【22】添い寝屋

 

 

 

「やった...」

 

プラチナ製のそれが消えた後も、僕はそこにたたずんでいた。

 

スカッとしていた。

 

眼下のビル群や複雑に絡み合う高架では、何十万人もの人々が目的をもって活動をしている。

 

僕はと言えば、高層マンション46階で、添い寝業を営んでいる。

 

ポン、と僕の肩に乗ったユノの手。

 

「中に入ろうか?

見せびらかしたい気持ちは分かるけど...さ?」

 

「わわわ!」

 

僕は即行そこを両手で覆い、大赤面しながら部屋に駆け戻った。

 

僕の背後でユノは、「あーっはっはっは!」と声高らかに笑っている。

 

(ユノの馬鹿...)

 

洗面所で着替えていると、「メシにしよう!」とユノの呼び声が。

 

「行く、今行くよ!」

 

これからユノとブランチだ。

 

とてもワクワクした。

 

 

 

 

「...ここで?」

 

「そう。

添い寝屋はベッドの上がテリトリー。

安心できるだろ?」

 

ユノはパジャマに着替えていた。

 

「うーん...そういうもんかなぁ?」

 

ベッドの上に、ブランチとやらが並んでいる。

 

あれだけキッチンで派手な物音をたてていたわりに、そこに並べられていたものといえば...。

 

焦げたトースト、丸ごとオレンジ、殻の一部から中身が飛び出た茹で卵、コーヒーのマグカップと牛乳の紙パックの...以上。

 

バターの匂いとか、フライパンで調理していたはずのものは、どこにいってしまったんだ?

 

(後でキッチンに行くのが怖い、修羅場になってそうだ)

 

でも、ユノが僕のために頑張ってくれたんだ、文句を言うつもりはさらさらない。

 

マットレスを揺らさないよう、僕はそぅっとベッドに上がった。

 

胡坐をかいたユノは、ミルクを紙パックから直接飲みながら、僕をまじまじと見ている。

 

「...何?」

 

僕をからかうのが好きなユノのことだ、またエッチなことを言うに決まってる、と身構えた。

 

「女の子座りしてる」

 

「...変?」

 

僕はいつもの癖で、両脚をくずした座り方をしていただけ。

 

「可愛いね」

 

ドキン、と鼓動が跳ねた。

 

ニヤニヤしていたユノが真顔になって、僕を真っ直ぐ見てこんなことを言うんだもの...。

 

天井までの全面窓ガラスからふんだんに降り注ぐ日光で、ユノの青白い肌が光っている。

 

まだまだ目の下に隈が出来ている。

 

でもそれは、キメの細かい薄い皮膚が、その下の血管を透かしやすいだけなんだろう。

 

僕は男だから、「可愛い」と女の人に言う立場だ(世間一般的に)

 

男から「可愛い」と言われて、ちょっと嬉しいなと思ってしまった僕は変なのかな?

 

「可愛い」と言ってくれたのが、ユノだからなのかな?

 

僕は埋められることに一度はハマりにハマった...ってことは、正真正銘に「男が好き」な質なのかな?

 

などなど、いろいろと考えていたら、

 

「さて、今日は何をしようか?」と、ユノは言った。

 

「え...?

帰らないの?」

 

驚く僕に、ユノはムスッと拗ねた表情になってしまった。

 

唇を尖らせたユノこそ可愛かったから、「可愛いね」と仕返しに言ってやった。

 

ユノの顔色が、ぱっと赤くなってしまい、僕は「あれ?」と。

 

(色白だから、バレバレなんだ)

 

「...うるさいなぁ。

帰って欲しいのなら、帰るよ」

 

「ヤダ」

 

ユノのシャツの裾を引っ張って引き止める僕は、かなり彼に参っているってことだね。

 

女の子みたいにふくれっ面を作ったりして...僕はどうかしてるよ。

 

ユノに「可愛い」て言ってもらいたい魂胆が見え見えだけど、仕方がない...だって、ユノが好きなんだもの。

 

「しょうがないなぁ、居てやるよ」

 

ユノったら、ドスンと腰を下ろすんだ、マグカップが倒れてお気に入りのシーツにコーヒーのシミを作ってしまった。

 

「もう!」

 

ユノはオレンジの皮を剝きながら、「細かい男だなぁ、洗えば済む」と謝りもしない。

 

「シミになっちゃうじゃないか」と僕はブツブツいいながら、布巾で汚れた箇所をごしごしとこすっていると...。

 

僕の口に、オレンジの房がひょいと放り込まれた。

 

「強力な洗剤を使えばいい。

チャンミンちの洗面所は、洗剤の見本市みたいだった」

 

「...まあね」

 

瑞々しいオレンジをかみ砕くと、口の中は美味しいジュースでいっぱいになって、僕の機嫌はたちまち直った。

 

「一日中居てくれるの?

夜まで?」

 

「もちろん」とユノはにっこり笑って答えた。

 

「だって、俺たちの契約はあと2日だ。

予定通りにいってないじゃないか。

俺は未だ不眠だし、多少はマシになったけど身体は熱い。

あそこも臨戦態勢のまま」

 

ユノの言葉に、僕の視線はババっとあそこに向かってしまう。

 

「...チャンミン。

お前はホント、この手の話になると反応が素早いんだよなぁ」

 

「う、うるさい!」

 

「はははっ。

チャンミンの方は、ふにゃちんのままだし、冷たいし。

...あ、ちょこっとは膨らんだか!

