僕は車を停めると、廃工場に向かって大股に歩く。
自宅から徒歩で20分、車だと5分もかからなかった。
繁殖力旺盛なつる草が、割れた窓ガラスから工場内に侵入している。
1メートルほど開いたシャッターの下を、僕はひざをついてくぐって入った。
(自分はどうかしてる。
もの欲し気に、訪れたりして)
「キキ!」
(でも、自分を抑えられないんだ)
僕の声だけが、広い空間に響く。
床はコンクリート張りで、鉄骨に吹き付けた際に漏れた塗料が赤く染めている。
「キキ!」
もう一度大声で叫ぶと、
「こっちだよ!」
声がした工場の裏手に回る。
「おはよう」
サングラスをかけたキキが、僕に向かって手を上げた。
この日のキキは、長い黒髪をうなじでひとつでまとめ、ひざ丈の赤いワンピースを着ていた。
血の気のない肌がワンピースの色のおかげで、心なしか血色があるように見えた。
洗濯ロープに、真っ白なシーツがはためいていた。
「昨日、チャンミンが汚しちゃったでしょ?」
「ごめん」
恥ずかしくなってうつむいた。
工場の裏手は谷になっていて、下には谷川が涼し気な水音をたてている。
風に飛ばされないよう、シーツを洗濯ピンチで止め終えたミミが、僕のそばにゆっくりとした足取りで近づく。
「私に会いたかったの?」
キキは僕の真ん前に立つと、見上げた。
サングラスが瞳の色と、目の下の隈を隠していた。
僕は頷いた。
キキを前にすると、僕はとたんに無口になってしまう。
事実、昨日も喘ぐ声しか漏らしていなかった。
僕ののどがごくりと鳴る。
これから何が始まるのか期待が膨らんだ。
それも、エロティックな期待に。
キキは、僕の全身を上から下へと眺めまわすと、腕をすっと持ち上げた。
僕の視線は、キキの指先に釘付けだった。
キキの指先が、僕の手の甲から二の腕に向かって撫で上げる。
腕の産毛だけをかするような、羽のようなタッチで、それだけで僕はぞわっと鳥肌がたち、ため息が出てしまった。
僕の胸が大きく上下した。
「ここじゃなんだから、中に入りましょうか?」
キキは僕の腕から手を離すと、親指を立てて工場裏手のドアの方を指した。
「......」
明るい外から室内に入ったため視界は暗く、僕は戸口に立って目が慣れるのを待つ。
キキは歩調をゆるめることなく、あちこちに放置された鉄骨の間をすり抜けて行った。
サングラスを外したキキは、遅れて近づいた僕に対面した。
(やっぱり...)
気が動転し、欲情に支配されていた昨日は、後回しにしていた疑問。
(キキとどこかで会ったことがある)
キキに襲われた時、僕の胸をかすめた考えが確信に変わる。
(どこで会ったんだろう...?
そんなことより、今は...)
これから何が始まるかは、分かりきっている。
僕の胸に、欲の炎がともる。
身をかがめキキの片頬に手を添えると、唇を重ねた。
今日は拒まれなかったことに安心しながら、彼女の唇の柔らかさを楽しんだ。
触れた時はひやりとしていた彼女の唇は、何度も顔の向きを変えてキスをしているうちに、温かくなってきた。
半分閉じられた彼女の長いまつ毛や、短い前髪の下の形のいい眉毛が間近に迫っている。
(美しい人だ)
うっすら開けたキキの唇の隙間から、僕は舌を侵入させた。
キキの舌を追いかけながら、これも拒まれなかったことに安堵していた。
口腔を舌先でくすぐられるたび、僕の下腹に熱い疼きが走る。
ねっとりと舌をからめ合い、味わい尽くす。
キキとのキスは甘い味がした。
キキは僕の首に、腕をまわす。
興奮で火照った首筋に、キキの冷たい腕が心地よかった。
ふっとあの甘い香りが漂ってきた。
その香りを胸いっぱいに吸い込んだ僕の頭に、陶酔の壺に後ろ向きでダイブするイメージが浮かんだ。
いつしかキスは激しくなり、僕の全身はますます熱く火照ってきた。
キキは耳元に唇をよせ、ささやいた。
「こんなに勃たせちゃって」
(あ...)
