(4)抱けなかった罪

 

 

「もしユノが彼氏だったら、嫌だな」

 

寝てしまったと思ったチャンミンが、ぼそりとつぶやいた。

 

「え?」

 

俺は、仰向けになったチャンミンの方をふり返った。

 

「もし、僕がユノの恋人だったら、

他の男子が、ユノの部屋を出入りしてたら嫌です。

男子でも女の子でも、どっちも嫌です。

ユノは女の子が好きな人だから、男子とどうこうなるってことはないでしょうけどね。

僕目線だと、そう思ってしまいます」

 

「......」

 

「ユノにとって、僕は男友達ですけど、

ユノの彼女にしてみたら、僕は女子みたいなものでしょう?

だって、僕は男の人が好きですから。

彼女たちにとって僕はいつだって恋のライバルになり得るわけです。

ま、ユノが男の僕とどうこうなんてあり得ないでしょうね」

 

あり得るに決まってるだろ?

 

口に出したかったけど、そうしなかった。

 

チャンミンを驚かせてしまう。

 

「あり得ないでしょうね」のチャンミンの言い方が、本心そのものだったから。

 

チャンミンは俺の恋心に全く気付いていない。

 

「急にどうしたんだよ?」

 

「S君の恋人になった時のことを想像してみました。

S君のアパートに行くようになりますよね。

で、S君の男友達とやらがしょちゅう出入りしてたら、

めちゃめちゃ嫌だなぁ、って」

 

「...なるほど」

 

「S君がバイだったら、女友達に対してもヤキモチを妬かなくちゃいけなくなって...はぁ、大変です」

 

交際していた彼女たちは皆、

 

「ユノ君っていつもあのオカマと一緒にいるよね。

大丈夫なの?

言い寄られてきたりしていない?」

 

と、チャンミンのことを小馬鹿にしていた。

 

「オカマなんて言うな」

 

いつも優し気だった俺の気色ばんだ声に、彼女たちは怯んだ。

 

 

「せっかくユノのことを好きになってくれた子たちです。

大事にしなくっちゃ。

僕も、ユノの部屋に来るのを控えます」

 

仰向けだったチャンミンが寝返りを打って俺の方を見た。

 

とろんとしたまぶたの下で、チャンミンの瞳が鋭く光っていた。

 

「ユノって...

『来るもの拒まず、去る者追わず」主義でしょう?」

 

「......」

 

「それって...寂しいなぁ」

 

すると、チャンミンの手が伸びてきて、俺の耳を引っ張った。

 

「チョンユンホ。

絶対に手放したくない子がいたことありましたか?」

 

「え...」

 

「ユノ

自分をもっと大事にしてください。

ユノはかっこいいから、女子たちが寄ってきて当たり前です。

そんな子らに、いちいちユノをあげてたらきりがありませんよ」

 

「......」

 

「今言った『ユノ』って、ユノのムスコのことですよ。

通じました?

アハハハ」

 

チャンミンは、俺の耳を引っ張っていた手を放した。

 

「恋愛経験のない僕に、こんなこと言う資格ないんだけどね」

 

そこまで言うとチャンミンのまぶたは閉じてしまい、しばらくすると寝息が聞こえた。

 

俺の右耳がジンジンと熱かった。

 

チャンミンの言葉は、俺のウィークポイントを正確に捉えていた。

 

俺に好意を抱いてくれる彼女たちは、俺の自尊心と性欲を満たしてくれるだけの存在だ。

 

俺の周りでひらひらと舞い、俺という蜜を吸いに集まる蝶のようだ。

 

俺のことが好きだと甘い言葉を吐き、数度むさぼれば、他の花へと飛び去ってしまう。

 

俺も飛び去る蝶は追いかけない。

 

そして、次の蝶がとまるのを待つだけだ。

 

チャンミンが指摘する通り、むさぼられていたのは、俺の方だったかもしれない。

 

彼女たちは、俺というアクセサリーが欲しかっただけだ。

 

だから、あっさりと俺から離れていってしまうんだ。

 

軽くいびきをかいて眠るチャンミンの肩に、タオルケットをかけてやった。

 

チャンミンの寝顔を見ながら、俺は思う。

 

片想いばかりのチャンミン。

 

チャンミンが好きになるやつは、振り向いてくれない。

 

俺も片想いだ。

 

ふりかえればすぐそばに俺がいるのに、チャンミンは気づかない。

 

「好き」の一言が、チャンミンに伝えられない俺は臆病者だ。

 

俺は、恋愛ごっこに興じているだけの醒めた男。

 

軽々しく自分の身体を、彼女たちに差し出す軽い男。

 

全力で恋をするチャンミンに、こんな俺はふさわしくない。

 

恋愛に慣れていないのは俺の方だ。

 

 


 

 

「おい!」

 

チャンミンの肩を揺さぶった。

 

「チャンミン!起きろ」

 

飲んだ後、チャンミンが俺の部屋で寝てしまうことは、しょっちゅうだった。

 

「う...ん」

 

「チャンミン、帰ってくれ。

もうすぐ彼女が来るんだ!」

 

「えぇぇっ!」

 

がばっと、チャンミンは飛び起きた。

 

「チャンミン、ごめんな」

 

「気にしないでください!」

 

チャンミンは、自分が使ったグラスを手早く洗うと、髪を直す間もなく、

 

「じゃあね」

 

と、俺とお揃いのバッグパックを背負って部屋を出て行った。

 

チャンミンが帰った15分後に年下の彼女がやってきた。

 

小柄で目の大きい、可愛い子だ。

 

チャンミンの下腹の記憶がちらついて、俺はムラムラしていた。

 

観始めた映画の終わりまで待てずに、俺は彼女のうなじを押えて唇を奪う。

 

ブラウスをまくしあげ、彼女の胸を揉みしだく。

 

「いやいや」と言いながらも、彼女もその気満々だ。

 

ところが、熱っぽく俺を見上げる彼女の眼を見た瞬間。

 

俺はスカートの中に差し込んだ手を、引き抜いた。

 

沈黙。

 

熱い雰囲気が一気に冷えたことに、あっけにとられる彼女から俺は顔をそむけた。

 

 

萎えてしまっていた。

 

俺は一体、何をしてる?

 

(つづく)

 

 

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