(11)Hug

 

 

 

就寝前のおやつタイム。

 

居間でTVを観ながら皆、そろってドーナツをかじっていた。

 

ユノはチャンミンの隣に陣取って満面の笑顔だった。

 

「チャンミン、食べ過ぎ!」

 

「うるさいなぁ」

 

「チャンミンが太っても、俺は全然OKだけどね。

抱き心地がよくなる」

 

「ユノ!」

 

ユノ発言に、一斉に大人たちの注目が集まる。

 

(調子に乗って!)

 

うんざりしたチャンミンが台所に移動すると、ユノも後をついていく。

 

「ったく、金魚のフンみたいな奴だ」

 

ゲンタは、ずずずっとお茶をすすって言う。

 

周囲の浮かれた雰囲気にのって、子供たちの興奮は最高潮だった。

 

カンタは、金打ちの練習で留守だ。

 

「おじちゃんはねー、ひーじぃちゃんのお風呂を『のぞきみ』したんだよー」

 

「おじちゃん、へんたーい」

 

「あれはっ!

ちょっとした...手違い」

 

真っ赤になったユノ。

 

突然、ソウタがユノの背中に、飛びついてきた。

 

「おじちゃんと一緒に寝る」

 

「えっ!?」

 

(マジかー)

 

「いけません!

お兄さんは、明日は早いの」

 

叱りつけるヒトミの言う通り、明日の御旅(おたび)行列は早朝6時出発だ。

 

着物の着付けもあるので、遅くとも4時には起床しなくてはならない。

 

ケンタたちは心底がっかりした顔をしている。

 

(今夜は大事な『任務』があるんだ。

邪魔されてたまるか)

 

「『お兄さん』とプロレスごっこしようか?」

 

ユノはとっさに提案してしまった。

 

「わーい!」

 

ケンタもユノの脚にしがみつく。

 

ユノがモンスター2人を連れて居間を出て行くのを見て、セイコはしみじみと言う。

 

「ユノ君は、面白い子だねぇ」

 

「ここに来て楽しんでるみたいだよ」

 

(あんなに笑ってるユノを見るのは、初めてかもしれない。

無邪気過ぎて、さらに年下に見えてしまう)

 

「そろそろ、寝るよ」

 

チャンミンはすくっと立ち上がると、洗面所へ向かったのだった。

 

 


 

 

広間で子供たちととっくみあいの最中のユノ。

 

「痛い痛い!

髪の毛をつかむのは、反則だよ!」

 

腰にタックルしてきたソウタを、突き飛ばさないよう抱きかかえて、畳の上に倒す。

 

開いたふすまの合間から、通り過ぎるチャンミンの姿を見かける。

 

(お!

チャンミン!)

 

「ちょっと待ってろよ。

『お兄さん』は、トイレに行ってくるから」

 

チャンミンを追いかけようとしたら、

 

「あでぇっ!」

 

ユノは派手に転んでしまった。

 

畳に寝っ転がったソウタが、ユノの足首をつかんだからだ。

 

「いててて...」

 

ユノは顎をさすりながら、うつぶせで倒れた身体を起こした。

 

「その技も反則だって!」

 

「おりゃー!」

 

ケンタは飛びかかってユノを突き倒すと、馬乗りになった。

 

「こらっ!」

 

ユノはいい加減うんざりしてきた。

 

プロレスごっこをしようと誘ったことを、深く後悔していた。

 

(チャンミン...助けて。

この子らは、俺をおもちゃにするんだ)

 

 

 

 

一方、チャンミンは洗面所の鏡に映る顔を見つめていた。

 

(20代に...ぎりぎり見えなくもない。

笑うと目尻にしわは寄っちゃうけど、優しそうに見える...かな?)

 

顔を左右に向けて、ためつすがめつ顔をチェックする。

 

(やだな。

どう見ても、ユノと同年代には見えない)

 

昨日今日と、3度目撃したユノの裸を思い出す。

 

(やだな。

ユノはあんなにいい身体をしているのに、それに引き換え僕ときたら...。

ユノとは釣り合わないのかな...。

自信がなくなってきた...)

 

パジャマのパンツをめくって、下を覗き込んだ。

 

(気合が入りすぎかな。

ぴっちぴち過ぎるかな。

大胆過ぎるかな?

うーん...。

やっぱりいつもの下着に、着がえよう)

 

部屋に向かおうとしたが、もう一度鏡の自分を見る。

 

(それから、

やっぱりあのことを、自分の口からちゃんと話そう。

ユノも、僕の告白を待っているんだと思う)

 

「よし!」

 

洗面所の電気を消して、廊下へ出た瞬間...。

 

 

 

「はうぅっ!!!!!!」

 

 

 

広間の方から、悲鳴が。

 

(この声は、ユノ!)

