「お前...えらいべっぴんさんになったなぁ...」
黒い烏帽子がユノの貴族的な顔を際立てている。
テツは、ユノの頭から足の先までを、何往復も舐めまわすように見た。
「男の俺でも、惚れるぜ?」
「気持ち悪いこと言わないでください。
俺は着流しがよかったなぁ」
ユノは、白い着流し姿の闘鶏楽の一団を羨ましそうに見る。
「鐘が叩けねえ奴は無理だ、諦めろ。
で、どうだった?」
テツは、もぐもぐと稲荷寿司を頬張るユノの耳元でささやく。
「へ?
何がです?」
「アレに決まってるだろ。
で、どうだった?」
「ああ、そのことですか。
凄かったんですから。
一睡もしていないんです...ふあぁぁ」
ユノは大きなあくびをした。
「一晩中か!?
若い奴は違うなぁ...。
で、何回やったんだ?」
「6回です」
「ぶはっ!」
ユノ発言にテツは飲みかけていたお茶を吹き出した。
「汚いですねぇ。
テツさんもえっちですねぇ」
ユノはテツにティッシュを渡してやりながら、やれやれといった風に首を振った。
(注)
6回というのは、アレを開封した回数(個数)である。
6個のうち5個は使用不能にしてしまい(装着ミス、膨張不足、未挿入)、本来の機能を活かせたのは、実際のところ1個に過ぎない。
しかし、(本番が)1回だけだったとしても、ユノにとって、6回(本番を)やったくらいの満足感と感動を得ていた。
よって、ユノは決して嘘は言っていないのである。
午前6時。
公民館前から御旅行列が出発した
鐘を打ち鳴らす闘鶏楽と、笛太鼓の雅楽が奏でる中、
天狗と獅子を先頭に、太鼓持ち、槍持ち(チャンミンの役はここ)、幟持ちが続いて、
裃姿の警固、神幸旗持ち(ユノの役はここ)、
台名旗持ち、神輿、神職、巫女、稚児が行列を成す。
氏家前で、獅子舞を奉納しながら半日をかけて、約5㎞の道のりをしずしずと練り歩く。
沿道に並ぶ見物人たちは、行列の中に家族を見つけるとスマホやカメラを向けたり、ねぎらいの声をかけたりと、賑やかだ。
一文字笠をかぶったカンタが、生真面目な顔をして鐘を叩くのを、母親のヒトミが写真におさめている。
(なんて重いんだ...)
昨日、テツの前で大見得を切ったユノだったが、出発して30分後には根を上げたくなっていた。
(『旗持ちなんて地味だ』とケチをつけてごめん!
こんなに重いなんて!)
神幸旗の竿は2メートルもある上、重さも7㎏はある。
神聖なものなので、地面につけることもできない。
加えて風が吹くたび、旗がはためき、右へ左へとぐらつく竿を全力で握りしめないといけなかった。
(チャンミン...辛いです)
田植えを前に水を張った水田に、古典衣装を身につけた一行の姿が映る。
それはそれは幻想的で、世にも美しい光景だった。
ユノが心配なチャンミンは、ちらちらと何度も振り返る。
(ユノ...ふらついてる!
でも...めちゃくちゃ、カッコいいんですけど!!
ユノがカッコいい!)
ユノの方も、振り返るチャンミンと目が合う度に、ニカっと笑って見せる。
チャンミンと視線が交錯する度、ユノの胸がじんと熱くなるのだ。
(チャンミン、顔が真っ赤だぞ。
辛いんだろ?