僕の股間は、デニムパンツの中で圧迫されてはちきれそうだった。
痛いくらい窮屈だった。
僕らはキスを再開する。
(たまらない)
僕らはもつれるように、隅に敷かれた真っ白なマットレスに倒れこんだ。
マットレスの上を壁際まで下がった僕に、キキがのしかかる。
ねっとりとしたキスと同時進行に、ワンピースの上からキキの胸に手を這わせた。
これも拒まれなかった。
小ぶりの乳房を、手の平でもんでその柔らかさを楽しむ。
ところが、ワンピースの下に手を差し込もうとした時、手首をつかまれ耳の高さに押さえつけられた。
男の腕でも、抗えないほどの鋼鉄のような力。
もう片方の手も、同じように押さえつけられた。
キキは手首から手を離すと、僕のベルトを外し、パンツのファスナーを下げた。
キキの拘束から解かれても、僕の両手は万歳のポーズのままだ。
パンツを脱がされる。
そしてキキは、下着の上から僕の膨張した部分に手を当てた。
腰が、かすかにぴくりとする。
「今日もこんなに濡らしちゃって」
下着の一点が、ジュクジュクに濡れているのが分かる。
キキは満足そうに口角を上げると、僕の最後の場所を覆っていた下着を、一気に引き下ろした。
のどが鳴る。
僕は、上はTシャツを着たまま、下半身はむき出しの裸にされた。
こんな恥ずかしい恰好も、僕の興奮を煽った。
そして、これからはじまるであろうことを思うと、それだけで猛々しくなってしまう。
「脚を広げて」
「え?」
壁にもたれた状態の僕の両膝を、キキは軽く押す。
素直に従い、僕の両腿は大きく開かれた。
欲の色が浮かんだキキの瞳は群青色に輝いて、そこから目がそらせなかった。
行き止まりまで追いつめられ、あとは襲われるのを覚悟して待つ被捕食者のように。
「どこを触ってほしい?」
「え...?」
「触って欲しいところを教えて」
(そんなこと...恥ずかしくて言えないよ)
僕は目を反らす。
大股を広げた僕の前に、キキは横座りした。
陶器のようななめらかな白い頬をゆがませて微笑する。
「言えないの?」
横座りをしたキキは、僕の睾丸を手のひらにのせると、やさしくもみほぐした。
「は...あぁ...」
深い吐息を漏らす。
やわやわと壊れやすいものを扱うように、その動きは優しい。
キキの手が、僕の陰毛を逆立てるように指ですく。
キキは身を伏せると、僕のふくらはぎに唇をつけた。
そして、膝裏からつつーっと舌を這わせ、脚の付け根に到達すると、内ももに戻る。
その道筋から、さざ波のような震えが広がった。
膝裏から内ももをたどり、脚の付け根まで舌を這わせると、ふくらはぎに戻る。
キキの舌がふくらはぎから膝裏、内もも、脚の付け根に到達すると、再びふくらはぎに戻った。
「もっと...」
焦らすような動きに、耐えられなくなった僕は口走ってしまった。
「もっと...上」
「ここ?」
「そう、そこを」
キキは、そそり立った僕のものに人差し指を当てると、揺らした。
指を離した弾みで、バネのように下腹を叩く。
「触って」
「ふふふ」
「あっ...駄目っ」
シャワーを浴びていないことに気付いて、自分の股間に顔を近づけたキキを押しとどめた。
「汚いから...」
「可愛いね」
くすっと笑うとキキは僕の先端に、チュッと音をたてて軽いキスをした。
「うっ」
快感がはじける。
昨日から僕が求めていた行為が始まった。
キキはゆっくりと、根本から上に向かってゆっくり舌を動かしていった。
「は...あっ...」
全身が粟立つ。
次は、僕の硬さを楽しむようについばむように、唇を動かした。
キキはまだ、咥えない。
僕の先からは、とめどなく先走りが流れ出る。
根元から這ったキキの舌が、先端に戻った。
「うっ...」
尿道口をちろちろと、舌先で遊ぶ。
「あっ...はぁ...」
僕の淫らな声が、しんとした工場内に響く。
キキの舌先が離れた瞬間、唇から糸がひいて、僕の興奮は増していった。
「可愛い...チャンミン、可愛いよ」
先走りとキキの唾液で、僕のものはてらてらと光っている。
「いやらしい...濡れ過ぎよ」
その言葉に煽られて、全身の血流が沸騰しそうだった。
(たまらない。
僕は...はしたない男だ)
ふとキキは顔を上げると、身を起こした。
首をそらして喉をみせていた僕は、顔を戻す。
途中で止められて、お預けをくった僕は、恨めしそうな表情をしているに違いない。
「ここからは、自分でやって」
「え...?」
「続きはチャンミンがやるの」
キキは僕の手をとって、握るよう促した。
「私に見せて」
(なんて恥ずかしいことを...)
