(17)添い寝屋

 

 

 

「カップルの客を相手にしたのは初めてだった。

 

場所は俺の部屋。

 

トータル5回、添い寝をしてやった。

 

...ん、なんだその顔は...?

 

3Pなんかじゃないぞ」

 

 

「な、何も言っていないじゃないか!?」

 

 

「チャンミンの顔を見ていれば、何を言いたいのかバレバレなんだ」

 

 

むすっとする僕の頭をくしゃりと撫ぜて、ユノは仰向けになると頭の後ろに腕を組んだ。

 

僕はそんなユノの隣に胡坐をかいて、彼の言葉を待つ。

 

 

「2人はごく普通の20代カップルに見えた。

 

極端に醜くもなく美男美女でもなく、ごくごく平均的な見た目だったなぁ。

 

でもね、二人が漂わせている雰囲気は上品だった。

 

多分、いいところの坊ちゃんとお嬢さんだったのかもしれない。

 

着ているものとか、言葉遣いとか仕草とかで、育ちのよさってのは伝わるものだろう?」

 

 

「...うん、分かるよ」

 

 

「お互い好きで好きでたまらない...誰も彼らの間に入り込めない。

 

恋に酔っているような浮ついたものじゃないんだ...。

 

彼らのことは何も知らないけれどね、びしびしと伝わってきた」

 

 

ピンクとグレーのストライプのパジャマ...ユノに似つかわしくないドリーミーな色使いだけど、彩色されていない陶人形みたいな彼に似合っていた。

 

全体的に色素が薄いのとは違う...青白い肌と真っ黒な髪のコントラストが神秘的だった。

 

僕が想像する、氷の国の白皙の王子みたいだ。

 

冷えて固まった僕なんかより、ユノの方が氷が似合う。

 

ところが、触れて初めて知るのだ...冷たいどころか、灼熱の肌の持ち主だということに。

 

 

「幸福なはずの彼らが、『なぜ添い寝屋を雇った』のか?

 

1晩、2晩と添い寝をしてやっても分からなかった。

 

大抵の客というのは、『なぜ、眠れないのか』『なぜ、添い寝してもらいたいのか』を語りたがるものだろ?」

 

 

「うん」

 

 

「彼らはそれについては何も言わなかった。

 

俺も尋ねなかった。

 

添い寝屋とは強すぎる興味を客に抱いてはいけない...斡旋元から念を押されたことなかった?」

 

 

「あったよ。

くどいほどにね。

客とトラブルになるからね」

 

 

「さじ加減が難しいんだよなぁ。

 

彼らに突っ込んだ質問を浴びせないくせに、俺は彼らに興味津々だったんだ。

 

...今思えば、『どうして?』と尋ねていればよかったよ」

 

 

ユノの言いぶりが後悔じみていた。

 

 

「礼儀正しい人たちでね。

 

俺の仕事部屋は、チャンミンほどじゃないけど、デカいベッドがメインだ。

 

部屋着に着がえた2人は、ベッドに上がるだろ?

 

はて、俺はどこに寝ればいいんだ?って。

 

ここでクイズ。

 

俺はどこに寝たでしょうか?」

 

 

「...彼氏側?」

 

 

「ハズレ。

真ん中でした」

 

その光景を思い浮かべてみて...ラブラブだという二人の間に寝そべるユノ...シュールだなぁと思った。

 

 

「彼らに挟まれて、俺は落ち着かなかったよ。

 

普通ならくっついて寝たがるものじゃないか。

 

間に俺がいたら邪魔だろう?って。

 

ひと晩目の後、添い寝屋仲間に訊いてきたんだ、こういうのはアリなのか?って。

 

そいつの話だと、別段珍しいものでもないって言うんだ。

 

例えば、倦怠気味の夫婦とか禁断の兄妹愛とか...世の中、いろんな人がいるものだ」

 

 

僕の場合、2人以上の客を相手にした経験はない。

 

天井を見上げているユノの眼は、記憶を探っているからか、どこにも視点を結んでいない。

 

無の表情...もしかしてこれが、ユノの素に近い表情なのかもしれない、と思った。

 

辛かった思い出を語ろうとしているのに、表情は穏やかに見えた。

 

それでも、瞳はぐつぐつと沸騰していた。

 

ユノに沿って身体を横たえると、彼の腕が自然に伸びて僕の肩を抱いた。

 

「肩が冷たいぞ」

 

身体の下敷きになっていた毛布をひっぱり出してきて、僕の身体を包んでくれる。

 

僕は笑ってしまった。

 

だってユノったら、まるでミノムシみたいに僕をぐるぐる巻きにするんだもの。

 

ユノの方も、「デカいミノムシだなぁ」って吹き出して、僕らは顔を見合わせてしばらく笑いこけた。

 

そして、「キスし放題だ」と、ちゅっちゅっと派手な音を立てて、たて続けにライトなキスをした。

 

 

「彼らは間に俺を挟んで、ぽつりぽつりと会話をしていた。

 

あの時は楽しかったとか、いつかあそこに行きたいね、とか。

 

俺の方に話を振ることはなかったけど、俺の存在を無視している風でもなかった。

 

彼らはね...俺に聞かせていたんだよ。

 

俺というたった一人の聴衆に向けてね」

 

 

「へぇ...。

ひと晩じゅう、おしゃべりしてたの?」

 

 

「いや。

 

1時間か2時間くらいのものかな。

 

日付が変わる前には、『おやすみなさい』って言って、寝てしまったよ。

 

2晩目までは、彼らの会話に引き込まれてしまった結果、俺は目が冴えていた。

 

2人の寝息を両サイドから聞きながら、今みたいに...天井を見上げていた」

 

 

ミノムシになった僕は、顔だけを傾けてユノの表情を窺った。

 

 

「...ユノ?」

 

 

ユノの瞳の艶めきが増していた。

 

これってもしかして...?

