【30】僕を食べてください(BL)

 

 

~花火~

 

 

普通の恋人同士みたいなことをしたいと望んだ僕が間違っていた。

 

ユノがあまりにも人間みたいな姿形をしているから、ユノが時折見せる優しさに僕は多くのことをうっかり期待してしまう。

 

花火を見に行こうと誘ったときユノは渋い顔をした。

 

この日は、処理場まで空のポリタンクを返しに出かけ、その帰り道で林の中で交わった。

 

幹に両手をついて屈んだ僕の背後にユノは重なった。

 

頭上からセミの鳴き声がわんわんと響き渡っていた。

 

熱くなった身体を冷やすため谷川に身を浸しながらも、僕らは交わった。

 

気怠い身体でマットレスに横になっていた時、僕はユノを花火大会に誘ったのだ。

 

「人混みは好きじゃない」

 

ユノは首を横に振った。

 

「でも、夜だし。

きれいに見られる絶景ポイントがあるんだ。

誰も知らない場所だし、暗いし...」

 

必死な僕の様子に根負けしたユノは、僕の頭を撫ぜると「分かったよ」と頷いた。

 

X5に乗り込もうとするユノを制して、「歩いて行こう」と。

 

ユノと2人並んで歩いてみたかった。

 

普通の恋人同士のように手を繋いで。

 

それが間違いだった。

 

「仕方がないなぁ。

俺の足腰は丈夫だけど、チャンミンの方こそ大丈夫か?

ま、いっか。

その時は俺がおぶってやるから」

 

隣を軽快な足取りで歩くユノに見惚れる。

 

神様がこしらえたかのような美しい人形...喋って、歩いて...。

 

月明かりに照らされたユノの青白い頬にキスをする。

 

くすぐったそうにユノは笑い、僕の手を強く引き寄せて、よろめいた僕の唇を塞ぐ。

 

懐中電灯は後ろポケットに突っ込んでいた。

 

ユノがいるから夜道も怖くない。

 

ユノの手の中に僕の手はすっぽりとおさまっている。

 

心の底から僕は...幸せだった。

 

ぱっと山が白く光った。

 

木々の枝葉がくっきり分かるくらい照らす。

 

遅れてどーんという轟音が響く。

 

「あがった!」

 

山と山の隙間から白い光の粒が、ぱらぱらと音をたててこぼれ落ちる。

 

「へぇ...いい場所だね」

 

ガードレールにもたれたユノのシャツが、ぼうっと白く浮かぶ。

 

毎年、僕はこの場所で両親と花火を見ていた。

 

当時の僕は、花火よりも出店のりんご飴や水風船に心惹かれていたから、花火が終わるのを今か今かと待っていた。

 

視界が開けたここは花火の全景を見ることが出来る。

 

花開く爆発音が、山々に反響する。

 

「帰りに買ってあげるからね」

 

虫よけスプレーをたっぷりと吹きかけられた脚を、アスファルトの上に投げ出していた僕に母は声をかけた。

 

「やった!」

 

無邪気だった僕は、飛び起きて車に乗り込んだ。

 

花火見物の後、祭り広場まで向かう道中で僕らの車は事故に遭ったのだ。

 

 

 

 

通り過ぎる車のライトが、僕らを舐めるように照らし出していく。

 

「奇妙に思わないか?

夜半に山道を歩く者がいるなんて?」

 

「今夜は花火大会だから、似たような人たちがぞろぞろ歩いてるよ。

だから、気にしなくていい」

 

「ふうん」

 

さっと僕らをかすめるように、1台の車が走り去った。

 

「危ないなぁ」

 

「ここの峠道は走り屋たちの聖地なんだよ」

 

ブレーキ音をきしませながらカーブを曲がる度、山のあっちこっちとライトが光で木々を照らしている。

 

「縦に並んで歩こうか」

 

「うん」

 

閃光が僕の視界を奪った。

 

「チャンミン!」

 

どんと背中を突き飛ばされた。

 

ブレーキ音と鈍い音。

 

