【21】添い寝屋

 

 

通い詰めだったクラブには、ありとあらゆる嗜好のものが集まる。

 

女の人限定の者、男限定の者、男女どちらもいける者、3人以上じゃなければ満足しない者、道具攻めを好む者。

 

見物するだけの者、見物しながら自身を慰める者、赤ちゃんになってしまう者、女装しないとイケない者。

 

僕は、と言えば、後ろを埋めてもらえればOK。

 

獣に成り下がった僕は、相手が男だろうが女の人だろうが拘らなかった。

 

とは言え、入店する男の客の大半は、女の人を好むノーマルな者だったから、お相手探しに僕は苦労した。

 

だからどうしても、カップリング相手は同じ顔ぶれになってしまうのだ(ニューフェイスが加わると、争奪戦になる)

 

「...僕さ、無職になっちゃった」

 

ある客(相性がよくて、顔を合わせれば毎回寝ていた男。名前は忘れちゃった)の腹を枕に、僕はぼそっとつぶやいた。

 

「どうやって食っていくんだ、これから?」

 

「そうなんだよねぇ。

困ったなぁ...」

 

「困っている風には聞こえないんだけど?

言い方がまるで他人事」

 

その客は笑い、むくりと半身を起こすと、僕の足の間からぶら下がる紐を力いっぱい引っ張る。

 

「ひゃぁんっ」

 

当然僕は嬌声をあげ、ここから第3ラウンド(4だっけ?)がスタートすることになる。

 

「自宅でできて、楽ちんで、金になる仕事...心当たりあるよ」

 

「...んふっ...それって...怪しいやつでしょ?

あっ...そこはダメだって!」

 

「怪しいものにするかしないかは、そいつ次第。

ルールは自分で決められるだってさ。

興味ある?」

 

僕の中に繋がる紐がぐいぐいと引っ張られて、その度視界に星が散る。

 

「やーっ、そこはっ、ダメだって!」

 

男の質問に答える余裕なんてありはしない。

 

これからどう生計を立てていけばよいかを考えるのは、イッてからにしよう。

 

 

 


 

 

 

濃い霧がすうっと晴れてきた。

 

白くぼやけていた黒い点々が徐々に濃くなって、光を集めて濡れたような輝きを認めた時...。

 

「わっ!」

 

ユノが僕を見下ろしていた。

 

「おはよう」

 

標高700メートルの草原を吹き抜ける、爽やかな5月の風。

 

ぱりっと乾いた真っ白なシーツ。

 

もぎたてフルーツの果汁100%ストレートジュース。

 

...こんな感じのユノの笑顔。

 

そんなユノの笑顔を目にすると、ジグソーパズルの最後のピースが、ばちっとハマったみたいに気分爽快になる。

 

不思議だよね。

 

寝室のカーテンは全開にされ、バルコニーの向こうは真っ青な空。

 

「...あ!」

 

サイドテーブルの時計を確認すると、すでにお昼近いではないか!

 

「寝坊しちゃった...。

え~っと...僕は?」

 

「チャンミンだろ?」

 

「当ったり前だ!」

 

ユノのとぼけにまともに答えてしまったと、悔しくて僕は頬を膨らませた。

 

「はははっ」

 

昨夜と同じ洋服を着た(モスグリーンのニット、革のパンツ)ユノ。

 

「もうすぐ出来上がるから、起きてこいよ」

 

そう言って、せかせかと寝室を出ていってしまった。

 

バターのいい匂いが漂ってくる。

 

僕が起きているか、見に来たんだろうね。

 

袖を肘までまくり、僕愛用のエプロンをしていたから、朝食を準備していたんだろうね。

 

腰で結んだ紐が縦結びになっていて、僕はくすりとしてしまう。

 

縛り直してやろうとベッドを抜け出した時、

 

「わっ!」

 

僕は叫んで、再びベッドの中にもぐり込むこととなってしまった。

 

だってすっぽんぽんだったんだもの。

 

ユノの身体を冷やそうと、昨夜パンツも何もかも全部、脱いでしまったんだった。

 

 

 

 

冷蔵庫を開ける音、フライ返しがフライパンをこする音、電子レンジの音、お皿がぶつかる音。

 

「あちっ」

「ちっ(舌打ちかな?)」

「やべっ」

「おっと!」

「...ま、いっか」

 

この物音から判断すると...クールに見えるユノは、実は台所仕事が不得手なのかな。

 

朝食の味はあまり期待しない方がよさそうだ。

 

でも、元気になったみたいでよかった。

 

昨夜は本当に、びっくりした。

 

ユノが死んでしまうんじゃないかと、本気で焦った。

 

僕なりに必死にユノを介抱してみたけど、やり方は正解だったみたいだ。

 

僕の氷の身体も、そう捨てたものじゃない。

 

...でも、今度は僕の方が苦しくなってしまって...。

 

ユノの体温を吸い込むうち、その熱が僕の中を異常発酵させた。

 

わっと昔の記憶が僕の脳を襲ったのだ。

 

敢えて思い出さないようにしてきた当時のあれこれを、頭の中でフィルムを回して、自分に向けて上映した。

 

下半身に支配されていた僕の、堕ちるところまで堕ちていた日々。

 

...一生分の精力を使い切ってしまったのかな。

 

ううん、違う。

 

