(13)添い寝屋

 

 

肌と肌同士がこすれる感じが気持ちいい。

 

呼吸に合わせて上下するユノの胸から、彼の甘く濃い、男の人の匂いがする。

 

自慢のベッドリネンに客の匂いが付くのを嫌って、客が肌をさらすことを僕は禁じていた。

 

そんなルールも、ユノと接していたら忘れていた。

 

「添い寝屋業は気付いたら、始めてた。

きっかけは、当時の恋人の母親に添い寝をしてやったことかな」

 

「は、母親!?」

 

「恋人の両親の仲は最悪でね、その子の父親は留守がちで、どうやら不倫をしているらしかった。

『なぜ、別れないんだ?』となるだろ?

その辺は当事者じゃないと理解は出来ないし、母親は夫が外で何をしていたにせよ、三下り半を叩きつける気はなかったんだ。

俺は恋人の家に入り浸っていた。

貧乏学生で金欠で、常に腹を空かせていた。

恋人んちに行けば、腹いっぱい食べさせてもらえた。

ある日、いつものように恋人んちを訪れたところ、母親がいつものように出迎えてくれたんだけど、あいにく肝心の恋人は留守だった。

帰ろうとする俺を彼女は引き留めて、『ご飯を食べていって』と、強く勧めたんだ。

そりゃありがたい、って俺は素直に従った。

その後どうなったか...チャンミンはどう想像する?」

 

「...えっと...彼女と...『そういうこと』をしたってことでしょ?」

 

「...と、考えるだろう、普通?

俺は彼女と寝たりなんかしなかったよ。

第一、   恋人がいるのに、恋人の母親と寝るなんて、常識的な俺には無理」

 

 

「うっそ!

ユノって常識的なの!?

...いたっ!」

 

 

ユノは僕の鼻をつまむと、僕を覗き込んだ。

 

 

「チャンミンは俺のことを、誤解しているなぁ。

とっかえひっかえ相手を変える私生活の、淫乱な男娼だと、思い込んでるだろ?」

 

 

「いえいえ...そんな、滅相もない」

 

 

「ふん...どう思われても、いいけどさ。

抱きつかれた時は、俺とセックスがしたいんだと思った。

彼女は胸も大きいし、美人な方だし、恋人がいなければ年上の女もいいもんだな、って。

困ったなぁ、って、無下に突き放すのも、彼女のプライドを傷つけてしまうよなぁ、って。

彼女に抱きつかれたまま、俺はじっとしていた。

そうしたらね、彼女、寝入ってしまったんだ。

俺は、朝までその姿勢のままでいたよ」

 

「彼女は、寂しかったのかな」

 

「だろうね。

朝になったら、彼女は変によそよそしくなることもなく、いつも通りだった。

恋人は帰ってこないし俺もバイトがあるしで、おいとましようとしたら、彼女からお金を渡された。

馬鹿にされた、とカッとなったよ。

でも、彼女は『受け取ってくれないと、惨めな気持ちになる』と言った。

そして、こう言われた。

『ユノ君は落ち着く。何もせず、添い寝してくれたお礼だから』って。

その日以来、恋人が留守の日に限ってだけど、俺は彼女に添い寝してやった」

 

 

「グラマーな熟女だったんでしょ?

ムラムラはしなかったの?」

 

「しない。

仕事だと思うと、そんな気は起きないよ」

 

相変わらず、僕の下腹に押しつけられた、固さと弾力を持ったものを意識しだした。

 

ユノが僕の身体に寄り添っているのは、仕事の範疇に入っていないことなのかな、と疑問に思った。

 

 

「恋人にバレなかったの?」

 

「両親の部屋から出てくる俺を、彼にバッチリ見られたんだ。

そんなんじゃないって否定しても、信じてもらえないのが普通だろうね」

 

 

「えっ!?

今、『彼』って言った?

恋人って、男の人なの?」

 

「うん...変か?」

 

 

僕はぶるぶると首を振ったけれど、急に下腹に当たる『もの』から脈打つ熱さを感じ始めてきた。

 

ユノは本気で、僕に興奮しているんだ!

