボロボロになった僕の介抱をしてくれていたんだから、ユノに大バレもいいところだ。
部屋に散乱したCCのグッズから、失恋した対象も大バレだった。
ユノも困っただろう。
男性アイドルにガチ恋して、ガチ失恋している19歳男子に、何て声をかけたらいいのか。
僕の嘆きように、中途半端な慰め言葉はかけられない、と気を遣っただろう。
冒頭で、僕はこう言った。
馬鹿にできるものか、と
あの時のユノは、僕を尊重してくれたんだと思う)
※3か月も経過すると、意識の上にのぼってこない日々が当たり前になってくる。
呼吸が楽になり、日々の楽しみをしみじみと味わえるようになる。
なんだ、平気じゃないか、と嬉しくなるのだ。
ー15年前の12月大晦日ー
今日もバイト。
忙しい。
昼休憩は15:00まで、後ろにずれこんた。
ユノ、僕と30分遅れで昼休憩。
ユノのぱきっとした明るさが、隣にいてしんどく感じるようになってきた。
みじめな僕と幸せなユノとでは、気分の差が大き過ぎる。
恋人がいるユノには、僕の気持ちなんて分からない。
(※15年前。
CCの件が起きるまで、僕とユノは親友同士とまではいかない仲だった。
ユノとはアルバイト先で知り合い、同じフロアに配属された。
年も近く、気取らないユノに好感をもてた。
連絡先を交換し、プライベートでも遊ぶようになっていた。
それだけの関係だったのが、推しの結婚でズタボロになってしまった僕を、ユノは放っておけなかったんだね。
今じゃ僕の旦那さんだ)
・
朝から駆けずり回っていたせいで、クタクタだった。
疲れすぎて食欲がなかった。
テレビ番組、うるさくてくだらない内容。
何がそんなに面白いんだろう?
幸せの絶頂にいるCCは婚約者の隣にいて、この番組を見て、ゲラゲラ笑っているんだ。
僕はこんなに、悲しんでいるのに...。
・
この時僕は、「またかよ」とつぶやいていた。
デジャブ、じゃなくて現実。
『歌手のCCさんが、来年2月にお相手の一般人と結婚披露宴をあげることを...』
勘弁してくれよ。
・
(※この時の、心臓がひやりとした感覚は今も思い出せる。
休憩時間、同じ場所、同じテレビ...ショッキングな情報を2度も、似たようなシチュエーションで知らされた僕。
トラウマになってしまった。
バイト先の休憩室が大嫌いになり、昼飯はタバコの匂いを我慢しながら、喫煙室で摂っていたなぁ、そういえば)
・
ユノに肩を揺すられるまで、僕の視線はテレビ画面に釘付けだった。
この日の僕は、バイトを早退しなかった。
夜22:00まで働いた。
いつもの100倍も愛想がよくて、社員の××さんや店長、パートの×さんは気味悪がっていた。
ユノは遠巻きに僕の様子を気にかけていた。
ちゃんと周囲が見えている。
よかった、少しは前進している。
・
「カウントダウン、俺たちと一緒にしないか?」
ユノに誘われたけど、断った。
ユノには恋人がいる。
僕はお邪魔虫だ。
よいお年を。
【別れ際にユノから貰ったもの】
・恋愛成就のお守り
(昨日まで実家に帰っていたんだとか。
近所の神社で買ってきてくれた)
・焼肉弁当
(※今も昔も、ユノはユノのままだ。
無神経で不器用でとても優しい)
ー15年前の1月2日ー
バイト、新年初売りで忙しい。
早番、6:00~15:00
社員さんの1人が倉庫で、積み上げられた段ボールの下敷きになった。
救急車騒ぎとなったが、腕の骨を折るだけで済んでよかった。
頭を打っていたら大変だから。
臨時バイトの高校生たちが若くてうるさい。
彼女たちの会話の中でCCの名前が出てきて、僕の心臓がどっきーんとなった。
僕はまだまだ全然、平気じゃない。
まだまだ引きずっていることに気づいて、一気に気分が落ちてしまう。
遅番のユノと入れ替わりで帰宅する。
焼肉弁当が美味しかったとお礼をいいそびれた。
ー15年前の1月某日ー
午後10時からCCが主演した映画が放送される。
録画しようか迷う。
(※この映画のDVDはもちろん持っている。
映画招待券が欲しくて、シャンプー&コンディショナーを何セットも買ったものだ)
CCは、僕の生活の深いところまで食い込んでいる。
思考のルーティンに組み込まれている。
「今頃CCは」「今頃CCは」って、意識の隙間時間ができる度に、念仏のように唱えている。
今頃CCは、婚約者と過ごしている。
じゃあ、僕は?
僕は今、何をしている?
・
剣士役のCCはかっこよかった。
悔しいけれど、ときめいた。
カッコよすぎて涙が出てきた。
映画館で観た時の感動を思い出したのだ。
スクリーンのCCを一途な眼差しで追っていた僕を想って泣いた。
「おいチャンミン、1年後にはCCは結婚してしまうんだぞ?」って、教えてあげたい。
「夢中になり過ぎるな。後で辛くなるぞ」って、突っ走る僕を止めてあげたい。
可哀想な僕。
僕の心にぐるぐる渦巻いている感情。
吐き出したい。
声に出して、誰かに聞いてもらいたい。
推し仲間とは疎遠になった。
ユノしか思いつかない。
(※思い詰めているなぁ。
大人になった僕の目から見ても、15年前の僕は、痛々しく可哀想だ)
以下は、
僕とユノが初めて寝た日に、行為の後で交わした会話だ。
(記憶をたよりに再現してみたから、細かいところで違っていると思う)
僕がゲイであることに、いつ気づいたのかを尋ねた。
ユノ
「うすうすそうじゃないかと思ってたんだけどさ」
僕
「CCのファンだったから?」
ユノ
「その前から」
僕
「嘘!?」
ユノ
「佇まいっていうの?
女を見る時のチャンミンの眼は、いっつもおんなじなんだ。
ところがさ、男を見る時...見境なくっていう意味じゃないぞ。
人によって、目の色が変わるんだ。
『お!』って、いい感じの男の時は、チャンミンの挙動がちょっと変なんだ」
僕
「...そうなんだ。
ずいぶんと観察していたんだねぇ」
ユノ
「チャンミンって、これまで俺の周りにはいなかったタイプだったから。
ついつい見ちゃうんだよなぁ」
僕
「ゲイっぽかったから、興味津々?」
ユノ
「それもあるけど。
...バレないように、隠している感じが可愛かった」
僕
「バレないようにしてることを、バレてた。
恥ずかしいなぁ」
ユノ
「周りにはバレていないさ。
俺も同類だったから、分かったんだ」
僕
「僕はユノがそうだったなんて、全然気づかなかったよ」
ユノ
「俺は気配を消すのがうまいの」
僕
「気配...ねぇ...」
ユノ
「でさ、
チャンミンはどこか危なっかしいとこがあるんだ。
チャンミンの眼を見てたって言っただろ。
真っすぐで一途なんだ。
もっと力抜けよなぁ、って思ってた。
手を抜かない。
そこらへんの適当な男なんかになびかない。
理想が高そうなとこも、危なっかしいんだ。
だから、見張っていた」
僕
「見張ってたの?」
ユノ
「ちらちらっと、ね」
僕
「恋人がいたのにね」
ユノ
「そうだよ~。
恋人がいたのにね」
(※僕らが初めて寝たのは...僕の部屋だった。
寒くて、布団の中で裸でくっついていた。
...思い出していたら、したくなってきた。
今夜、ユノを誘おう)
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