(9)添い寝屋

 

 

 

僕は仰向けで天井を見上げながら、続きを語り始めた。

 

僕の頭はユノの太ももに乗せられていた。

 

ユノは自身の熱い手が触れないよう、僕の額に冷たい水をかけてくれる。

 

「腕を掴まれて引っ張られてもないし、背中を小突かれてもいなかった。

両サイドと後ろを3人の男に塞がれていた。

僕と彼女の部屋に彼らを連れていくしかなかった。

情けなかったよ...。

突き倒して、殴って、蹴散らしてやれればよかったのに...」

 

「......」

 

「動揺していたから、カードキーが取り出せなくてね。

やっとで見つけたんだけど、手が震えてしまって、エラー音を立て続けに鳴らしてしまうんだ。

もたもたしていたら、彼女が悲鳴を上げて...多分、どこかを触られたんだと思う。

...情けないよ」

 

僕のまぶたの裏が熱くなってきた。

 

真上から見下ろすユノの顔が、ゆらゆらと歪んできた。

 

「...チャンミン?」

 

「僕は体格はいい方だし、あの3人の男より背が高かった。

3人のうち誰か一人とも力では敵わないって、クラブで酒を奢られた時に、察していた。

部屋の鍵を開けて、それから...」

 

「もう話すな。

チャンミン、今日はそこまででいい」

 

「彼女を部屋の中に突き飛ばして、カードキーも投げ入れた。

それくらいしか策が思いつかなくって...」

 

「チャンミン、ストップだ」

 

「ドアを閉めて...それから...」

 

「チャンミン、黙れったら」

 

「僕だけ廊下に残って、背中でドアを塞いで...」

 

僕の口が熱いユノの手で塞がれた。

 

「無理に話すな」

 

「でも!

ここまで打ち明けたんだ、全部話さないと!」

 

数年以上、封印していた記憶。

 

ユノは信用のおける添い寝屋...それだけじゃなく、頼りがいある人物に見えた。

 

僕のあたふたを悪戯っ子みたいな目で見るから、ムカついたけど、ユノの手の平で転がされる感じが嫌じゃなかった。

 

不良添い寝屋の僕だけど、そうであってもお客たちから頼られる立場だった。

 

何もかもを達観している風に、肩肘張らない接客態度を貫いていたけど、そろそろ限界だったのだ。

 

僕の身体と心を取り戻したい。

 

全部ぶちまけて、ユノに全部を任せたくなった。

 

「あのね、あのね」とユノの手の平の下で、僕はモゴモゴと言葉を続けようとする。

 

「これ以上喋るなら、キスするよ?」

 

僕の口がぴたっと閉じる。

 

「その手の話なると、す~ぐ固まっちゃって。

可愛い添い寝屋さんだなぁ」

 

真上から見下ろすユノの顔が、ぐんと近づいて、僕は思わず目をつむった。

 

「可愛すぎてキスしたいところだけど...」

 

僕の脇と膝裏に腕が差し込まれ、一気に抱き上げられた。

 

「せっかく温まったのに...氷みたいになっちゃって。

辛いことを思い出させてしまって、悪かった」

 

「まだ話が途中...」

 

落っこちないようにユノの首に腕を巻きつけた。

 

人形のような小さな顔に似つかわない太い首が頼もしくて、僕はユノの首に両腕を巻きつけ、彼の首筋に頬をくっ付けた。

 

「震えてるね」

 

涙までぽろぽろとこぼれ落ちてきた。

 

「可哀想に...。

怖かったんだな...よいしょっと

さすがに男は重いな」

 

ベッドに僕を下ろすと、ユノは枕元からティッシュペーパーを何枚も抜き取った。

 

ぐしゃぐしゃと乱暴に涙を拭うから、その不器用そうな手つきが面白くって、つい笑ってしまった。

 

「何が面白いんだよ?

鼻水が垂れてるぞ。

ほら、鼻をかめ、ちーんって」

 

「鼻くらい自分でかめるったら!

子供扱いしないでよ」

 

ユノからティッシュペーパーを奪い取って、ふくれっ面をしてみせた。

 

「パジャマを着ようか。

二人してヌードでベッド、だなんて、何かが始まりそうだもんな」

 

僕の頭に、“そういうシーン”が直ぐに浮かんでしまったことなんて、当然ユノにはお見通しだったみたいだ。

 

「チャンミン...相当いっちゃってるな」

 

呆れ顔のユノに、僕は赤面して「だって、意味深なことばっかり言うんだから...」と答えるのがやっと。

 

僕はユノの均整のとれた後ろ姿が、浴室の方へ消えてしまうのを心細く見守った。

 

ピンクの縞模様のパジャマ姿で戻ってきたユノは、僕にパジャマを着せてくれる。

 

僕は着せ替え人形になって、大人しく抵抗せず、ユノにされるがままになっていた。

 

一番上のボタンがユノの指できっちり留められた時、ユノはきっぱりと言い放った。

 

