(チャンミン...)
(ミミさん...)
カーテンの隙間から差し込む外灯の弱い光に、二人の男女のシルエットが浮かぶ。
胸を反らした女の腰を支えるのは男の手で、女は男の首に片手をからませて、自身に引き寄せる。
横たえた女の上に、男はのしかかる...。
「お母さーん!」
「おじちゃんがいないよ!」
「!!!!」
「!!!!」
「トイレじゃないの?」
「トイレにもいないんだ!」
「どうしよう...
お義父さんたちはもう、公民館へ行っちゃったのよ」
「おじちゃーん!」
「おじちゃーん!
お祭りだよー!」
「!」
「!」
階下から聞こえるのは、甥っ子ケンタとソウタ、兄嫁ヒトミの声。
スマホを確認すると...3時半!
はじかれるように二人は離れた。
「大変!」
「祭り!」
ここに来た本来の目的を、すっかり見失っていた二人だった。
御旅(おたび)行列の出発は午前5時。
公民館では衣装の着付けが、既に始まっているはずだ。
子供部屋で寝ているはずのチャンミンの布団が空っぽで、家の者が捜していた。
「大変!」
電気のスイッチを入れると、あまりのまぶしさに目がくらむ。
「!!」
「!!」
それから全裸なのに気付いて、しゃがみこんだ。
露わになった室内のすべてが生々しい光景だ。
脱ぎ散らかされたパジャマ、Tシャツ、部屋の隅に放り投げられたミミの下着。
床にひきずり下ろされた掛布団。
封の開いた蛍光グリーンの小袋がいくつかと、使用済みのくたっとしたものも。
(ううっ...エロい光景です)
「ミミ―!」
母セイコが階段下からミミを呼んでいる。
「何―?」
ふすまから顔だけを出して、ミミは応じる。
「チャンミン君、いないんだけどー?」
「えー?
こっちにはいないよー!」
「!?」
(ミミさん!
どうしてそこで嘘つくんですか!
事態が面倒になっちゃうって分からないんですか!)
ぶすっと膨れるチャンミン。
「早く、服を着て!」
「無理です!」
チャンミンは、ブンブンと首を振っている。
「どうして!?」
ミミはチャンミンが指さすところを見ると、
「!!」
「(元気な状態じゃ)外せません!」
(やだ!
どうしてこんな状況なのに、元気いっぱいなのよ)
「ほら、端をくるくるってして...」
「いででっ!」
「ごめんね、あと少し...取れた!」
「最後までヤりましょうよ。
途中でお終いは、生き地獄です。
身体に悪いです。
僕に5分下さい!」
「馬鹿!
出来るわけないでしょう!
早く!
早く、服を着て!」
「ちぇっ、ちぇっ、ちぇっ!」
仏頂面のチャンミンは、脱ぎ散らかしたTシャツを拾うと、渋々袖を通す。
頬を膨らませた顔が、ドングリを頬袋いっぱいに詰め込んだリスのようで、可愛らしいと思うミミ。
(いつものチャンミンに戻った)
「続きは『今夜』に、ね?」
「おー!」
チャンミンはまたたく間に機嫌を直す。
「僕はミミさんの部屋にいないってことになってるんでしょ?
『チャンミン君は私の部屋にいまーす』って、認めればよかったのに...」
「そんなこと言えるわけないじゃないの!
何やってたか、バレバレじゃないの!」
「『何』をやってたんでしょうねぇ、僕らは?
ぐふふふ」
「チャンミンの馬鹿!」
真っ赤になったミミは、パジャマのボタンを一番上まできっちり留める。
「私が皆を引き付けておくから、見つからないように、ね?
さっさと下に降りて来てね」
「はいはい、分かりました。
...あれ?
僕のパンツはどこかな...?
『ミミさんが脱がした』僕のパンツは、どこかな?」
「ここ!」
ミミは、床に敷いた掛布団の下から、チャンミンのボクサーパンツを見つけると、彼に投げて寄こし、
「チャンミン、まだ見つからないの~?」
と大声で階下に声をかけながら、部屋を出て行ってしまった。
後に残されたチャンミンは、ふうっと大きくため息をついた
(2回戦、出来なかった。
1回しか出来なかった。
ペース配分がうまく出来なかった。
イクのが早過ぎた…と思う。
ちゃんとミミさんを満足させられたかな。
自信がない。
ミミさんを、もっと気持ちよくさせたい。
もっと研究しないと!
(注:チャンミンのメイクラブ参考書は、AVが全てである)
ぐふふふ。
ミミさんの裸。
ぐふふふ。
暗くてよく見えなかったから、次は明るいところでヤろうっと。
はぁ...それにしても、気持ちよかったなぁ...。
自分でやるのとは、次元の違う気持ちよさだったなぁ...。
ヤバイですねぇ、アレは。
大好きな人とヤるのって、最高ですね。
愛する人と一体になるって、幸せですねぇ。
ミミさん...好きですー)
胸に抱きしめた掛布団に顔を埋めて、ニヤニヤ笑いを押し殺す。
(おっと!
僕のチャンミンが、また元気になってきました。
ポジションをこう...直して...と、よし!)