 

慌てて広間へ向かおうとすると、ケンタとソウタがこちらへ走ってくる。

 

「ピーポーピーポー」

 

「どうしたの!?」

 

チャンミンはすれ違いざまに、ケンタを捕まえて、問いただした。

 

「おじちゃんが、死にそうなんだ!」

 

「大変なんだ!」

 

「ええぇ!?

死にそう?

あんたたち、何したの!?」

 

(無茶をして骨でも折ってたら、どうしよう!)

 

さっと青ざめたチャンミンが、広間に駆けつけると...。

 

ユノが畳の上にうずくまっている。

 

「ユノ!!!!」

 

「うぅ...」

 

ユノは脂汗を浮かべて、うめいている。

 

「大丈夫?

どこ?

どこが痛い?」

 

「う...」

 

ユノはあまりの苦痛に、チャンミンの質問に答えられないようだ。

 

(出血はない)

 

「死にそうだって!?」

「救急車呼んだ方が!?」

 

ケンタたちに呼ばれて、居間にいた大人たちも駆けつけてきた。

 

その後ろから、こわごわケンタたちが顔を出している。

 

「あんたたち、お兄さんに何したの?」

 

ヒトミは子供たちを叱りつけた。

 

「居間に運ぶか?」

「頭を打ってたら、動かさない方がいいな」

「毛布持ってこい!」

 

ユノは蒼白になった顔をゆがめ、目をぎゅっとつむっている。

 

「うぅ...」

 

(どうしよう!)

 

「どこだ?

どこを怪我した?」

 

「救急車呼ばなくっちゃ」

 

ヒトミはポケットからスマホを出して操作する。

 

「どらどら?」

 

脇に座って泣きそうになっているチャンミンをどかすと、ショウタはうずくまった姿勢のユノの肩を起こそうとした。

 

「お......!」

 

ショウタの動きが止まった。

 

「救急車は呼ばなくていい!」

 

ショウタは立ち上がると、廊下のケンタとソウタにデコピンをする。

 

「しばらくすれば治る!」

 

「お父さん!」

 

「タマをやられただけだ」

 

「タマ?」

 

「死にそうに痛いはずだが、

しばらくすれば、治まる!」

 

(そ、それは痛い!!!)

 

「こいつらに蹴られたんだろうよ。

ほら、みんな戻った戻った」

 

ショウタは、家族を急かすと広間を出て行ったのだった。

 

後に残されたチャンミンは、ユノの頭を膝にのせ、苦しむ彼の背中をさすってやる。

 

確かにユノの両手は、股間を押さえている。

 

「チャ、チャンミン...。

息が止まった...よ...」

 

(ユノったら、昨日に続き今日まで...。

可哀そうに)

 

「俺のが...負傷した...」

 

涙をにじませたユノは、チャンミンを見上げてつぶやいたのだった。

 

 

 


 

 

(どうしてみんな、俺を邪魔するんだ!)

 

右にケンタ、左にソウタ。

 

間にユノ。

 

カンタは、ソウタの隣で行儀よく布団をかぶってすーすーと寝息をたてている。

 

(どうしてどうして、みんな俺の邪魔ばかりするんだ!)

 

発端は、就寝前のこと。

 

灼熱の痛みから回復したユノ。

 

「『お兄さん』、ごめんなさい...」

「『お兄さん』にキックしてごめんなさい!」

 

ユノの急所を蹴り飛ばしたことを申し訳なく思ったのか、2人は泣いて謝った。

 

(おー!

初めて『お兄さん』って呼んだぞ)

 

「もう謝らなくていいよ。

(俺は優しい男だから)もう怒ってないよ。

でも、二度とあんなことをしないように!」

 

ところが、いつまでも泣き止まない彼らをなだめようと、ユノは

 

「TVゲームしよっか?

『お兄さん』は強いんだぞー」

 

と、誘ってしまった。

 

そうやって始まった、ゲーム対戦。

 

ところがうっかり、ユノは本気を出してしまい、彼らをこてんぱんにやっつけてしまった。

 

再び大泣きした彼らの機嫌をとらなくなってしまったユノ青年。

 

結果ユノは、子供部屋で就寝することになってしまったのだった。

 

(こんなことで、めげるような俺じゃない!)

 

ぐずぐずと起きていたソウタが寝入ったのを確認すると、ユノは布団を抜け出す。

 

子供部屋は1階、チャンミンの部屋は2階。

 

(俺が大事に守ってきた『純潔』を、チャンミンに捧げにゆくぞ)

 

ユノは3人を起こさないよう、ふすまを開けて廊下へ出た。

 

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]