「チャンミンは情熱的なんだね。
ふふ...意外だ」
「ミステリアスな年上の男だからね」
「ま、俺の方が情熱的だ」
「わかってる」
「でもさ、俺は駆け落ちなんてしないからな。
反対されても許してもらうまで、チャンミンの家族を説得するよ」
「反対も何も、家族はみんな、ユノのことを認めているよ」
「ホントに!?」
「父さんも母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんもみーんな、ユノをひと目見て気に入ったと思うよ」
「そう?」
「うん」
(母さんがあらたまった感じで僕に忠告したのも、僕らの本気を感じとったからだと思う。
僕の過去が早々と、ユノの耳に届いてしまったことも、その証拠だ。
ところで、誰がユノにバラしたんだろう。
ユノと接点があった人と言えば...テツさんかな。
ボロボロになって戻ってきた僕に、優しくしてくれた唯一のご近所さんだったから)
「俺もチャンミンの家族が好きだよ」
「ありがとう」
ずずっと鼻をすする音。
チャンミンは身を屈め、ユノの後頭部にキスをした。
「さあ、もう寝よう?
明日は帰る日だからね」
「もうちょっと、こうしていたい...」
「ユノに膝枕してあげたら、僕が寝れないよ」
「えー。
じゃあ、俺の布団で寝てよ」
「駄目。
腰が痛いんでしょ。
窮屈な状態で寝たら、よくないよ」
「嫌だ」
ユノはチャンミンの太ももに、ぎゅうっとしがみついた。
「仕方がないなぁ」
チャンミンは苦笑しながらユノの隣に横になると、彼の胸に頭を預けた。
「俺が腕枕してあげるね。
夢だったんだ」
ユノは片腕でチャンミンの頭を包み込むと、ふふふと満足そうに笑ったのだった。
「あうっ!」
ユノはたった今、顔面を打ち下ろしたチャンミンの腕をよける。
(チャンミンが、こんなに寝相が悪い人だったとは...。
情事(今夜はナシだけど)の余韻に浸りながら、腕枕をして眠りにつく...のハズが!)
余程疲れていたのだろう、15分もたたずに寝入ってしまったチャンミンの寝顔に、見惚れていられたのはつかの間のこと。
寝返りの打ち方が派手で、ユノの身体を邪魔そうに腕で、脚で押しのける。
(チャンミンとひとつベッドで一緒に寝るには、キングサイズのベッドが必要かもしれない)
布団からはみ出して、大の字になって眠るチャンミンに布団をかけ直してやる。
(チャンミン...ごめん。
俺はチャンミンの隣では眠れない)
「いててて」
痛む腰をかばいながら四つん這いになると、気持ちよさそうに眠るチャンミンをまたいで、隣に敷いた布団に移動することにした。
「あうっ!」
チャンミンの真上をまたいだ瞬間、彼の両腕がユノの身体をしっかととらえた。
「うーん...いかんといて...」
(チャンミン!)
いつものユノだったら、震えるほど嬉しいシチュエーションだったが、この時のユノはそんな余裕がない。
下からぶら下がるチャンミンの重みが、みしっと腰に響く。
(ごめん。
俺のことが大好きなことは知ってるけど、今夜の俺は応えてあげることができない)
腰にまきついたチャンミンの手をほどいて、隣の布団にたどり着いた。
「ユノ~...むにゃむにゃ」
(うっ...可愛い...)
まぶたの下の眼球が動いているから、夢をみているのだろう。
(俺の夢を見ているんだ)
チャンミンの頭の下に枕をあてがってやり、再び蹴り飛ばされた布団をかけ直してやった。
「いててて」
2つの布団の間で、駆けっこのポーズで眠るチャンミンの方を向いて横たわると、ユノはチャンミンの手を握った。
(チャンミン...俺は明日、果たして家に帰れるんだろうか?
明後日から仕事があるから、ちゃんと仕事に行けるんだろうか?
とにかく、睡眠をしっかりとることにするよ。
チャンミン...おやすみなさい)
・
翌朝。
チャンミンは目覚めた。
(あれ?
いつの間に、自分の布団で寝てる)
隣の布団を見ると、無人だ。
(ユノは、いずこに?)
反対側に目をやると、畳の上で丸まって眠るユノが。
(やだ...。
どうしてそんなところで寝ているんだ、この子は!?)
頭まで布団にくるまっていて、その端からユノの髪がくしゃくしゃと見える。
(ふふふ、可愛い)
「また、来いよ!」
「はい!」
「花火大会もあるし、
秋には稲刈りがあるからな!」
「...はい」
(絶対に、たっぷりとこき使われるに違いない)
アルバイト代を支払おうとするのを、丁重にお断りした。
「お世話になりました」
見送りに出たチャンミン一族に、ユノは頭を下げた。
ゲンタは玄関口から、頭を出している。
「おじちゃん、また遊んでね」
ケンタとソウタは泣き出しそうだった。
「『お兄さん』と呼んだらな!」
「ヤダー」
「ヤダー」
(くー!
このがきんちょ共ときたら、最後まで小憎たらしいんだから!)