「オナニーしているところを、私に見せて」
(!)
キキに射すくめられた僕は、拒めない。
おずおずと、熱く硬く脈打つものを握る。
僕の先走りとキキの唾液が合わさって、とろとろと滑りが良かった。
普段、自分でそうするように上下にしごく。
キキは僕の脇ににじり寄ると、耳の穴に舌先を差し込んだ。
「あ...」
温かい舌の感触と、柔らかく吹き付けられた息に、背筋まで震えが走った。
キキは僕の耳たぶを甘噛みした。
一瞬噛まれるか、と覚悟したが、今日は違った。
ピストン運動の速度が増す。
キキは僕の唇を塞いだ。
ぴったりと唇が合わさって、僕は息継ぎが出来ず次第に苦しくなってきた。
首を振って逃れようとしたが、キキは許さない。
目もくらむほどの快感に支配されていた僕は、キキの口の中へ喘ぎ声を注ぐ。
(苦しい。
でも、気持ちが良すぎて、狂いそうだ)
「うっ...」
(快感を生んでいるのは、自分自身の手だということ。
自慰の姿が、キキの視線にさらされていること。
熱っぽくかすれた、自分自身の甘い喘ぎ声。
下半身だけをさらした羞恥の姿。
この状況が興奮を呼んで、たまらない)
キキは僕のつんと勃った乳首を吸った。
「あぅっ」
「真っ赤になってる。
昨日はいじめ過ぎて、ごめんなさいね」
腫れた左乳首の先を、愛おしそうに舌全体で舐め上げた。
亀頭が膨らみ固くなってきた。
射精の時は近い。
僕はたまらず、キキの手を取ると、自分のものを握らせた。
キキの手を覆って、一緒にしごく。
「チャンミン...いやらしい子」
僕はキキの後頭部を勢いよく引き寄せて、唇を奪う。
呼吸もままならなく苦しくなると分かっているのに、自分をもっと極限まで追い込みたい欲求に突き動かされていた。
(息が出来ない。
苦しい。
なんて気持ちがいいんだ)
頭が真っ白になる。
僕の目はうつろで、どこにも視点を結んでいない。
「まだイかないで」
「無理っ」
目をつむって頭を反らす。
呼吸が荒くなる。
「我慢して」
「む...りだ...!」
歯をくいしばる。
「あっ...」
快楽から気をそらせようとしたが、限界だ。
「い...くっ...」
下腹がびくびくと痙攣した。
握ったキキの指の間から、精液が勢いよく飛び出る。
「っく!」
キキの上腕に、白濁した粘りが跳ね跳んだ。
僕はまた、キキの手で達してしまったのだった。
下半身だけ露わにして、大股を広げて、胸を大きく上下させて呼吸が荒い。
キキは、僕のまぶたにキスをし、汗で張り付いた僕の髪をかき上げると額にキスをした。
僕はキキの胸にもたれ、彼女に髪を撫でられるままでいた。
虚脱感いちじるしいのに、僕の心は幸福感に包まれていた。
(美しいこの人にすべてを見られ、
欲望を吐き出し、
受け止められ、
僕は、幸せだ)
息が整いつつある僕は、キキの腕の中で問う。
「キキ...君は、誰だ?」
順序が逆になっていた。
キキにすべてを見せる前に知るべきだったこと。
キキは、腕の中の僕を覗き込む。
「知る必要がある?」
その目は墨色で、平坦で固い声だった。
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