【23】僕を食べてください(BL)

 

 

意識を集中させて、どこか痛むところはないか全身をスキャンする。

 

手も足も問題なく動く。

 

起き上がろうとしたが、すぐさま身体をマットレスに沈めた。

 

廃工場内のプレハブのような小部屋の方から、物音がしたからだ。

 

元事務所だったそこにはデスクが置かれていて、ユノが揃えたと思しき真新しい収納ケースが積まれていた。

 

埃で曇った窓越しにユノが見える。

 

ユノが小部屋を出てくる足音がして、僕は慌てて目をつむった。

 

足の運びが不規則で、地面を引きずる足音が不自然だった。

 

ユノが足音を立てるなんて珍しい。

 

眠ったフリをして薄目で、ユノの行き先を見守る。

 

黒い長袖シャツを羽織り、細身の黒いパンツを履いていた。

 

どこへ行くんだ?

 

ユノがこちらを振り返りそうだったから、僕は顔の筋肉を緩めて眠りこけるふりをする。

 

ユノのX5のエンジン音がするかと耳をすましていたが、よかった、車は使わないんだ。

 

僕は跳ね起きると、マットレスの下に揃えて置かれたスニーカーを履いた。

 

開いたままのシャッターへ走る。

 

地面にビニール袋から飛び出たサンドイッチとペットボトルが散らばっていた。

 

右ひじをさすると、擦り傷がかさぶたを作っていた。

 

夜の出来事は、夢じゃない、現実だ。

 

暗闇の中で僕の腕がひっかけたものは、テーブルドラムに置かれていた水筒のようだった。

 

地面に転がるそれを目にして、胃の腑がせり上がってきたが、ごくりと唾を飲み込んで堪えた。

 

大きく深呼吸をして、吐き気を飲み込んだ。

 

シャッターをくぐって外へ出た。

 

ひんやりとした澄んだ空気と、空の色から明け方だと分かった。

 

廃工場から山道を見下ろしたが、ユノの姿はない。

 

小枝が折れる音を振り向くと、笹藪の陰に黒いものがちらついた。

 

山の中に入っていくようだ。

 

X5の陰にしばらく身を潜めたのち、砂利を踏むスニーカーが音を立てないよう小走りで斜面を駆け上がる。

 

うっそうとした下草をかき分け、林の中まで足を踏み入れた。

 

木立が朝日を遮って薄暗い。

 

黒づくめのユノが、両腕で身体を抱きしめるような姿勢でふらふらと歩いている。

 

具合が悪そうだ。

 

それに、どこへ行くつもりなんだ。

 

頭上で鳥のさえずりがする。

 

木の幹に隠れながら、ユノを追う。

 

降り重なった杉葉は柔らかく、足音を吸収してくれた。

 

ユノは振り返る素振りを見せない。

 

足音を立てずに僕に近づける敏捷なユノらしくなかった。

 

脚をもつれさせ、ふらふらな身体で、ユノには行きたいところがあるようだ。

 

額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。

 

ユノを追いかけながら、僕は川水に身を浸しながら聞いたユノの言葉を反芻していた。

 

僕はユノについてこられないし、ユノも僕についてこられない、と言っていた。

 

愛情の熱量の差を言っているのだろうか。

 

僕に好きと言われて嬉しい、でも応えられない、と言っていた。

 

僕のことを嫌いになった、とは言っていなかった。

 

我ながら自分に都合のよい解釈の仕方だけれど、肝心な部分を避けて語られた言葉だったから、具体性に欠けていた。

 

結局のところ、「僕と離れたい」と言いたかったようだった。

 

僕は納得しない。

 

僕のどこがいけなかったのだろう。

 

ユノはドライな関係を望んでいたのだろうか。

 

一方の僕は、物欲しげにユノの元を訪ね、言葉を交わす間も惜しんでユノに抱きついていた。

 

短時間姿を消しただけでパニックを起こし、涙まで流してしまった。

 

昨日、僕は心を込めて(おかしな言い方だけれど)、ユノを抱いた...抱いたつもりだった。

 

僕の未熟なテクでは、ユノを満足させてあげられなかったかもしれないが、あの時のユノは気持ちよさそうにしていた。

 