「俺はチャンミンを甘やかさないからな」

 

「え...?」

 

「洗いざらい全部、語ってもらうぞ」

 

僕の胸を押して横たわらせ、自身も同じように横たわって、肘枕をついて僕をじっと見た。

 

濡れた前髪が、額に濃いひと筋の影を作っていて、妖艶さが増していた。

 

タキシードを着こんだ男装の麗人の、ポマードで固めたオールバッグの髪がはらりと額にこぼれていて...そんな感じ。

 

でも僕は、パジャマに隠されたユノの身体が、男の僕でさえ見惚れるくらい逞しく立派だってことを知っている。

 

だから、とてもドキドキした。

 

「今夜のところは、ここまでで勘弁してやるよ。

契約期間は5日間、まだ4日あるからな。

続きは明日だ」

 

ユノったら、これまた乱暴な手つきで、僕の濡れた髪をタオルでごしごしと拭くんだから。

 

口元だけの笑みを浮かべたユノは、あっちこっちに毛先がはねて、ぼさぼさ頭になった僕を見る。

 

ユノの正視に耐えられなくなって、僕は頭のてっぺんまで布団にもぐりこんだ。

 

凪いだ湖面を連想させるユノの瞳に吸い込まれそうで、心の中を全部ぶちまけたくなるから。

 

ユノの指摘通り、恐怖の記憶で身体が震えている。

 

ユノに全部、知ってもらいたい。

 

でも今夜は、途中でギブアップ。

 

「チャンミン。

俺が添い寝してやるから...今夜はもう寝ろ」

 

「添い寝」の言葉に反応してしまって、もぐり込んだ布団から目だけを出した。

 

そう言えば僕、今夜は『添い寝屋』らしい仕事を全然していなかった!

 

「忘れてたみたいだけど、俺もいちお『添い寝屋』なの。

チャンミンは俺のことを『娼夫』扱いしてるんだから」

 

「えっちなことばっかり言うユノが悪いんだ」

 

ユノはふっと微笑み、あっと思う間もなく力任せにユノの胸に抱きとめられた。

 

「だってチャンミンを見てると、えっちなことをしたくなるんだ。

身体は嘘をつけない...だろ?」

 

「うん...確かに...スゴイね、ユノ」

 

僕のおへその下におしつけられたモノを刺激しないように、ユノの胸の中でじっとしていた。

 

「気になってたことがあるんだけど?

ユノって...そっちの人?」

 

僕の質問の意味が分からなかったのか、ユノはしばらくの間無言でいた。

 

ところが突然、大笑いし始めるんだ、ビクッとしてしまうじゃないか。

 

「あーっはっはっは」って、コミックの世界みたいな、見事な笑い方だった。

 

「普通さ、気になってても、訊かないもんじゃないの?

気付いていても黙っているとかさ?」

 

余程おかしかったのか、ユノは目尻に浮かんだ涙を拭っていた。

 

「...で、どうなの?」

 

「チャンミンが気にすることじゃないだろう?」

 

「気になるに決まってるじゃないか!

だって...その...オプションサービスのこともあるし...?」

 

「YESって答えたら...チャンミンはどうする?」

 

「そ、それは...」

 

「男だと困る?」

 

ユノに顎を掴まれ仰向けさせられ、黒目ばかり大きい印象的な1対が、間近に迫る。

 

「挿れる場所が違うだけの話だ。

チャンミンはいつも通りに...おっと、不能になる以前のように...やればいいんだよ」

 

「...うーん」

 

「その前にさ、チャンミンの可愛いあの子を逞しい男に復活させてやらないとな!」

 

「可愛い、って言うな!」

 

「ごめんごめん!

ほら、とっとと寝るんだ。

今夜は俺が『添い寝屋』だ」

 

凍える身体が、ユノの熱でじわじわと温められる。

 

身体の力が抜け、まぶたも落っこちそうだ。

 

目覚めたら、ユノは帰ってしまった後で、ベッドに僕一人だけ残されているのかな。

 

僕を置いていかないで、と口走りそうになったのを我慢した。

 

「客が目覚めるまで、俺は一睡もしない。

客の眠りを、俺は一晩中見守るんだ。

だから安心して寝ろ」

 

安堵の吐息をついていると、ユノは僕の背中をとんとんと叩きはじめた。

 

「ユノはいつ寝るの?」と問いかけた口をつぐんだ。

 

ユノは不眠症だったんだ。

 

「俺もね、恐ろしい思いをした過去があるんだ。

思い出すだけで、ぞっとするくらいのね」

 

「...その話、僕に聞かせて?」

 

「オッケ。

明日はチャンミンの番だから、明後日にしてやるよ」

 

「うん」

 

「おやすみ、チャンミン」

 

「おやすみ、ユノ」

 

 

(つづく)

 

 

[maxbutton id=”28″ ]

 

[maxbutton id=”23″ ]