ガードレールに腹を打ち付けた僕は、首がもげるほど素早く振り向いた。

 

道の中ほどに、白い塊が転がっていた。

 

手足が奇妙な格好に折れ曲がっている。

 

光に弱いユノの目は眩んでしまったんだ。

 

だから、敏捷に動けなかった。

 

のろまな僕が近くにいたから。

 

どうして歩いて行こうなんて言ったんだろう。

 

花火大会に誘った僕が悪かったんだ。

 

「ユノ!」

 

凶器となったその車は、タイヤをきしませて走り去ってしまう。

 

追いかけようとか、ナンバーを記憶しようとか、そんな余裕はゼロだった。

 

僕の腕の中でぐったりとしたユノを、揺さぶった。

 

「ユノ!」

 

懐中電灯で、ユノの身体をあらためた。

 

髪がぐっしょりと濡れている。

 

「ああ...ユノ...!」

 

ごぼっと嫌な音がして、ユノの口から血が噴き出した。

 

「ああ...ユノ...なんてこと...」

 

ユノの血の色は、僕と同じ色。

 

...でも、病院には連れていけない。

 

僕はユノをおぶって、廃工場までの500メートルの距離を歩く。

 

ぞっとするほどユノは軽かった。

 

一歩前に進むごとに、ユノの魂を道程にこぼしているかのように。

 

僕のTシャツが、じわじわと濡れていく。

 

マットレスの上にユノを下ろした僕は、ユノの損傷を確かめる。

 

凹んだ側頭部から、血があふれ出ている。

 

「ユノ!」

 

ユノの頬を叩く。

 

「ああ...」

 

かすれた声と共に、うっすらと目を開けた。

 

人間だったら即死だっただろう。

 

よかった...ユノが人間じゃなくて...本当に良かった。

 

でも...。

 

ユノの瞳の色が、淡い水色になっていた。

 

生き物が棲めないほど透明に、澄んだ池のように。

 

ここまで明るい瞳の色は、初めて見た。

 

どう猛な気性の時は黒く、悦びと好奇心に満ちると青に近づく。

 

白に近づいた時...ユノはどうなってしまうんだ?

 

出血がひどい。

 

「ユノ!」

 

僕は手首の内側を、ユノの唇に押しつけた。

 

「ユノ!

噛みつくんだ!」

 

力がみなぎるという、人間の生き血だ。

 

「やめろ、チャンミン!」

 

ユノはイヤイヤをするように、小刻みに首を振った。

 

「やめろ...」

 

ユノの唇に力いっぱい手首を押しつけたが、彼は顔をそむけ、唇を引き結んでしまった。

 

「噛め!」

 

ユノは口を開けない。

 

僕は勢いよく立ち上がると、事務室のスチール製デスクの引き出しを、かきまわした。

 

ユノを助けないと!

 

3つ目の引き出しで目的のものを見つけると、ユノの側に戻った。

 

カッターナイフで、容赦なく手首を切りつけた。

 

カッと焼けつくような激痛が走った。

 

肘をつたった血がぼたぼたっとマットレスに染みを作る。

 

僕はどうなっても構わなかった。

 

ユノを死なせるもんか。

 

砂を噛むような毎日だった僕の世界に、突如現れた男神。

 

最初は、肉体だけの繋がりだった。

 

彼がもたらす快楽に溺れ、それを愛だと勘違いしていた。

 

でも...今は、違う。

 

ユノの首の下に腕を通し、身体を起こす。

 

温かいものが僕の腕を濡らしていく。

 

僕の力では到底かなわないほど力強かったユノの腕は、だらんと垂れたまま。

 

「ユノ!」

 

僕に揺すられるがままのユノ。

 

ユノの呼吸は弱弱しく、うっすらと開いたまぶたの下の瞳はうつろだった。

 

顎をつかんで無理やり唇を開かせ、その隙間に手首から滴るものを含ませる。

 

「飲め!」

 

僕の声が、廃工場に響き渡る。

 

 

(つづく)

 

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