目尻に涙を溜めて、僕はキキに哀願の眼差しを向けた。
能面のように無表情だったキキの頬がきゅっと上がって、笑ったのが分かる。
「チャンミンの願いを叶えてあげる」
仰向けになった僕は、両腕を頭の上で固くきつく縛られている。
こんな風に拘束された自分の姿を、第三者の目で想像してみたら、とても興奮した。
僕の性癖は、歪んでいるんだろうか?
誰もが皆、縛られて興奮するものなのだろうか。
「チャンミンのって、真っ直ぐで硬くて、美しい形をしているのね」
キキは僕のものをゆらゆらと揺らしていたかと思うと、手を添えてゆっくりと腰を落としていった。
「ふっ...!」
腰が反応して、ぴくりと震えた。
少しずつ少しずつ、僕のものがキキの体内に飲み込まれていく。
僕のものを飲み込みながら、キキは僕から目をそらさない。
欲を浮かべたキキの目を見返す僕の目も、同様に違いない。
僕自身が彼女の中に飲み込まれていくのか、それとも僕自身が彼女の中を貫いているのか。
この眺めだけで、イッってしまいそうだった。
「ふぅ...」
快感のひと波をやり過ごした。
僕の根元まで沈めたキキは、上半身を反らして腰を水平に回転させた。
「ひっ...あっ...」
キキのねっとりとした動きに合わせて、僕は嬌声を上げる。
快楽によがりながら、僕の上で上半身をくねらすキキを美しいと思った。
キキが動くたび、彼女の肌の上を艶めかしい黒い影が舐める。
結合部がにちゃにちゃと厭らしい音をたてる。
「は...ん...あっ...あっ...」
うねるように四方から締め付ける粘膜に包まれて、これはこれで気持ちがいいのだけれど、もっと背筋を貫くような刺激が欲しい。
物足りなくて、腰を突き上げようとしたら、
「駄目よ、チャンミン。
じっとしてて、いい子だから」
と、僕の腰骨をマットレスに押しつけた。
キキに従って、背中も腰もマットレスに付けて大人しくしていても、すぐにじっとしていられなくなる。
「キキっ...!」
踏ん張ったかかとが、マットレスにめり込んで、両手を握り締める度、二の腕の傷に痛みが走った。
「...お願いだから...うっ...」
身をよじりたくてもキキに制された僕は、熱い喘ぎをこぼすだけだ。
焦れている僕を面白がって、キキは腰を左右にくねらす。
「は...ぁっ...!」
「可愛いね」
恍惚にゆがんだ僕の表情に満足したのか、キキは両手を僕の胸に置いて前のめりになった。
そして、僕が待ち望んでいた上下運動を開始した。
キキが上下するたび、とろとろのキキの膣内を僕のものが出入りして、視界が歪むほど気持ちがいい。
一方的に快楽を与えられるだけでは、自分の欲望のはけ口がなくて苦しい。
なみなみとたたえられた黄金色の蜜の池の底に、静かに沈んでいく光景が浮かぶ。
セックスに支配されかけた僕は、もう浮上できない。
平凡な日常を不満げに生きてきた僕の目の前に、突如として現れた一人の女性。
理解が追い付かないまま、僕の身体に刻みつけられた肉体の繋がりから生まれる幸福感。
身体の芯から揺さぶられて、目覚めさせられて、僕はもう日常に戻れないかもしれない。
僕の目の前で揺れる乳房に触れたくて、揉みたくて、先端の尖った乳首を口に含みたくても、手首を縛られている僕にはそれが叶わない。
腰を突き上げたい欲求を、ぐっとこらえた。
「あ...あ...あっ...」
耐えきれなくなって腰を上下に揺らしてしまうと、その度に腰骨を押し付けられる。
上擦った声が漏れる。
僕のものが出入りする粘り気のある音が、聴覚から僕を煽る。
(もう...駄目だ)
恨めしそうにキキを見上げると、キキは瞳を揺らめかして僕に微笑みかける。
今のキキの瞳は、紺碧色になっているに違いない。
そうだ。
キキの瞳は、色を変える。
不思議な肉体の持ち主だ。
ぐいとキキの身体が深く沈み込んだとき、キキの奥底のぐりっと固い箇所に当たって、短い悲鳴が出た。
「ひっ...」
キキが腰をくねらしながら、大きなスライドで上下し出した。
ぺちぺちとキキの尻が僕の腰にあたる音が、静寂の廃工場に響く。
性感のとりこになってしまった僕は、キキの動きに合わせて切羽詰まった喘ぎをこぼすばかりだ。
(もう我慢できない)
僕は両膝を持ち上げ、彼女の腰を挟み込んだ。
「わかったよ、わかったから」
キキは、持ち上がった僕の尻をなだめるように軽く叩いた。
「しょうがない子ね」
キキは僕と繋がったまま、上体を伸ばして僕の手首に手をかけた。
そして、僕の手首をぎっちりと縛り付けていたベルトを外してくれる。
拘束がとかれて、手指に血流が戻ってきた。
強張ってきしむ肩の痛みに顔をしかめながら、両腕をキキの背にまわした。
そして、キキの身体を胸に力いっぱい引き寄せた。
キキと一体になりたい。
「チャンミン!
