【31】最終話 僕を食べてください

 

~僕を食べてください~

 

 

ユノの口内に指を突っ込み、彼の舌に僕の血をなすりつける。

 

ユノの喉は動かない。

 

飲むことを拒否している!

 

赤い血は、ユノの顎と首を汚すばかりだった。

 

「ユノ!

お前は強いんだろ?

力も凄いじゃないか!

僕の20倍の寿命なんだろ?」

 

そこまで言って、全身の血の気が下がった。

 

永遠に生きるとは言っていなかった。

 

だから、ユノにも死が訪れるということ。

 

「嫌だ!」

 

僕はユノの頭をかき抱き、ぐっしょりと血で濡れた髪を撫ぜた。

 

「僕を置いていくな!」

 

ユノの唇がかすかに震え、僕はその声を聴きとろうと耳を寄せる。

 

「チャンミン...」

 

「うん、うん」

 

「チャンミン...」

 

「うん」

 

「俺の夢は叶ったよ」

 

「夢?」

 

「愛する恋人の血を今、吸っている」

 

「ユノ!」

 

吸ってなんかいないくせに。

 

これっぽっちも、飲み込んでいないくせに。

 

「...ありがとう」

 

ユノの美しい水色の瞳は、まぶたで隠されてしまった。

 

「嫌だ、嫌だよ」

 

手首をもう一度、ユノの唇に押し付けた。

 

「吸って」

 

絞り出すように、肘から手首に向かって腕をごしごしとこすった。

 

「吸って」

 

彼に懇願していた。

 

「もっと...もっと吸って」

 

うわ言のように繰り返した。

 

「お願いだ...吸って...!」

 

彼のためなら命を失ってもよかったんだ。

 

「お願いだから、吸うんだ!」

 

僕の目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。

 

「お前を食べるのは止めにした」

 

ユノは目をつむったまま、ゆるゆると首を振るばかりだった。

 

「僕を食べて!」

 

僕は叫ぶ。

 

ユノの肩をゆさぶった。

 

切れ長のまぶたを縁どった、漆黒のまつ毛がゆっくりと持ち上がった。

 

「僕をっ...食べろ!」

 

淡い淡いアイスブルーの、どこまでも透明な美しい瞳。

 

魚一匹棲んでいない、綺麗すぎる死の池。

 

「お願いだから...。

僕を...。

...僕を食べてください」

 

僕の哀願を聞いたユノは、うっすらと笑った。

 

「その気持ちだけ、頂戴するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの夏から10年が経った。

 

ばあちゃんの3周忌の法要に帰省していた。

 

色褪せたレッドのX5を繰って、砂利道を進む。

 

日差しが強い。

 

サングラスをした僕は、スーツの上着を脱いで助手席に放った。

 

涼しい車内から外に出ると、むっとした草いきれに包まれる。

 

僕に刻印を残したあの人。

 

前庭は背丈のある草で覆い隠され、ツタの絡まる廃工場。

 

そっと手首をなぞる。

 

廃工場のさびついたシャッターは閉まっている。

 

僕の革靴が、雑草をかきわける。

 

裏手に回ると、谷川が流れる涼し気なせせらぎが聞こえる。

 

白がまぶしいTシャツがが風にひらひらとはためいている。

 

10年前と変わらない、若く美しい青年がほほ笑んだ。

 

僕もつられてほほ笑む。

 

サングラスの下の小さな鼻。

 

口角をキュッと上げて笑っている。

 

「チャンミン」

 

「ユノ」

 

サングラスを外したユノは、かざした手の下で眩し気に目を細めた。

 

 

 

 

 

あの日のことを思い出す。

 

僕は捕食者になったつもりで手首から噴き出す血をすすり、口いっぱいに含むとユノに口づけた。

 

ユノの食いしばる顎は力は弱く、こじあけて流し込んだ。

 

「飲んで」

 

何度も。

 

すすっては、ユノの中へ注ぎこむ。

 

何度も。

 

ユノの喉を、ザクロの果汁が滑り落ちていく様を想像しながら。

 

「ほら...ユノ、飲んで」

 

ユノの喉が、こくりと動いた。

 

「いいよ、ユノ...いい子だ」

 

鉄さび味のキスを繰り返す。

 

こくりこくりと、ユノの喉が動いた。

 

 

 

 

僕は滑らかな手首を、もう一度撫ぜた。

 

僕は未だに、狂っているんだ。

 

「...上物を手に入れたんだ」

 

「やったね」

 

X5のラゲッジスペースを親指で指すと、ユノの目がきらりと輝いた。

 

藍色だった瞳が、一瞬で墨色に転換する。

 

「食事の前に...」

 

ユノの腰を僕は抱き寄せる。

 

「飲み合いっこしようか?」

 

ユノも僕の腰に腕を回した。

 

狂っている僕らは、互いのものをすすり合いながら交わり合う。

 

 

肉体の接触こそ愛だと信じるユノ。

 

 

快楽と苦痛の狭間を探るユノの愛し方。

 

 

ユノの信じる愛とは、肉体のように実体をもったもの。

 

 

僕は全身でもってそれを受け止め、「どこにもいかないよ」とユノを安心させる。

 

 

肌に触れるもの以外にも、愛は存在するんだと、ユノに教えてあげるんだ。

 

 

時間だけはたっぷりとある。

 

 

100年でも1,000年でも、いくらでも。

 

 

僕は死ぬまでユノと一緒だ。

 

 

君の為なら、僕はいつでも食べられるから。

 

 

僕もあなたを食べるから。

 

 

 

(おしまい)

 

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