 

 

「寝返りも打てなかった。

 

2人とも横向きで、俺の方を向いて眠っていたから。

 

他人の彼氏や彼女の顔がすぐ近くに迫ってるんだ。

 

夜中に目を覚まして、バチっと目が合ったりなんかしたら、困る」

 

 

ユノの言うことは、大いに頷ける。

 

寝起きの無防備な姿は、その者の素そのもの。

 

余程親しい間柄じゃなければ、見たくない。

 

 

「3晩目も、前の2晩と変わらず。

 

彼らは思い出話を滔々と続けて、『おやすみ』を言い合ってから、寝てしまった。

 

俺の方はハテナでいっぱいさ。

 

彼らの目的がさっぱりわからない。

 

俺がこの場にいる必要はあるのか?って、気味が悪くなってきた」

 

 

「......」

 

 

「俺が不気味に感じたのは、彼らの気迫というか...思い詰めた感。

 

気付いたんだ。

 

彼らの会話の中身は全部、過去のことだって。

 

もしくは、『これが出来たらいいね』っていう夢の話なんだ。

 

よくまあ尽きないもんだと感心するほど、彼らの話は際限がない」

 

 

「...不幸の匂い」

 

 

なんとなくユノの話の結末が、読めたような気がした。

 

 

「ああ。

 

深く愛し合っているはずの彼らは、不幸だったんだ。

 

不幸のエピソードは何も聞かされていないのにも関わらずね。

 

彼らは楽しかった思い出、希望に満ちた将来の話しかしていない。

 

それなのに、不幸の匂いがした。

 

4晩目の俺は、寝不足と大量の情報が頭の中でぐるぐる渦巻いているんだ。

 

彼らの念、みたいなものを俺は吸い込んでしまっていた。

 

受け身だったんだ。

 

へとへとだった」

 

 

ユノはミノムシになった僕を、抱き枕みたいにかき抱いた。

 

ユノの長い脚は、僕の腰に絡められた。

 

重いし苦しかったけど、僕は黙っていた。

 

多分これから、ユノの話はクライマックスを迎える。

 

分厚い毛布越しに、ユノの熾火の熱が伝わってくる。

 

 

「5晩目...最後の日。

 

彼らは酒を持参してきていた。

 

前の4晩も、ベッドに入る前にお茶を飲んだり、ビールを飲んだりしていたから、上等な酒の差し入れに俺は素直に喜んだ。

 

うん...うまい酒だったよ」

 

 

僕は身動ぎして緩んだ隙間から腕を引っ張り出し、ユノの背中を撫ぜた。

 

手の平でユノの肩甲骨や背骨の凸凹を確かめるように、丁寧にゆっくりと。

 

「いつもと同じように、2人に挟まれて横になった。

...なあ、チャンミン?」

 

 

「んー?」

 

 

「悟ったようなことを言ってたけど、俺だってね、客との距離の取り方に悩んでたんだ。

 

客の不幸にどこまで踏み込むのか?

 

これは攻めの姿勢だね。

 

客の不幸に、どこまで自分のことのように胸を痛めてやれるか。

 

これは受けの姿勢だ」

 

 

僕の場合はそのどちらでもない。

 

 

「昨夜はチャンミンを責めてしまったけれど、チャンミンみたいにビジネスライクなのが一番だ。

 

添い寝屋としての寿命は長いと思うよ」

 

 

「...ユノ、大丈夫?」

 

 

「ははっ...どうだろうね。

 

その夜の2人は、言葉少なげだった。

 

彼らの繋いだ手が、間に寝そべる俺の腹あたりにあった。

 

『変だなぁ』と思った。

 

2人の男の方が『ありがとう』と言って、女の方も『ありがとう』って。

 

俺は眠くて仕方なくて、目を開けていられない。

 

全身がだるくて、ずぶずぶと眠りの世界に引きずり込まれた」

 

 

僕はユノの頭を引き寄せて、その額に唇を押し当てた。

 

 

「彼らを恨むつもりは、全くないんだ、不思議なことに」

 

 

あつあつのユノの額。

 

 

「...多分、薬を盛られたんだと思う。

 

翌日、俺が目を覚ました時、昼過ぎだったかな。

 

いい天気だった。

 

俺の部屋にはカーテンを付けてないから...燦燦と太陽が、っていう言葉ぴったりの天気だった。

 

『変だ』と直感した」

 

 

僕に絡んだユノの腕や脚に、ぎゅっと力がこもった。

 

 

「彼らはね...動かなくなっていた」

 

 

「...そう」

 

 

ユノの話を聞きながら、途中でそうなんじゃないかと察していたんだ。

 

 

「俺は眠っていたけれど、彼らは看取って欲しかったんだね。

 

こんな添い寝屋の使い方もあるんだな、って、感心したよ」

 

 

ユノは泣いていた。

 

 

僕はユノの涙を、こぼれ落ちる端から唇で受け止めた。

 

 

 

(つづく)

 

 

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