これじゃあ、動けないよ」
キキの下から両手両足でしがみつく僕に、キキは呆れた声を出す。
力持ちのキキだから、僕の腕など簡単に跳ね飛ばせるはずなのに、キキはそのまま僕に抱きしめられたままでいてくれた。
ひと息ついた僕は、自由になった腰をキキに向かって突き上げた。
ズンと快感の衝撃が僕の脳を痺れさせる。
キキの腰をつかんで、僕の腰の動きに相反して上下させる。
力いっぱい突き上げると、ぐりっとキキの奥底に当たって、その度キキが息をのむ。
その反応が、僕を悦ばせる。
「ふっ」
腰のスライドに強弱をつける。
小刻みに揺らしたり、一気に突き上げたり、緩急をつけたり。
背筋を突き抜ける快感の波もそれに応じて変化するから、夢中になる。
「チャンミン...」
キキの息遣いが乱れてきた。
「どこでそんないやらしい動きを、覚えた?」
キキの中がひくひくと痙攣して、僕のものを積極的に締め付けたり緩んだりする。
(それは...ヤバイ)
僕の上でのけぞるキキの乳房が揺れて、その光景もますます僕の欲情を刺激した。
僕に余裕がなくなってきた。
狂ったように腰を突き立てる。
互いの肌を打ち当たる音が大きくなって、僕も恥ずかしげもなく喘ぎを漏らした。
「あっ!」
肩が引っ張られて、ぐるりと身体が反転し、気づけばキキが下になっていた。
「がむしゃらに動けばいいってものじゃないのよ」
(今回もあっという間にイッてしまうところだった、危なかった)
イキそうになっていた僕は大きく息を吐きながら、こくりと頷いた。
頷いたとき、僕の額からぼたぼたっと汗がキキの胸に落ちた。
僕の両手の間に、キキの白くて小さな顔が僕を見上げている。
潤んだ瞳が揺らめいていて、唇も濡れていて、ぞっとするほど美しかった。
キキは腕を伸ばすと、両手で僕の頬を包んだ。
ひやりとした手の平が、僕の熱を冷却する。
「一生懸命なのね...。
可愛いわよ、チャンミン」
早すぎる鼓動がますます速度を増して、胸が苦しい。
たまらずキキに口づけた。
貪るようなものじゃなく、優しいキスをした。
キキにも喘いで欲しい。
マットレスについていた両手を離すと、僕は身を起こした。
キキの両腿に手を添えて、腰の律動を再開した。
ただ突き立てるだけじゃなく、角度や強さや速度に注意を払って。
しかし、股間から弾ける快感の調節はどうしようもできず、うめき声は駄々洩れだったし、意識しないとついつい乱暴に突き立ててしまうのだ。
ぴったり合わさった僕らの結合部が目に入る。
暗い影に隠されている分、そのいやらしさに全身がカッと熱くなった。
腹部からぐねりと腰をくねらす。
キキの膣内に僕のものをこすりつけるように、腰の動きに変化をつける。
声には出さないまでも、キキが顔をゆがめたり、息をのんだりしているのに気付いて、僕のものがぐんと膨張した。
キキの反応を見ながら、突き刺すべき箇所を探る。
結合部からとろとろと滴り落ちるもので、滑りが一気によくなった。
キキの放つ甘い、百合のような、はちみつのような香りに包まれて、僕の欲情が沸点を迎えた。
汗ばむ手のひらをマットレスで拭って、キキのウエストを掴む。
その細いくびれに僕の征服欲が煽られて、僕の動きは早く、激しくなってきた。
僕の意識はもはや股間に集中していた。
押し広げたキキの両膝についた手をてこに、無我夢中にキキの中を出し入れした。
「...もう...いきそっ...」
股間が固く引き締まってきた。
「っく...」
たまらず僕は、キキに口づけた。
僕の下敷きになっているこの人が愛おしくてたまらなくなった。
キキと唇を合わせて、キキの舌を咥え吸いながら、喘ぎ声もこぼして。
上も下も絡みついて侵入して、ぐちゃぐちゃに一緒になった末、口走っていた。
「...好きだ...!
