「ユノ。
チャンミンって、どんな奴?」
事務所兼倉庫で遅い昼食をとっていると、休憩時間が重なったSが話しかけてきた。
「性格、はいい」
Sは筋骨たくましいスポーツマンタイプの男だ。
彫の深い顔は、面食いなチャンミンが惚れるのも納得だった。
チャンミン...今回の恋のお相手はマッチョか...いかにも分かりやす過ぎるよ。
これまでの相手は、一人を除いてストレートだったから、玉砕して当然か。
「性格『は』ってどういう意味だよ」
笑うS。
「明後日、チャンミンと会うんだ」
「らしいね」
「なんだ、知ってるのか」
「ああ」
「チャンミンって可愛い顔してるんだよなぁ。
お前たちいつも一緒にいるだろ?
あの子によろめかないのが不思議だよ」
「俺には彼女がいるし、
男なんか好きになるかよ」
嘘だ。
「前カレと別れて2か月は経ってるからな、デートは久しぶりだ」
「チャンミンのこと...傷つけるなよ」
つい言い方がマジになってしまった。
俺の真顔にSは驚いたようだった。
「傷つけるもなにも、まだ付き合うとは決まってないじゃん」
「それもそうだな」
笑って誤魔化した俺は、甘ったるいだけの缶コーヒーをぐびりと飲みこんだ。
10日後。
後期試験を終えたばかりの俺たちは、ファミレスに移動し、その日配布された用紙をテーブルに広げていた。
俺たちの学部は5年生に進級する際に、いずれかの研究室に所属することになっている。
俺は危なっかしくも、必要単位をひとつも落とすことなく、無事進級できそうだった。
チャンミンのおかげだ。
試験前、チャンミンは俺の部屋に泊まり込んで、試験のヤマを張ってくれた。
チャンミンは何を目指しているのかあやふやなくせに、成績は優秀だった。
俺の方は、バイトにサークルにと忙しく、講義をサボることはほとんどないが、苦手な科目はやっぱり苦手だ。
「チャンミン...お前の背中を貸してくれない?」
「へ?」
「席は俺の前だろ?
公式を全部、チャンミンの背中に書いておくの。
試験中のお前は、Tシャツをめくってくれればいいだけ...って。
...いってぇなぁ!」
俺はふくれて、チャンミンに叩かれたおでこをこすった。
「カンニングはいけません!」
「カンニングでもしなきゃ、突破できない...無理」
テーブルに額をこつこつと打ちつける俺は、物理系が苦手科目だ。
「苦手なくせに、どうして選択したんですか?」
「チャンミンと同じにしておけば、提出物も試験も楽できるから」
「追試になれば、もう一度試験勉強する羽目になるんですよ!
追試だけは嫌だ、って言ってるのはユノでしょ?」
説教した後、ふんと嘆息したチャンミンは
「彼女とイチャイチャする時間が減っちゃいますよ。
...ユーノ!
その公式じゃありません、これです。
...はい、よろしい」
机に向かう俺の肩越しに、ノートをのぞき込むチャンミン。
端正な横顔が間近に迫っている。
チャンミンは男が好きな質だと知っているせいだ。
長い首やぽつんと目立つホクロ、参考書を指し示す指や手首の細さに色気を感じてしまった。
なぜか?
チャンミンが裸になって抱きあいたいのは男で、男の俺はいつでもそのお相手になり得るから。
チャンミンの目には、俺を単なる友達としか映っていないかもしれない。
俺が異性に対して欲を持つのと同じように、男に抱かれたい欲をチャンミンは持っている。
チャンミンにとって俺は、性の対象なのだ。
そのことに興奮を覚えしまって、欲が灯る熱い視線をチャンミンに向けてしまう理由になった。
いつからか。
「なんですか?
ジロジロ見ないで下さいよ。
恥ずかしいです」
凝視する俺に気付いて、かがんでいた上半身を起こしてしまった。
耳も首も赤くなっていて、嬉しく思う俺がいた。
よくもまあ、いくつも考えつくものだと自分でも感心するくらい、俺はあれこれ試験突破法を挙げてきて、その1つ1つを一蹴するチャンミン。
「チャンミン...俺の替え玉になって」
「は?」
「俺の代わりにチャンミンが受けるの」
「じゃあ、僕自身の試験はどうするんですか?」
「俺が受ける」
「僕の成績がガタガタになっちゃうじゃないですか!?」
「ひどいなぁ。
そこまで馬鹿じゃねぇよ!」
「ふふふ。
分かってますよ、冗談です。
ユノは、得意科目は満点をとりますからねぇ。
得意と苦手の差が大きいだけです。
それに引きかえ僕ときたら...」
チャンミンはとびぬけて得意な科目も、絶望的に不得意な科目もない代わりに、まんべんなくまあまあ優秀、といった感じ。
俺はため息をつく。
「これが解けたら、アイスを奢ってあげるよ」
「やった!
ユノ、だーい好き」
チャンミンは、俺の首に腕を回してハグした。
ドキンと心臓がはねて、カッと耳が熱くなるのが分かった。
やすやすと女の子を押し倒す俺が、男のハグで中学生になってしまう。
頼むからチャンミン、俺にくっつかないで。
俺は我慢してるんだ。
深夜過ぎ、狭い部屋で顔つき合わせているのだって、キツくなってきてるんだ。
「そもそも、なんで俺がお前にアイスを奢らなくちゃならないんだよ。
ご褒美をもらうのは俺の方だろう?」
「えへへっ」
左右非対称に細めた目が、あどけなく可愛らしかった。
なぁ、チャンミン。
お前の言う「大好き」に、恋愛感情は少しでも含まれているのか?
(つづく)
[maxbutton id=”26″ ]
[maxbutton id=”19″ ]
[maxbutton id=”23″ ]