(24)僕を食べてください(BL)

 

~獲物だった~

 

だらしなく下半身をさらした僕は、しばらくの間馬鹿みたいに呆けていた。

自分のしでかしたことに、茫然としていた。

頬を涙で濡らしたユノは、枯草の上で横たわったままだった。

罪悪感に浸る前にすることがあるだろう?

無理やり引き下ろしたユノの下着とパンツを元通りにした。

ユノの白い手足は力が抜けていて、まるで人形のようだった。

ユノの下腹に僕が放った精液がたらりと。

拭きとってあげたかったが、適したものを何も持ち合わせておらず、申し訳なくてたまらない僕は自身のTシャツの裾ででぬぐい取った。

パンツは細身だったため苦労したが、その間ユノは僕にされるがままで、その表情もうつろだった。

ユノが欲しくてたまらなかった僕は、手中におさめるために、ユノを貶めた。

ユノの獲物だった僕が、ユノを獲物にしてしまったのだ。

 

「?」

 

ユノの様子が変だ。

まぶたを半分落とし、軽く開いた唇も紙のように真っ白だった。

 

「ユノ?」

 

肩をゆさぶったら、見下ろす僕と目を合わせ、「...チャンミン?」とぼそりと言った。

 

「具合が悪いのか?」

 

「少し休めば、大丈夫だ」

 

ユノの額に手を当てると、ぞっとするほど冷たい。

 

「病院。

病院に行こう!」

 

ユノの首の後ろに腕を通して、抱き起す。

首が座っておらず、頭がぐらぐらと揺れた。

ユノのうつろな眼は、さっき流した涙で潤み、碧く澄んでいる。

黒髪に青い瞳の組み合わせが人形めいていて、非常事態なのにも関わらず、胸をつかれるほど美しかった。

周囲を見渡す。

朝日が昇りかけており、見上げた木立の枝葉の間から白い光が差し込んできた。

それでも山中のここは薄暗く、ひんやりとした湿気に満ちている。

ユノを抱いて林の中を抜けるのは難しい。

傾斜もきつく、地面から不意に突き出た木の根に足をとられて、転倒する恐れがあった。

抱き上げかけたユノを、そっと地面に下ろす。

同じ場所に戻ってこられるよう、周囲の風景を記憶に刻む。

所有地の境界を印す蛍光ピンクのリボンがあそこに2本、木の幹に赤いスプレーでマークされた数字がここ。

 

「ユノ!

待ってて。

人を呼んでくるから」

 

「待て」

 

Tシャツの裾が引っ張られ、立ち上がりかけた僕は、ユノの口元に耳を寄せた。

 

「どうした?」

 

「医者はいらない」

 

「いらないって...?

こんな状態で何を言ってるんだよ!?」

 

「チャンミン...」

 

「っつ!!」

 

耳朶にズキッっと痛みが走り、とっさにかばった指先がぬるりと濡れた。

 

「何するんだよ!」

 

耳朶をユノに噛まれたのだ。

デニムパンツで指を拭ってユノを叱りつける。

ユノの唇が僕の血で赤く染まっている。

なまっちろい肌に血が付着したユノの顔が...映画やドラマで観たことがある光景...殺人被害者のようで、背筋がそくりとした。

まるで、僕がユノを殺したかのようで。

 

「!」

 

僕の手首がぎゅっとユノの手によって握りしめられた。

手首の骨がきしむほどの力だった。

半分閉じられていたユノの眼がかっと見開き、僕を射るように見据えられた。

あの時と同じだ...ユノと出逢った日...ユノに突き倒されて、あの時と同じように暗い墨色の目が僕を見上げていた。

一瞬の間、僕は金縛りにあったかのように、ユノの瞳に囚われていたが、頭を振って現実に引き戻す。

 

「こんな時にふざけるなって!」

 

ユノの手を振り切ろうと、手首をひいたらあっさりとその力は緩む。

 

「とにかく、人を呼んでくるから。

ここで待ってて」

 

「......」

 

ユノは視線をゆるめると、ぷいと僕から目を反らした。

まぶたが完全に閉じてしまった。

 

「すぐに戻って来るから!」

 