キキ...好き...」
キキの身体が一瞬強張った.
意識がどこか遠くへ飛んでいくような感覚に襲われた後、僕は絶頂を迎えた。
キキの膣内の一番奥に放った後も、腰が何度も勝手に跳ねた。
キキの上に崩れ落ちて、はあはあと乱れに乱れた呼吸を整える。
「!」
突然、息が出来なくなって目を剥く。
「さっき、なんて言った?」
低く、固い声だった。
「キキ...く、るし...」
キキの小さな指が僕の喉を締め上げた。
「チャンミン...何て言った?」
喉仏を圧迫する手を引きはがそうと、指をかけるが石のようにびくともしない。
「キ...キ...!」
視界が暗くなり、耳鳴りがしてきたところで、解放された。
喉をおさえて、ゲホゲホと咳き込んだ。
「僕を...殺す気か!」
涙を手の甲で拭いながら、キキを睨みつけた。
「...何て言った」
マットレスの脇に全裸で立ったキキを、横向きで寝転がった全裸の僕は見上げる。
「好きだって...言ったんだ」
キキは無表情で、しんとした眼差しで僕を見下ろしていた。
せき止められていた血流が頭に流れ込んで、僕の思考も回復してきた。
「悪いか!
好きだと言って、悪いのか!」
「そっか...」
ぽつりとつぶやいたキキは、哀しそうに微笑んだ。
キキの表情の意味が僕にはわからなかった。
キキの瞳の色を確認したくなって、懐中電灯に手を伸ばそうとしたが、セックスの振動でマットレスの反対側に落ちてしまっていた。
「傷が開いてしまったね」
僕の隣に腰を下ろしたキキは、僕の腕をとった。
虚脱感著しい僕は無言だった。
絶頂の際、口走ってしまった言葉について考えていた。
僕は性的にいたぶられているけれど、貶められている気がしない。
密かに僕が望んでいたことを、心の襞の奥底に潜んでいた僕の本性を、キキが引っ張り出したのだと思う。
いちいちものごとを難しく考えるのが僕の性だ。
股間への刺激がもたらす恍惚感だけに惑わされていてはいけない。
僕が快楽の嬌声をあげるためには、ぴたりとキキの身体に接触していなければならない。
僕は初心な男だから、心と身体を切り離せるような器用な真似はできない。
ここまで、どろどろに身体を繋げておいて、心だけを他所に置いておくなんてことは、僕には出来ない。
身体の繋がりに引きずられて、心をキキに向けてしまっても仕方がないだろう?
僕の傷は熱を持って、ズキズキとうずいている。
「可哀そうに」
キキは自身の指をくわえると、くっと噛みついた。
キキの指が、濡れて光っていた。
「っつ!」
ズキリと傷口に痛みが走った。
キキの指が僕の傷口をつーっとなぞった。
顔をゆがめている僕を、慈しむかのような優しい表情だった。
こんな表情をするキキを、初めて見た瞬間だった。
全身がだるくて、重くて、とにかく僕は眠かった。
「眠りなさい」
キキの指が僕のまぶたに触れた。
眠りにつきながら、僕はこんなことを想像していた。
絡み合う僕らの姿を、窓の外から覗く自分の姿を。
廃工場の割れた窓から、中で営まれている行為を覗き見る。
たよりない懐中電灯の灯りが、僕らの裸の凹凸の影を作っているだろう。
それはそれは美しく、なまめかしい光景だろうと僕は思った。
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