うっとうしがられるほど「好きだ」と繰り返して、ユノの頭にダイレクトに伝わるよう耳元でも囁いた。

 

絶頂の最中、ユノが頷いたのは僕の錯覚に過ぎなかったのかもしれない。

 

「!」

 

考え事をしているうちに、先を行くユノとの距離を縮め過ぎていた。

 

それでもユノは気付かない。

 

僕はユノを追っていた。

 

ユノの不調の原因を探りもしなかった。

 

案じさえしなかった。

 

手負いの小動物を追い詰める、捕食者の気持ちが僕の心を侵食していった。

 

僕から離れていくなんて許さない。

 

どこまでも食らいついていく。

 

ユノに飛びかかった時、曲げた僕の指に鋭い爪が生えているかのような幻影が見えた。

 

その爪がユノの両肩に食い込む。

 

逃げるなら、捕まえるまでだ。

 

ひっとユノの喉が鳴り、見開いた瞳に恐怖の色が浮かんだのを、はっきりと捉えていた。

 

僕に押し倒されて仰向けになったユノに、馬乗りになった。

 

「チャンミン...!」

 

「......」

 

ユノの唇を奪い、首筋を吸い、股間をつかんだ。

 

デニムパンツの上からこすり、満足いく大きさに育たないことにいら立って、ファスナーを下ろした。

 

「チャンミン...やめろ...!」

 

抗議の声を、唇で塞ぐ。

 

無理やり唇をこじ開けて、ユノの舌を頬張り吸う。

 

「んん...!」

 

ユノの抵抗する両手首をまとめてつかんで、頭の上で押さえつける。

 

抵抗されて、僕の欲が煽られた。

 

舌打ちをしながら、もたつく片手でボタンを外して、ユノのパンツを下着ごとまとめて引きずり下ろした。

 

「やめろ...」

 

さらされた白い裸身に、僕の肉欲に火がついた。

 

身体をよじらせるユノの力は弱い。

 

「僕から離れるな!」

 

露わになったユノのものを頬張り、しごき、懸命に育てる。

 

ユノの腰に跨った僕は、デニムパンツをずらして後ろを開放させた。

 

固さの足りないユノのものを、疼く中心にあてがって、ゆっくりと腰を落とした。

 

「やめ...ろっ...!」

 

狂ったように腰を動かした。

 

奥底まで届くよう、腰を突き落とした。

 

がくがくと揺さぶられているユノは、僕から顔を背けている。

 

ユノの小さな顎をつかんで僕を見上げさせると、半分落ちたまぶたから空色の瞳が覗いていた。

 

ユノの瞳はくるくると色を変えるが、ここまで明るい色は見たことなかった。

 

ユノがますます「人形」に近づいた。

 

温かい塊にあそこは埋められても、僕の心は満たされない。

 

僕の身体は、背筋を貫く快感の波を何度も浴びているというのに、まるで他人事だった。

 

「頼むから、離れないで」

 

嗚咽交じりに繰り返した。

 

肌を叩く音、粘膜をこする音、粘液がたてる音、そして僕のうめき声。

 

ユノは唇を引き締めたまま、何も言わない。

 

がくがくと僕に揺さぶられるがままだ。

 

僕は獣、だ。

 

「僕から離れるな!」

 

閃光のような快感と痙攣が下半身を襲った。

 

僕の白濁が、パッとユノの腹に散った。

 

しばらくユノの頭をかき抱いていた。

 

「はあはあはあ」

 

身体を離して、僕は我に返る。

 

僕は絶望感の大波にさらわれた。

 

木立の元、落ち葉にまみれたユノの白い身体が横たわっている。

 

青白い肌をして、下まぶたから頬にかけて大きな赤黒い隈が広がっていた。

 

いつからこんなにひどい顔色をしていたんだ?

 

思い出せない。

 

ユノを抱くのに夢中になるあまり、ユノと繋がることした頭になかった僕は、ユノの変化にまで注意を払っていなかった。

 

車内で「調子が悪い」と言っていたが、まるで聞いていなかった。

 

「......」

 

僕はなにを...した?

 

ユノの目尻から、つーっと涙がこぼれ落ちた。

 

僕は獣に成り下がった。

 

僕は最低だ。

 

 

(つづく)

 

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