 

 

「以上が、俺が添い寝屋を始めたきっかけの話だ。

...つまんなかったかな?」

 

 

「ユノ...僕が知りたいのは、ユノが経験した『恐ろしい思い』のことなんだけど?」

 

「わかってる。

俺にもウォーミングアップさせてくれ。

自分の話をするのって...恥ずかしいもんだな。

湯の張っていない湯船と、湯が出ないシャワー...そんな浴室で素っ裸になった感じだ。

分かる?」

 

 

「うーん、なんとなく」

 

熱いシャワーでも浴びようと裸になった自分を想像してみた。

 

蛇口をひねってもお湯が出ない寒々とした浴室で、全身鳥肌がたっていて、途方にくれたマヌケな自分の姿を。

 

外交的に見えるユノは、実は孤独なのかもしれない。

 

緊張させる隙なく、僕の心と身体にするりと寄り添ってきて、わずか2晩目で僕に秘密を暴露させた。

 

ユノは頼られるばかりで、自分自身が誰かに頼ることはほとんどないんじゃないかな、そう思った。

 

「キスしていい?」

 

「うん」と僕は答え、ユノの唇が降ってくる前に、彼の首にかじりついた。

 

積極的な僕にユノは驚いたみたいだ。

 

固く結ばれていた唇は、すぐに柔らかくほぐれて僕の舌を受け入れた。

 

僕らはどうしてキスをしているんだろう。

 

なぜか、ユノとキスがしたくなった。

 

その訳は...分からない。

 

何度も顔の傾きを変えて、口づけ直し、さっきはユノの舌が次は僕の舌をと、唾液の交換をする。

 

「あ...」

 

僕の腰にはユノの片腕が巻き付き、もう片方の手は、僕の背中から脇腹を何度も往復している。

 

「ひゃん...」

 

僕の肌に手の平全体をぴたりと密着させての愛撫に、のけぞってしまった。

 

「逃げないで」

 

「...だって。

なんか...変」

 

ユノに触れられて全身に走る痺れには慣れてきたけれど、今のタッチにはいけない。

 

僕は脇腹が弱いのかな、胃の下辺りがウズウズするのだ。

 

例えて言うなら、足が痺れた時、少しでも触れられるとくすぐったくって、「うわ~」となる感じ。

 

「...やっ、離して」

 

「嫌だ。

これはオプションサービスだよ」

 

「...でも、心の準備が...」

 

「『本番あり』

そう希望したのはチャンミン、お前だ」

 

「でもっ!

ユノは...ユノは平気なの?

初めて会った人と、こんなことするの...?

ぼ、僕だったら...無理っ」

 

「これは『サービス』なんだぞ?」

 

ユノはそう言いながら、その手を僕のズボンの中に滑り込ませて、僕のお尻をがしっと掴んだ。

 

「ひゃっ」

 

ユノの指の一本が、僕のお尻の割れ目にかかっている。

 

もう1センチ内側にずらせば、かつて、奥の奥まで埋めて乱暴にかき回されたいと、ぱくぱくと口を開けていた箇所に届く。

 

今の僕の入り口は当然、きゅっと閉じているはずだ。

 

「ちんたらしてたら、いつになっても『本番』にたどり着けないぞ?

あと3夜しかないんだ」

 

「...やっぱり、心の準備が...!」

 

「仕方がないな」

 

ユノはふんと鼻を鳴らして、「今夜はこれくらいにしておこう」と呆れた風に言って、僕から身体を離した。

 

「......」

 

頭の後ろで腕を組んで、ユノはじっと天井を睨んでいる。

 

不貞腐れたみたいな言い方と、その横顔が怒っているように見えて、僕は「ごめん」と謝った。

 

僕の恥ずかしい過去の半分を暴露してしまっていた。

 

何でも受け止めてくれるユノの頼もしさに、甘えられた。

 

それでも未だ、ユノに対して躊躇があった。

 

多分、僕は怖いんだ。

 

社会生活に支障が出るほど性に溺れに溺れて、狂ってしまった過去があったから。

 

そうなってしまうくらいなら、僕は再び氷河に閉じ込められて、氷の板越しに僕の元にやってくる客を眺めている方がマシだ。

 

どうして、添い寝屋なんか雇ってしまったんだろう、と後悔し始めていた。

 

初日の会話から、ユノは男女を問わない遊び人だと勝手に判断していた。

 

ユノという人物は、男の人と恋人関係を結べること、僕みたいな『不能』で根暗な男相手に反応すること、僕の方も、ユノに触れられると身体をびくつかせてしまうこと。

 

これら3つの判断基準から推測できること...これはこれはホントのホント、僕とユノはヤッてしまうことになるかもしれない。

 

自分で申し込んでいておかしな話だけど、

 

きっと僕のことだから、最後の最後まで拒み続けて、サービス内容が実行されるつもりはなかったんだ。

 

「嫌だ、止めて」と、ユノの手を払い除け続けるうちに、契約期間を終える...そんなつもりでいたんだな。

 

 

ユノとのキスは確かに、いい感じだ。

 

それ以上のことは、怖いんだ。

 

 

(つづく)

 

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