(19)Hug

 

 

 

「お前...えらいべっぴんさんになったなぁ...」

 

黒い烏帽子がユノの貴族的な顔を際立てている。

 

テツは、ユノの頭から足の先までを、何往復も舐めまわすように見た。

 

「男の俺でも、惚れるぜ?」

 

「気持ち悪いこと言わないでください。

俺は着流しがよかったなぁ」

 

ユノは、白い着流し姿の闘鶏楽の一団を羨ましそうに見る。

 

「鐘が叩けねえ奴は無理だ、諦めろ。

で、どうだった?」

 

テツは、もぐもぐと稲荷寿司を頬張るユノの耳元でささやく。

 

「へ?

何がです?」

 

「アレに決まってるだろ。

で、どうだった?」

 

「ああ、そのことですか。

凄かったんですから。

一睡もしていないんです...ふあぁぁ」

 

ユノは大きなあくびをした。

 

「一晩中か!?

若い奴は違うなぁ...。

で、何回やったんだ?」

 

 

「6回です」

 

 

「ぶはっ!」

 

ユノ発言にテツは飲みかけていたお茶を吹き出した。

 

「汚いですねぇ。

テツさんもえっちですねぇ」

 

ユノはテツにティッシュを渡してやりながら、やれやれといった風に首を振った。

 

(注)

6回というのは、アレを開封した回数(個数)である。

6個のうち5個は使用不能にしてしまい(装着ミス、膨張不足、未挿入)、本来の機能を活かせたのは、実際のところ1個に過ぎない。

しかし、(本番が)1回だけだったとしても、ユノにとって、6回(本番を)やったくらいの満足感と感動を得ていた。

よって、ユノは決して嘘は言っていないのである。

 

 


 

 

 

午前6時。

 

公民館前から御旅行列が出発した

 

鐘を打ち鳴らす闘鶏楽と、笛太鼓の雅楽が奏でる中、

天狗と獅子を先頭に、太鼓持ち、槍持ち(チャンミンの役はここ)、幟持ちが続いて、

裃姿の警固、神幸旗持ち(ユノの役はここ)、

台名旗持ち、神輿、神職、巫女、稚児が行列を成す。

 

氏家前で、獅子舞を奉納しながら半日をかけて、約5㎞の道のりをしずしずと練り歩く。

 

沿道に並ぶ見物人たちは、行列の中に家族を見つけるとスマホやカメラを向けたり、ねぎらいの声をかけたりと、賑やかだ。

 

一文字笠をかぶったカンタが、生真面目な顔をして鐘を叩くのを、母親のヒトミが写真におさめている。

 

(なんて重いんだ...)

 

昨日、テツの前で大見得を切ったユノだったが、出発して30分後には根を上げたくなっていた。

 

(『旗持ちなんて地味だ』とケチをつけてごめん!

こんなに重いなんて!)

 

神幸旗の竿は2メートルもある上、重さも7㎏はある。

 

神聖なものなので、地面につけることもできない。

 

加えて風が吹くたび、旗がはためき、右へ左へとぐらつく竿を全力で握りしめないといけなかった。

 

(チャンミン...辛いです)

 

田植えを前に水を張った水田に、古典衣装を身につけた一行の姿が映る。

 

それはそれは幻想的で、世にも美しい光景だった。

 

ユノが心配なチャンミンは、ちらちらと何度も振り返る。

 

(ユノ...ふらついてる!

でも...めちゃくちゃ、カッコいいんですけど!!

ユノがカッコいい!)

 

ユノの方も、振り返るチャンミンと目が合う度に、ニカっと笑って見せる。

 

チャンミンと視線が交錯する度、ユノの胸がじんと熱くなるのだ。

 

(チャンミン、顔が真っ赤だぞ。

辛いんだろ?

チャンミンは俺よりも大きいくせに、体力ないんだから。

普段、座りっぱなしの仕事だからなぁ。

大丈夫かな)

 

チャンミンの心臓がドキンと跳ねる。

 

(神妙な面持ちでいたユノが、僕と目が合う時の表情がすごかった。

 

嬉しい気持ちを、目と眉と頬と口と...と顔のパーツ全てで表していた。

 

ああ、そうだった。

 

いつもこの子は、こんな風に僕を見る。

 

可愛くて、えっちで、

大好きな、大好きな彼氏だ。

 

ユノからの愛情を注がれる資格は、僕にあるのかな。

 

やだな...感動する。

 

涙が出てきた)

 

両手がふさがっているので、手を振れないユノはおどけた顔をつくった。

 

歩調が乱れ、後ろの旗持ちに怒られている。

 