チャンミンは俺よりも大きいくせに、体力ないんだから。
普段、座りっぱなしの仕事だからなぁ。
大丈夫かな)
チャンミンの心臓がドキンと跳ねる。
(神妙な面持ちでいたユノが、僕と目が合う時の表情がすごかった。
嬉しい気持ちを、目と眉と頬と口と...と顔のパーツ全てで表していた。
ああ、そうだった。
いつもこの子は、こんな風に僕を見る。
可愛くて、えっちで、
大好きな、大好きな彼氏だ。
ユノからの愛情を注がれる資格は、僕にあるのかな。
やだな...感動する。
涙が出てきた)
両手がふさがっているので、手を振れないユノはおどけた顔をつくった。
歩調が乱れ、後ろの旗持ちに怒られている。
誇らしげなユノが子供っぽくて、可愛らしかった。
・
昼前に御旅所に到着した一団は、獅子舞と闘鶏楽を奉納した後、簡単な昼食をとる。
そして、再び行列を成して神社へ向かうのだ。
「はぁ...きついなぁ」
「腰が痛い」
「やっとで半分だ」
倒れこむように腰を下ろした面々に、お茶や菓子、おにぎりなどを載せた盆がまわってくる。
「お疲れ様」
ユノの隣に座ったチャンミンは、よく冷やしたおしぼりを渡す。
「チャンミン、顔が真っ赤」
チャンミンの頬骨が日に焼けて赤くなっていて、冷たいおしぼりが火照った肌に気持ちがいい。
「重いだろ?」
「余裕。
俺はこう見えて鍛えているんだよ」
チャンミンは、強がりを言うユノの手をとった。
「痛そうだね」
ユノの指の付け根にできたマメがつぶれて、血がにじんでいる。
「これくらい、平気だよ」
「ユノの旗は重いからね。
僕が替わってあげようか?」
チャンミンの言う通り、ユノの役は神幸旗持ち。
チャンミンの役は、旗持ちよりは負担の少ない御持槍役だった。
「それは出来ない。
任されたことは最後までやり遂げたい。
それに、俺とチャンミンとじゃ衣裳が違うよ」
ユノは浄衣姿、チャンミンは裃姿だった。
「ユノ」
周囲を見回したチャンミンは、ユノの手をそっと握った。
「ありがとう。
お兄ちゃんの代わりに、祭りに出てくれて。
本当に助かった」
(そういえば、ユノにちゃんとお礼を言っていなかったから)
チャンミンはユノの手の平に、こんなこともあろうと用意していたガーゼを当て、上からテーピングを巻いてやった。
「あと半分、頑張ろうぜ」
「うん、頑張ろう。
ユノ、カッコいいよ」
目尻が北キツネみたいに切れ上がった、照れ笑いをしたユノのことが、可愛くて仕方がないチャンミンだった。
祭りは終わった。
各家ともども宴たけなわ。
「よう頑張った!」
「かんぱーい!」
チャンミン宅でも、一家全員グラス片手に、広間の大テーブルに所狭しと並んだごちそうに箸を伸ばしている。
はしゃいで走り回る子供たち、それを叱るヒトミ。
普段は気難しい祖父ゲンタも、祖母カツ相手に何やら熱弁を振るい、父ショウタは母セイコに、お酌をしてやっている。
チャンミン一家は酒好きで、次々と酒瓶が空になる。
ギプスを巻いたリョウタは、旗持ち役をやり遂げたユノのためにビールを注いでやった。
そのグラスをチャンミンは、ユノの元へ運んでやる。
ユノは広間の隅で、5枚並べた座布団の上に寝かされていた。
重量のあるものを半日間、反り腰の状態で持ち歩いたせいで、祭り終了時には腰が立たなくなっていた。
ショウタとチャンミンに両肩を支えられて、やっとのことで帰宅したのだ。
チャンミンは、ユノの元へ甲斐甲斐しく食べ物を運んでやる。
親鳥が、大口を開けたひな鳥に餌を与えるみたいに。
「あーん」
チャンミンは、エビフライをユノの口に入れてやる。
(温泉旅行の時みたいだ)
「タルタルソースをもっと付けて!」
「はいはい」
「次は唐揚げが欲しい」
「はいはい」
「あーん」
「次は?」
「ビールがいいなぁ」
「はいはい」
「口移しで飲ませて」
「馬鹿!」
「ちぇっ」
ユノはグラスに差したストローをくわえた。
「ストローで飲むビールは美味しくない」
「贅沢言わないの。
次は何が欲しい?」
「...チャンミンが欲しい」
「......」
チャンミンの目がすーっと細くなり、ユノは即座に謝った。
「チャンミンも食べなよ。
あ!
食べるって俺のことじゃなくて、お祭りの御馳走のことだぞ」
「当たり前だ!!」
チャンミンはもう、開き直っていた。
家族の前だから、できるだけいちゃいちゃしないよう気を付けているのに、ユノはそんなチャンミンを面白がって、大胆な言動をするからだ。
(つづく)
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