(5)抱けなかった罪

 

「ユノ。

チャンミンって、どんな奴?」

 

事務所兼倉庫で遅い昼食をとっていると、休憩時間が重なったSが話しかけてきた。

 

「性格、はいい」

 

Sは筋骨たくましいスポーツマンタイプの男だ。

 

彫の深い顔は、面食いなチャンミンが惚れるのも納得だった。

 

チャンミン...今回の恋のお相手はマッチョか...いかにも分かりやす過ぎるよ。

 

これまでの相手は、一人を除いてストレートだったから、玉砕して当然か。

 

「性格『は』ってどういう意味だよ」

 

笑うS。

 

「明後日、チャンミンと会うんだ」

 

「らしいね」

 

「なんだ、知ってるのか」

 

「ああ」

 

「チャンミンって可愛い顔してるんだよなぁ。

お前たちいつも一緒にいるだろ?

あの子によろめかないのが不思議だよ」

 

「俺には彼女がいるし、

男なんか好きになるかよ」

 

嘘だ。

 

「前カレと別れて2か月は経ってるからな、デートは久しぶりだ」

 

「チャンミンのこと...傷つけるなよ」

 

つい言い方がマジになってしまった。

 

俺の真顔にSは驚いたようだった。

 

「傷つけるもなにも、まだ付き合うとは決まってないじゃん」

 

「それもそうだな」

 

笑って誤魔化した俺は、甘ったるいだけの缶コーヒーをぐびりと飲みこんだ。

 

 


 

 

10日後。

 

後期試験を終えたばかりの俺たちは、ファミレスに移動し、その日配布された用紙をテーブルに広げていた。

 

俺たちの学部は5年生に進級する際に、いずれかの研究室に所属することになっている。

 

俺は危なっかしくも、必要単位をひとつも落とすことなく、無事進級できそうだった。

 

チャンミンのおかげだ。

 

試験前、チャンミンは俺の部屋に泊まり込んで、試験のヤマを張ってくれた。

 

チャンミンは何を目指しているのかあやふやなくせに、成績は優秀だった。

 

俺の方は、バイトにサークルにと忙しく、講義をサボることはほとんどないが、苦手な科目はやっぱり苦手だ。

 

「チャンミン...お前の背中を貸してくれない?」

 

「へ?」

 

「席は俺の前だろ?

公式を全部、チャンミンの背中に書いておくの。

試験中のお前は、Tシャツをめくってくれればいいだけ...って。

...いってぇなぁ!」

 

俺はふくれて、チャンミンに叩かれたおでこをこすった。

 

「カンニングはいけません!」

 

「カンニングでもしなきゃ、突破できない...無理」

 

テーブルに額をこつこつと打ちつける俺は、物理系が苦手科目だ。

 

「苦手なくせに、どうして選択したんですか?」

 

「チャンミンと同じにしておけば、提出物も試験も楽できるから」

 

「追試になれば、もう一度試験勉強する羽目になるんですよ!

追試だけは嫌だ、って言ってるのはユノでしょ?」

 

説教した後、ふんと嘆息したチャンミンは

 

「彼女とイチャイチャする時間が減っちゃいますよ。

...ユーノ!

その公式じゃありません、これです。

...はい、よろしい」

 

机に向かう俺の肩越しに、ノートをのぞき込むチャンミン。

 

端正な横顔が間近に迫っている。

 

チャンミンは男が好きな質だと知っているせいだ。

 

長い首やぽつんと目立つホクロ、参考書を指し示す指や手首の細さに色気を感じてしまった。

 

なぜか?

 

チャンミンが裸になって抱きあいたいのは男で、男の俺はいつでもそのお相手になり得るから。

 

チャンミンの目には、俺を単なる友達としか映っていないかもしれない。

 

俺が異性に対して欲を持つのと同じように、男に抱かれたい欲をチャンミンは持っている。

 

チャンミンにとって俺は、性の対象なのだ。

 

そのことに興奮を覚えしまって、欲が灯る熱い視線をチャンミンに向けてしまう理由になった。

 

いつからか。

 

「なんですか?

ジロジロ見ないで下さいよ。

恥ずかしいです」

 

凝視する俺に気付いて、かがんでいた上半身を起こしてしまった。

 

耳も首も赤くなっていて、嬉しく思う俺がいた。

 

よくもまあ、いくつも考えつくものだと自分でも感心するくらい、俺はあれこれ試験突破法を挙げてきて、その1つ1つを一蹴するチャンミン。

 

「チャンミン...俺の替え玉になって」

 

「は?」

 

「俺の代わりにチャンミンが受けるの」

 

「じゃあ、僕自身の試験はどうするんですか?」

 

「俺が受ける」

 

「僕の成績がガタガタになっちゃうじゃないですか!?」

 

「ひどいなぁ。

そこまで馬鹿じゃねぇよ!」

 

「ふふふ。

分かってますよ、冗談です。

ユノは、得意科目は満点をとりますからねぇ。

得意と苦手の差が大きいだけです。

それに引きかえ僕ときたら...」

 

チャンミンはとびぬけて得意な科目も、絶望的に不得意な科目もない代わりに、まんべんなくまあまあ優秀、といった感じ。

 

俺はため息をつく。

 

「これが解けたら、アイスを奢ってあげるよ」

 

「やった!

ユノ、だーい好き」

 

チャンミンは、俺の首に腕を回してハグした。

 

ドキンと心臓がはねて、カッと耳が熱くなるのが分かった。

 

やすやすと女の子を押し倒す俺が、男のハグで中学生になってしまう。

 

頼むからチャンミン、俺にくっつかないで。

 

俺は我慢してるんだ。

 

深夜過ぎ、狭い部屋で顔つき合わせているのだって、キツくなってきてるんだ。

 

「そもそも、なんで俺がお前にアイスを奢らなくちゃならないんだよ。

ご褒美をもらうのは俺の方だろう?」

 

「えへへっ」

 

左右非対称に細めた目が、あどけなく可愛らしかった。

 

なぁ、チャンミン。

 

お前の言う「大好き」に、恋愛感情は少しでも含まれているのか?

 

 

(つづく)

 

 

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