誇らしげなユノが子供っぽくて、可愛らしかった。

 

 

 

 

昼前に御旅所に到着した一団は、獅子舞と闘鶏楽を奉納した後、簡単な昼食をとる。

 

そして、再び行列を成して神社へ向かうのだ。

 

「はぁ...きついなぁ」

 

「腰が痛い」

 

「やっとで半分だ」

 

倒れこむように腰を下ろした面々に、お茶や菓子、おにぎりなどを載せた盆がまわってくる。

 

「お疲れ様」

 

ユノの隣に座ったチャンミンは、よく冷やしたおしぼりを渡す。

 

「チャンミン、顔が真っ赤」

 

チャンミンの頬骨が日に焼けて赤くなっていて、冷たいおしぼりが火照った肌に気持ちがいい。

 

「重いだろ?」

 

「余裕。

俺はこう見えて鍛えているんだよ」

 

チャンミンは、強がりを言うユノの手をとった。

 

「痛そうだね」

 

ユノの指の付け根にできたマメがつぶれて、血がにじんでいる。

 

「これくらい、平気だよ」

 

「ユノの旗は重いからね。

僕が替わってあげようか?」

 

チャンミンの言う通り、ユノの役は神幸旗持ち。

 

チャンミンの役は、旗持ちよりは負担の少ない御持槍役だった。

 

「それは出来ない。

任されたことは最後までやり遂げたい。

それに、俺とチャンミンとじゃ衣裳が違うよ」

 

ユノは浄衣姿、チャンミンは裃姿だった。

 

「ユノ」

 

周囲を見回したチャンミンは、ユノの手をそっと握った。

 

「ありがとう。

お兄ちゃんの代わりに、祭りに出てくれて。

本当に助かった」

 

(そういえば、ユノにちゃんとお礼を言っていなかったから)

 

チャンミンはユノの手の平に、こんなこともあろうと用意していたガーゼを当て、上からテーピングを巻いてやった。

 

「あと半分、頑張ろうぜ」

 

「うん、頑張ろう。

ユノ、カッコいいよ」

 

目尻が北キツネみたいに切れ上がった、照れ笑いをしたユノのことが、可愛くて仕方がないチャンミンだった。

 

 


 

 

 

祭りは終わった。

 

各家ともども宴たけなわ。

 

「よう頑張った!」

 

「かんぱーい!」

 

チャンミン宅でも、一家全員グラス片手に、広間の大テーブルに所狭しと並んだごちそうに箸を伸ばしている。

 

はしゃいで走り回る子供たち、それを叱るヒトミ。

 

普段は気難しい祖父ゲンタも、祖母カツ相手に何やら熱弁を振るい、父ショウタは母セイコに、お酌をしてやっている。

 

チャンミン一家は酒好きで、次々と酒瓶が空になる。

 

ギプスを巻いたリョウタは、旗持ち役をやり遂げたユノのためにビールを注いでやった。

 

そのグラスをチャンミンは、ユノの元へ運んでやる。

 

ユノは広間の隅で、5枚並べた座布団の上に寝かされていた。

 

重量のあるものを半日間、反り腰の状態で持ち歩いたせいで、祭り終了時には腰が立たなくなっていた。

 

ショウタとチャンミンに両肩を支えられて、やっとのことで帰宅したのだ。

 

チャンミンは、ユノの元へ甲斐甲斐しく食べ物を運んでやる。

 

親鳥が、大口を開けたひな鳥に餌を与えるみたいに。

 

「あーん」

 

チャンミンは、エビフライをユノの口に入れてやる。

 

(温泉旅行の時みたいだ)

 

「タルタルソースをもっと付けて!」

 

「はいはい」

 

「次は唐揚げが欲しい」

 

「はいはい」

 

「あーん」

 

「次は?」

 

「ビールがいいなぁ」

 

「はいはい」

 

「口移しで飲ませて」

 

「馬鹿!」

 

「ちぇっ」

 

ユノはグラスに差したストローをくわえた。

 

「ストローで飲むビールは美味しくない」

 

「贅沢言わないの。

次は何が欲しい?」

 

「...チャンミンが欲しい」

 

「......」

 

チャンミンの目がすーっと細くなり、ユノは即座に謝った。

 

「チャンミンも食べなよ。

あ!

食べるって俺のことじゃなくて、お祭りの御馳走のことだぞ」

 

「当たり前だ!!」

 

チャンミンはもう、開き直っていた。

 

家族の前だから、できるだけいちゃいちゃしないよう気を付けているのに、ユノはそんなチャンミンを面白がって、大胆な言動をするからだ。

 

 

 

(つづく)

 

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