僕は素早く立ち上がると、一度だけ振り返ってユノの存在を確かめた後、斜面を下りて行った。

ここを真っ直ぐに下りると、確か処理場の裏手に出るはずだ。

ばあちゃんちと廃工場、処理場の位置関係は三角形を描いている。

棘草や笹の鋭い葉先が僕の腕を傷つける。

ユノを失ってしまう恐怖心と焦燥、それから肉欲に目がくらんでいた僕は、ユノを見ていなかった。

多分...昨日、河原へ行った時だ。

あの時から、ユノは僕の力にあっさりと屈していたような気がする。

河原を出てからも、家へ帰れと言うユノの言葉を無視していた。

泣いてユノに取りすがった。

自分のことしか考えていなかった。

人間離れしたユノなら、僕のお願いを聞くことくらい大したことないと甘えていた。

 

 

最後の藪を突っ切って、半ば転げ落ちるようにして平坦な地面に下り立った。

鉄格子の中には、焦げ茶の獣がうずくまっている。

小さな黒い目と目を合わせないように、檻の前を通り過ぎた。

建物の表に回るとトラックが横付けしてあり、僕は安堵する。

Sさんがいた。

 

「Sさん!」

 

「おお!」

 

荷台へ荷物の積み下ろしをしていたSは、息せき切って駆けてくる僕に驚いた表情を見せた。

 

「どうした?

こんな朝っぱらから。

俺か?

なかなか罠にかからないから、米ぬかを追加しようと思ってな...」

 

「助けてください!」

 

僕の必死の形相に、Sさんの様子も真剣みを帯びてきた。

 

「チャンミン...お前、酷いぞ。

それはお前の血か?」

 

Sさんの視線の先を見てギョッとした。

襟ぐりが血で汚れていた。

ユノに噛まれた耳朶の傷から流れた血だ。

 

「えっと...枝をひっかけたんだと思います」

 

「助けて欲しい、って?」

 

Sさんに促された僕はここまで来た経緯を、荒い呼吸を整えながら説明したのだった。

 

 

ユノが居る場所の説明をすると、近辺の林中に詳しいSさんは見当がついたらしく、僕に先んじて林の中に踏み入っていった。

僕はSさんを見失わないようについて行くのに必死だった。

厚く降り積もった杉葉は、スニーカー履きには滑りやすいし、半袖Tシャツといった軽装の僕は、来た時と同様にあちこち擦り傷を作った。

いた。

茶色い地面に、ぐったりと伏せたユノがいた。

生きているようには見えないくらい、全身の力が抜けてしまっていた。

 

「チャンミンは、落ちないよう後ろから支えてくれ」

 

Sさんがユノをおぶり、僕はユノの背中を手で支えながらの下山となった。

 

「なあ。

この子は、大学の友達だって?」

 

「う、うん」

 

まさか、本当のことは言えない。

 

「そうか...」

 

山歩きに慣れたSさんの足取りは頼もしく、処理場に着く頃には僕はただ後を追いかけるだけだった。

 

「Sさん!」

 

処理場内のステンレス台の上にユノを寝かすSさんの無神経さに、僕は驚愕して大声を出した。

くたりと横たわったユノが、まるで解剖を待つ死体のようだった。

 

「病院に連れて行かないと!

電話をかけないと!」

 

「電話はひいていないんだ」

 

「ユノを車に乗せてってよ。

病院へ運ぼう!」

 

「チャンミン...」

 

Sさんが僕の名前を、低い落ち着いた声で呼んだ。

 

「こんなところに寝かすなんて!」

 

扇形に広がった羽のようなまつ毛だとか、目の下のどす黒い隈だとか、整った小さな鼻だとか、ステンレス台に広がる枯れ葉のついた黒髪だとか...何度もヤリまくった身体なのに、遠い存在に見えた。

ユノが死んでしまう恐怖がせり上がってきた胸が、苦しくて仕方がない。

Sさんの表情が不気味だった。

小さいころから可愛がってくれて、両親の事故の時生き残った僕に涙した人とは別人だった。

 

「お前は家に帰れ...と言っても無理か。

そうだよな...」

 

「当たり前だ!

意味わかんないよ。

いいよ、僕が連れて行くから」

 

ユノに飛びつく僕を、Sさんはがっしりとした腕で制止した。

 

「チャンミン、待て」

 

つぶやいたSさんは、しばらくの間宙をにらんで考えを巡らしていた。

 

「この子は、お前の何なんだ?」

 

「え...?」

 

「ただの友達か?」

 

「......」

 

(つづく)