真の意味で事件性の高い出来事だった。
その日、僕は駅前のホテルに部屋をとっていた。
彼女とクリスマスだったか、誕生日だったか...、何かのイベントを一緒に過ごすつもりでいたんだ。
食事をして、そのままホテルに直行するのも早いよね、って、クラブみたいなお店に入ったんだ。
彼女が行きたい、って言い出したんだっけな?
店内は混雑していて、空いてる席を見つけるのがやっとだった。
クラブに行ったのは実は、初めてだったし、照明は暗すぎて、会話が出来ないくらいうるさくて...僕は緊張していた。
レストランでの食事のせいかな、店内も暑いしで、喉が渇いて仕方がなかった。
がぶがぶ飲む僕を、彼女は心配してた。
「お兄さん、飲みっぷりがいいねぇ」
背後から声をかけられて振り返ると、男3人立っていた。
3人とも揃って大きな男で、無視をしたらヤバそうだと思った。
僕は「どうも」と頭を下げた。
「相席させてもらうよ」
僕の返事も待たずに、僕と彼女は3人の男に囲まれてしまった。
スタンド席だったから、彼女の手をひいてそのテーブルを直ぐに離れてしまえばよかったのにね。
不安そうな彼女に「大丈夫」って頷いて見せていながら、実は、困ったな...どうしよう状態だった。
「俺たちの奢りだ」
僕の前に置かれたショットグラスに、「なぜ、奢られるんだ?」って気味が悪かった。
グラスを干すとすかさず、僕のグラスを満たす。
これを空にしないと、恐ろしい目に遭わされる...怖かった。
彼女にはカクテルの1杯も奢らないのに、僕にだけじゃんじゃん酒を出すんだ。
きりがなくて、酒が強い僕でもしんどかった。
ところが、10杯目か11杯目のグラスを空けたとき、男たちは「楽しかったよ」って。
彼らの目的が理解できなくて、ポカンとした。
やっとで解放された...心からホッとした。
でも、去り際の「またな」の言葉が、不気味だった。
彼女に支えられる恰好で、ホテルへ帰った。
せっかくの記念日が(クリスマスだったっけ?)台無しになりそうだった。
僕らは酔っぱらっていて、一定の距離を保って後をつける3人の男に気付かなかった。
エレベータのドアが閉まる直前、男たちが強引に滑り込んできたんだ。
男の一人が、彼女のお尻をわしづかみにし、「ひっ」と悲鳴をあげた彼女の目は恐怖で見開かれていた。
「やめろ」
その男の手首を払いのけたら、ガシっと僕の手首が別の男につかまれた。
殴られる...と覚悟した。
僕の背中は冷や汗で濡れていた。
「じゃあ、お兄さんが相手をしてくれるわけ?」
僕はその男と目を反らさなかった。
反らしたら負けだ...なんて、カッコいい意気じゃない。
恐怖で反らせなかったんだ。
相手ってことは...この3人の男にボコボコにされるんだろうな。
でもまさか、殺されるほどの酷いことはしないだろうな。
男の方が先に目を反らして、他の2人に目配せをしていた。
僕は怯える彼女の耳元で「大丈夫だから」と、囁いた。
僕の真後ろには2人の男、そのうちの一人は彼女の肩を抱いている。
「彼女は帰してあげてください」
「それはできませんねぇ。
愛する彼氏が心配で、あんた一人にできないって言ってるんだよ。
なぁ?」
真っ青になった彼女は、こくこくと頷いていた。
こわばった僕の表情を認めると、ユノの両手に肩をつかまれ、くるりとひっくり返された。
「わっ!」
そしてそのまま、背後から抱きしめられた。
僕の肩にはユノの顎が乗り、ウエストにはユノの両手が巻き付いている。
背中いっぱいにユノの素肌を感じてしまって、背骨がじんじんした。
僕の肩甲骨をユノの胸板が心地よくはね返している。
「ふぅ...」
「大丈夫か?」
言葉を紡ぐとおりに、僕の耳たぶにユノの唇...多分、下唇かな...が触れた。
ユノのしっとりとした声が、じわりと鼓膜を通して沁みていった。
ウエストに組んだユノの手に、僕の手を重ねた。
「大丈夫。
久しぶりに思い出したから...ドキドキしただけ」
ユノの大きな手の平が、僕の左胸にぴたりと当てられた。
「ホントだ...」
僕の心臓が直接触れられているみたいに、火傷しそうに熱い手の平だった。
「ガチガチだ」
胸から肩へとユノの手が移動し、僕のうなじを揉む。
注ぎ足したオイルの香りがバスルーム中に立ち込めている。
凝りがほぐれて血行がよくなったせいもあって、視界がふわふわしてきた。
じゃぼんと、お湯に顔面を突っ込んでしまった僕。
「チャンミン!」
ユノに引き上げられて、ハッと意識を取り戻す。
「のぼせたんだろ?」
「え...あれ...?...あれ?」
背後のユノを顔を振り仰いだら、視界がぐらりと回る。
なるほど...熾きのようなユノの体温が、バスタブを満たす湯温を上げたのだ。
冷え冷えの僕の肉体には、ちと熱すぎた。
「風呂から出るか?」
ユノに抱き上げられ、熱い湯の中からタイルの床へ寝かされた。
ユノったら、僕を軽々と運ぶんだもの...無駄のない細身の身体は、見かけだましじゃなく、力も宿す完璧な肉体なんだ。
「茹でダコみたいになってるぞ」
「う...ん。
すみません...」
冷たい水で絞ったタオルを、僕の喉元に当ててくれる。
操作パネルで浴室のヒーターを切り、換気扇を回すなど、ユノの行動は迅速で的確だ。
「ふぅ...」
ひんやりした固いタイルが気持ちいい。
「またぐぞ」
「!」
棚のタオルを取ろうと、僕の身体をまたいだ全裸のユノ。
僕の視点はあそこに釘付けになるわけで...。
「ん?」
凄い...。
ユノの股間にロックオンされた僕に、彼の弾ける「アハハハハ!」
しょぼくれた僕のモノを思い出して、情けなくなってしまった。
ユノの気遣いで、僕のみすぼらしい箇所がタオルで隠れ、ホッとした。
「ちょっとは楽になったか?
おっと...頭を起こすんじゃない。
そのまま寝てろ」
「う...うん」
「続き」
「へ?」
「チャンミンの打ち明け話...続きを聞かせてくれ」
「...わかった」
自慢のバスルーム。
バスタブに腰掛けた全裸の美青年と、床に寝そべった不能の添い寝屋。
奇妙な構図だ。
「僕と彼女、そして3人の男は、エレベーターを降りたんだ」
僕は続きを語り始めた。
(つづく)
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