チャンミンは階段辺りが無人であることを確認した後、きしむ階段にヒヤヒヤしながら階下へ降りて行った。
階段口で誰かと出くわすわけにはいかない。
無事に一階に下りると、近づく人の気配を察して慌てて手近な広間に隠れた。
(危なかった…)
広間を抜けて縁側の窓から裸足のまま外へ出ると、玄関に回る。
そして、さも外から帰ってきた風を装って、カラカラと玄関の引き戸を開けると、
「おじちゃん、いたー!」
「!」
まさに出かけようとしていたケンタたちと鉢合わせになった。
「ミミちゃーん、おじちゃんいたよー」
「チャンミンったらもう、どこに行ってたの?」
ケンタたちに呼ばれて、ミミは困りきった表情を作った。
「お散歩に行ってたんです」
「散歩!?」
(もっと上手な登場の仕方があるでしょうに)
ラップをかけた天ぷらの大皿を持ったヒトミも、やってきた。
「公民館にこれを持っていくから、
チャンミン君、行くわよ、車に乗って」
「はい!」
「おじちゃん、裸足」
「!」
「お兄さんはね、足の裏を鍛えているの。
だから裸足なのよ」
ミミは、苦し紛れにフォローする。
「ふ~ん」
「あとから、私たちも行くからね。
頑張ってね」
「はい。
頑張ります。
写真をいっぱい撮ってくださいね」
「うん」
時間がないため、チャンミンはTシャツとハーフパンツという寝間着姿のままで出かけることとなった。
はねた後ろ髪や、ハーフパンツから突き出した細い脚といった、大きく育ち過ぎた子供感いっぱいのチャンミンからは、先ほどまでの艶っぽい雰囲気は一切感じられない。
(あんな彼と、私たちは裸で抱き合ってたのね)
両手で口を覆って、心の中で「きゃー」っと叫び声をあげる。
(そうよ!
私たちったら、とうとう「いたしちゃった」のよ!
こんなに緊張したエッチはなかったかも。
チャンミンったら、必死で可愛いんだもの。
でもなぁ...あそこまで「獣」になるとは...ちょっと怖かったな」
などなど思いながら、チャンミンの後ろ姿を見送っていると、
(やだ...。
チャンミンったら、Tシャツが前後ろ反対...)
あちゃーと額に手を当て、深いため息をついたが...、
(まいっか、すぐに着替えるんだし...
しまった!!
着物姿になる...ってことは...!
夢中になってて、着がえのことなんて頭になかった!
どうしよう!)
ミミはわっとその場でしゃがみ込んでしまった。
外は夜明け前で暗く、集落の外れに建つ公民館から煌々と窓から灯りがこぼれていた。
チャンミンが到着した時には、ほぼ全員の着替えは終了し、長い一日に備えて早い朝食をとっていた。
神官装束姿の者、龍と鳳凰を染めぬいた着物の闘鶏楽、警護の裃姿。
ひょっとこ役はあぐらをかき、鬼役からコップ酒を飲まされている。
(注:ひょっとこ役は、泥酔した状態で御旅行列するため、出発前に飲酒をする習わしなのです)
巫女装束の女の子たちは、赤い口紅が落ちないよう、お菓子を小さな口でかじっている。
「おせぇぞ!」
深緑の股引きと藍色腹掛けに着替えた獅子役のテツは、ぬっと現れたチャンミンを怒鳴りつける。
「とっとと着がえろ!」
「すみません!」
「乳繰り合ってったんじゃねえんだろうな?」
「はあ、そんなところです...」
「馬鹿たれ!」
頭をかきかき照れるチャンミンの頭を、テツははたく。
「正直に認める奴があるかいってんだ!
祭り前日に何やってんだ、全く」
チャンミンを待ち構えていた二人の女性たちの助けを借りて、旗持ちチャンミンの着付けが始まった。
「あんたが、リョウタ君のピンチヒッターなのね」
「そうなんです。
よろしくお願いします」
「お兄さん、背が高いね」
「はい、そうなんです」
「何センチあるの?
この肌襦袢を着てね」
「はい、 えーっと、186センチあります」
チャンミンは着ていたTシャツを脱いだ。
「バレー選手か何かなの?」
「いえ、違います」
小袖を羽織らせようとした彼女の視線が、チャンミンの胸から腹へと移動したのち固定した。
「?」
(僕のギャランドゥはそんなに濃いですか?)
自分の身体に目をやると...。
「!!」
チャンミンの胸には、赤い花びらがいくつも散っている。
(ミミミミミミさん!
いつの間に!)
焦ったチャンミンは、両腕をまわして隠そうとしたが、背後にいたおば様に腕をぴしゃりと叩かれた。
「手が邪魔だよ。
細い腰だねぇ。
このタオルを押さえてて」
「は、はい」
着付けのおば様たちが、何でもなかったかのように話を続けるから、余計に恥ずかしい。
(若いっていいわねぇ。
新婚の頃のうちの旦那も、それはもう激しかったわ。※おばさまの心の声)
チャンミンの顔も首も耳も真っ赤だ。
(ミミさんの馬鹿馬鹿馬鹿!
こんなに大量のキスマーク!
全然気づきませんでしたよ!
愛の証を刻みたいのは分かりますけど、
僕のことが大好きなのは分かりますけど、
僕があまりに美味しそうだったのは分かりますけど、
どうりで、あちこち吸われてるなぁ、って思いましたよ。
ミミさんったら...ぐふふふ、情熱的な人だったんですね)
チャンミンの腰回りは、バスタオルの上からさらしで固定された。
「袴を履いて」
「はい」
(次は、僕がいっぱい付けてあげますからねー。
やっぱり首筋でしょ、
胸でしょ、
お腹でしょ、
お尻でしょ...
それから...やっぱりきわどいところにも...ぐふふふ。
今夜、いっぱい付けてあげますからねー。
おっとっと、気を付けないと、また僕のチャンミンが目覚めてしまう...)
ピンクな妄想で頭がいっぱいのチャンミンをよそに、おばさまの熟練の腕により着付けは着々と進んでいったのであった。
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