増殖する性欲を、ひしゃくですくって排出させないと、あっぷあっぷ...その中で溺れそうだった。

 

あの後僕は、圧倒的な経験をして、徹底的に、根こそぎ性欲を失ってしまったのだ。

 

「はあ...」

 

今も脇の下とうなじの髪が汗で濡れている。

 

べとべとして全身が気持ちが悪いけど、汗をかけるようになった点は一歩前進だ。

 

「こっちの方は...?」

 

掛け布団の中に手を忍び込ませ、そうっと脚の付け根に指を這わす...。

 

「!!!!」

 

布団を持ち上げて、目で確かめる。

 

「ユノーーーーー!!!」

 

気付けば大声でユノを呼んでいた。

 

「どうした!?」って、トングを片手にユノが駆けつける。

 

「ユノ...見て...」

 

ユノを手招きして、件の箇所を見せてあげる。

 

僕の可愛らしいものが、ほんのちょっと...ちょっとだけ膨らんでいるようなのだ。

 

僕らは顔を見合わせた。

 

「やったじゃん!」

 

ユノの目がきゅっと細くなって、口角もきゅっと上がって、歯は真っ白で...そんなパーフェクトな笑顔を見せてくれるのだ。

 

僕は嬉しくって、ユノの首に抱きついてしまった。

 

「あ...」

 

途中でなぜだかとても恥ずかしくなってしまい、ユノの首に回した腕をゆっくりと下ろした。

 

夜の仕事をしているせいなんだろうな、午前の日差しのもとは、プライベート感が増してしまい、言動の全てが生っぽく感じられてしまうのだ。

 

赤くなった顔を隠そうとうつむいている僕を、ユノはきっと、じぃっと見ている。

 

「チャンミンが寝てる間、揉んでやったんだ」

 

「えええっ!?」

 

「ふにふにっとしてて、可愛かったなぁ...」

 

「可愛いって言うな!」

 

「ふにふにふにふにしてたらね、1立方センチメートルくらいは膨張してきたよ」

 

「ユノの馬鹿!

それって全然、ってことじゃんか!」

 

僕らが話題にしているのは一体何なのか...もう、恥ずかしくて恥ずかしくて、誰にも聞かれたくない。

 

 

 

 

ぷりぷりしている僕の隣に、ユノは腰掛けて、こう言った。

 

「例のもの、出せ」

 

「え?

出せって?」

 

ユノの言葉が理解できない。

 

首を傾げていると、ユノは僕の両耳を引っ張った。

 

「昨夜、俺に話してたやつだよ」

 

「ゆうべ?

僕、何か言ってたっけ?」

 

「うん、寝言をね」

 

「寝言!?」

 

「溜まっていたんだなぁ、可哀想に。

ぺらぺらと喋ってたよ」

 

僕は思わず両手で口を覆ってしまったけど、一体何を喋ってしまったんだろう!?

 

昨夜の僕は、堕落しきった生活の頃を鮮明に思い出していた。

 

夢うつつの中、声としてこぼれ落ちてしまったんだろう。

 

「チャンミンがいつまでもいじけているのは、それをいつまでも持っているからだ」

 

「...『それ』って何だよ?」

 

ユノは大げさに、「はああぁぁ」とため息をついた。

 

「無自覚!

チャンミンのイケナイところは、『無自覚』なんだ」

 

僕にはさっぱり分からないのも、無自覚だからなんだろうか。

 

「よし!

俺が今から、チャンミンを楽にしてやるから。

お前の心の瘧(おこり)を見せてやるよ。

で、『それ』はどこにあるんだ?」

 

どうしよう。

 

ユノの指している『それ』が何なのか、全く見当がつかない。

 

ユノは僕の耳たぶを引っ張った(ユノの熱い吐息がぶわりと耳の穴を湿らせて、ぞくっとしてしまう)

 

そして、唇を寄せたまま、ユノは囁いた。

 

「あ!」

 

「思い出した?」

 

僕はこくん、と頷いた。

 

「『それ』はどこにある?」

 

「冷凍庫の中。

アイスクリームのパックの中...チョコレート味の」

 

「冷凍庫って...なんちゅうところに隠してるんだよ」

 

「...だって」

 

ユノは、立ち上がると僕の肩をぽんと叩いた。

 

戻って来たユノが手にしているのは、アイスクリーム容器。

 

「一緒に来い!」

 

ユノは僕の手をとり、ベッドから引っ張り出した。

 

「わっ!」

 

服を着ていない僕に構わず、ユノは僕の手をぐいぐい引っ張って、窓辺へと連れて行く。

 

窓サッシを開け放ち、裸足のままバルコニーへと出た。

 

ユノは、ぱこんとアイスクリームの蓋を開けた。

 

数年前の賞味期限が印字された、500mlサイズのアイスクリームの空き容器。

 

ユノはそこからベルベット地の小箱を取り出し、その中で鋭く輝くそれを、僕に握らせた。

 

「投げろ!」

 

日光に照らされたユノの顔...白皙の青年...は真剣だった。

 

「捨てちまえ」

 

僕は力強く頷いた。

 

そして、大きく腕を振りかざし、力いっぱいそれを空へ投げた。

 

地上46階の空中で、きらーんと小さく瞬いたのち、それは姿を消した。

 

それはかつての恋人に、渡すはずだった婚約指輪だったのだ。

 

 

 

(つづく)

 

 

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