悪い悪い」

 

「むぅ」

 

「よし!」

 

ユノはバチンと手を叩き、ベッドの上のものを片付け始めた。

 

「今から治療開始だぞ」

 

「...うっ」

 

期待半分ドキドキ半分。

 

寝室はオレンジの爽やかな香りで満ちていた。

 

 

 

 

「チャンミン、服を脱げ」

 

「えええっ!」

 

「パジャマが汚れるぞ」

 

ユノが来てから、パジャマを着ている時はほとんどないんじゃないだろうか。

 

「パジャマが汚れる...って...何をするんだよ」

 

僕はぼやきながら、パジャマのボタンを1つ1つ外してゆく。

 

「...チャンミン。

おかしなことを想像してただろう?」

 

「......」

 

図星だった僕は、無言を貫く。

 

「うつ伏せに寝て」

 

サイドテーブルにコトリ、と置かれたのは、ミルク色の小瓶だった。

 

そこには、いい香りがするオイルが入っていることを、僕は知っている。

 

「マッサージ?」

 

「うん。

俺のマッサージ、気持ちよかっただろ?」

 

湯船に浸かってユノに足裏をマッサージしてもらった時の、痛気持ちよかったことを思い出した僕は、頷いた。

 

「全身の緊張を取るんだ。

えっちなチャンミンの為にお断りしておくが、これは性感マッサージではない!」

 

「...分かってるよ」

 

ミントのすっとした清涼感とユノの手の平の熱が、皮膚に沁み込んでゆく。

 

筋肉を的確にとらえたユノの手技に、「どこかで習ったの?」と尋ねていた。

 

「まあね。

客には気持ちよく眠ってもらいたいからね、ハートの聞き役だけじゃなく、身体の凝りもとってやりたいんだ」

 

「真面目だね」

 

これで何度目になるのか、ユノに感心していた。

 

「そうだよ~。

俺は真面目で熱い添い寝屋なんだ」

 

「うん、ホントにそんな感じ。

僕も見習わなくっちゃ」

 

「はははっ。

いい心がけだ」

 

はあ...ユノのマッサージは気持ちよい。

 

うとうとしかけて、ハッとした僕は頭をぶんぶんと振った。

 

「...ユノ。

話の続きを教えて?

まだ途中だったでしょ?

熱い身体になってしまった、本命の理由」

 

「...そうだね」

 

「...ん?」

 

僕の上にまたがって、僕の背中をマッサージするユノ。

 

僕のお尻にあたっているこれは...もしかして?

 

「...ユノ、当たってる」

 

「これのこと?」

 

ユノったら、僕のお尻にそれをすりすりと擦りつけるんだ。

 

ユノはパジャマを着ていて助かった。

 

生肌同士だったら、突っ込まれてたかもしれない!?

 

「チャンミンが今、何を考えているのか俺にはよ~く分かっている」

 

「......」

 

「俺が壮絶な体験談をしようって時に、エロいことするわけないだろう?」

 

そう言ってユノは、僕のお尻をぺちっと叩いた。

 

「しっかし...つくづく思うんだけど。

チャンミンって、可愛いお尻をしてるんだな?」

 

「!」

 

跳ね起きようとした僕を、ユノは両膝で抱え込んだ。

 

 

 

 

「カップルの客が、俺の傍らであの世へ逝ってしまった話をしただろう?」

 

「...うん」

 

「あの後の俺の話。

心のガードをより固くして、仕事に打ち込んだ。

どれだけ自分の心を守れるか、客の不幸に飲み込まれずに、客に添い寝をしてやれるか。

これだけに精神を使った」

 

「...うん」

 

「私生活は荒れていった。

あのカップルが羨ましかった、と言ったよね。

俺にもそんな存在があったら...と夢見るようになった。

あらかじめ言っておくぞ。

俺の元には沢山の客がやってくるけど、俺は客に手を出したことはない。

...この手を出すっていう意味は、プライベートな関係にはしないっていう意味だからな」

 

「そうなんだ?」

 

「こら!」

 

「ごめんごめん、冗談だよ」

 

ユノは仕事とプライベートをきっちりと分けるタイプだ。

 

わずか3日間だけど、ユノと会話を交わし、彼の眼とまっすぐな背筋を見ていれば、そんなこと直ぐに分かる。

 

「その気になれば出逢いは訪れる」

 

そうだろうな、と思った。

 

だって、ユノはとても魅力的なんだもの。

 

「だから俺は、そういう可能性がある者と積極的に交際した。

女とは限らないから、もちろん男とも。

手当たり次第にね」

 

「...そうだったんだ」

 

ユノの手は僕の背中を、上へ下へと行ったりきたりしている。

 

語りながらなのに、その動きはぞんざいじゃなく、指先まで神経が行き届いている。

 

今のユノは...プライベートに僕を引き込んでくれてるのかなぁ?

 

そうだったら、いいなぁ、と思った。

 

 

(つづく)

 

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