リョウタから借りた松葉づえをついたユノと2人分の荷物を抱えたチャンミンは、駅まで送るセイコの車に乗り込んだ。
セイコはカーウィンドウを開けると、駅前で下ろした2人を手招きした。
「2人とも、仲良くね」
「はい!」
元気よく、ニコニコ顔でユノは答える。
(母さん...)
感激したチャンミンはセイコに向かって頷くと、走り去るセイコの車が見えなくなるまで手を振った。
・
「ああ!」
チャンミンの大声に、隣のユノはとび上がる。
「びっくりするじゃないか!
お茶がこぼれたよ!」
濡れたひざをお手拭きで拭いていると、
「どうしよう...」
困りきった表情のチャンミンが、ユノの腕をゆすった。
「忘れ物?
チャンミンは荷物が多いからだよ。
セイコさんに、後で宅配便で送ってもらえばいいじゃん」
チャンミンは両手で顔を覆う。
「そういうわけにいかないんだ」
「そんなに大切なものなら、取りに帰ろうか?
セイコさんに連絡して、戻ってきてもらおう。
バスを降ようか?」
「いてて」と腰をかばいながら席を立とうとするユノの腕を、チャンミンは引き戻す。
「今から戻っても遅いんだ」
「遅いって...何を忘れたの?」
ユノの顔をしばし見つめていた後、チャンミンは小声で言った。
「...捨てるのを忘れた」
「捨てる?」
「ゴミ箱の中身...」
「実家なんだから、それくらいいいじゃん。
セイコさんが片付けてくれるって」
「だから、よくないんだってば!」
チャンミンはブンブンと首を振った。
「お母さんだろ?
甘えなよ」
「...普通のゴミじゃないんだ」
やっとでユノは、チャンミンの言いたいことを理解した。
「なあんだ、そんなことか」
ふふんと鼻で笑った。
「そんなことで済まないってば!」
「装着ミスのが3個だろ。
お父さんのおならという邪魔が入った本番前の1個だろ。
本番で1個だろ。
時間切れでできなかった2回戦の1個だろ。
全部で6個は使ったからなぁ、ははは」
「ユノ!
6個分の袋と中身がゴミ箱に入ってるんだよ!
サイアク、サイアク!!
恥ずかしい...!」
「いいじゃないか。
誤解された方が、嬉しいじゃん。
6回もヤッたのね、お盛んねって思われて」
「ユノ!」
チャンミンの顔がみるみる怒りの形相に変わってきた。
「想像してみて。
自分の親に、ひとりエッチのティッシュを片付けてもらったら、嫌だろ?
恥ずかしくない?」
「うーん...。
確かに、恥ずかしいかも...」
ユノはその状況を想像して顔を一瞬ゆがめたが、チャンミンの方を見てにっこりと笑った。
「いいじゃないか。
いかに俺たちが仲良しだってことを、分かってもらえて。
ふふふ」
「よくないよ。
次に帰省した時が怖い。
恥ずかし過ぎる!」
「ねえ、チャンミン」
ユノは顔を覆ってしまったチャンミンの腕を、つんつんと突いた。
「見て欲しいものがあるんだ。
今朝、ネットで注文したものなんだけど...?」
「へぇ、何を買ったの?」
「これ」
ユノがスマホを操作して見せてくれたものとは...。
「ばっかじゃないの!?」
「馬鹿とはひどいなぁ!」
「信じられない!
ユノって、『そのこと』しか考えてないわけ?」
「言い方が気に入らないな。
チャンミンとの愛を深めるのに、必要なものだろ?
いろんな種類を試してみたいじゃん。
いちご味だって...ふふふ」
「......」
にやつくユノを無視して、車窓の景色を眺めることにした。
「まあまあ。
お弁当を食べようか。
セイコさんが詰めてくれたお弁当だよ。
昨日の御馳走もいっぱい入ってるよ。
美味しそうだよ。
チャンミンせんせー、機嫌を直して」
・
交際8か月目。
お泊りデートは今回で2回目。
なかなか休日が合わない2人だった。
チャンミンは未だユノの部屋を訪れたことがなかった。
くわえてユノは、チャンミンの部屋を訪れたことはあっても、泊まっていったことがない。
真剣になるのを恐れていたチャンミンだった。
けれども、今回の旅行(?)でその気持ちは変わった。
(次の休みは、ユノの部屋にお泊りしよう。
そう提案したらユノのことだ、飛び上がるほど喜ぶに違いない)
顔のパーツ全部を使って喜ぶユノを思い浮かべると、顔が緩んだ。
チャンミンは美味しそうに弁当を頬張るユノを、ちらと見た。
(あなたは、
僕の可愛い可愛い年下の彼氏。
ユノ、大好きだよ)
・
チャンミンと1歩も2歩も、近づけた。
チャンミンの家族も、テツさんもいい人たちだった。
それに!
俺はチェリー学園を卒業したし...ふふふ。
でも、まだまだチャンミンのことを全部知ったわけじゃない。
俺のことも、もっと知ってもらいたい。
チャンミンの過去の男に嫉妬しないくらいの、大人の男になりたい。
次のお休みの時は、俺んちに泊まるんだぞ。
寝かせないからな。
わかった、チャンミン?
(おしまい)
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