(6)Hug

 

 

 

前夜、練習に参加できなかったユノは(のぼせてぶっ倒れた事件)、テツから祭事の流れのレクチャーを受けていた。

 

「神さんを山車(だし)に乗せて御旅所(おたびしょ)に運ぶ行列がある。

途中、氏子の家を回るから…そうだな5kmは歩く。

お前さんの役目は、四神旗を掲げて歩くことだ!

重いぞぉ。

そんなひょろっとした身体じゃ、心配だな...」

 

テツは疑わしい目でユノの身体を舐めまわす。

 

「心配ご無用!」

 

ユノはドンと胸を叩く。

 

「俺、こう見えて鍛えているんですよ。

テツさん、見ます?」

 

テツは、Tシャツの裾をまくろうとするユノの手首を押えた。

 

「馬鹿たれ!

男の裸なんぞ、見たくもない!

お前の女に見せてやれ!」

 

「『女』ですか...」

 

ユノは、がっくりと肩を落とした。

 

(見せたよ。

チャンミンに、俺のすべてを見せたよ。

のぼせてひっくり返って、恥ずかしい恰好で。

チャンミンだけじゃなく、お母さんにも、お義姉さんにも...。

俺の『生まれたままの姿』を見られちゃったよ。

丸ごと見られちゃったよ。

朝ごはんの時、何でもないふりをするのが大変だったんだから!)

 

「どうした?」

 

黙りこくっているユノに気付くテツ。

 

「女はいねぇのか?

そりゃ気の毒だな。

孫を紹介してやりたいが、中学生だしなぁ...」

 

ぶっきらぼうで口は悪いが、テツは面倒見がよく、初対面なのに気兼ねなく会話ができる。

 

ユノは煙草をうまそうに吸うテツの方を、ちらりと見る。

 

(よし!)

 

ユノはひざを叩いた。

 

(チャンミンには悪いけれど、暴露してやる)

 

「実はですね。

俺はチャンミンの『かれし』なんですよ」

 

テツの耳元でユノは囁いた。

 

「何だって!?」

 

テツの口からぽろりとタバコが転げ落ちた。

 

「そうです。

俺たちは、熱愛中なんです。

あ...びっくりしますよねぇ...。

男同士ですから」

 

「ほほぉぉ」

 

テツはニヤニヤしながら、ユノの耳元で囁いた。

 

「お前たち...もう...寝たのか?」

 

「テツさんも好きものですねぇ。

言い方がえっちですねぇ。

えっ!?

ええっ!!

テツさんは驚かないんですか!?」

 

「チャンミンが女に興味がねぇ話は、ここらじゃ有名な話さ」

 

「へぇ...そうなんすか...」

 

ユノは言葉をいったん切って、こほんと咳ばらいをした。

 

(それならば...

これも暴露しちゃおう)

 

「実はですね...『まだ』なんです」

 

「何だってぇ!?

お前の...使いものにならないのか?」

 

テツは視線を下に向ける。

 

「テツさん!

俺のは正常です!

いつでも準備オーケー、臨戦態勢です!

ただ、タイミングというか、いろいろと障害がありまして...」

 

ごにょごにょつぶやくと、ユノは頬をふくらませた。

 

「そりゃ、気の毒だなぁ...」

 

テツはユノへ憐れみの眼差しを向けると、ペットボトルのお茶に口をつけた。

 

2人は神社の階段に座り込んで、女性陣が配り歩いた茶菓子でひと休憩中だった。

 

強い日差しが境内の巨木の枝に遮られて、そよ風が涼しく、力仕事でかいたユノの汗はひいていった。

 

実は、ユノの心の奥底には『あること』がしこりとなって、ユノを落ち着かなくさせていた。

 

(初日の夜、

ケンタ君とソウタ君とお風呂に入った時、聞き逃せないことを2人は話していた。

のぼせて頭が回っていなかったから、深く考える余裕がなかったけれど。

チャンミンとゆっくり2人きりになれていないから、チャンミンに問いただすこともできなかった。

怖くて聞けないってことも、あるんだけれども...)

 

再び黙り込んだユノに、テツは口を開いた。

 

「チャンミンはべっぴんだからなぁ。

年は離れているだろうが、大人の男に手ほどきしてもらうのも、男冥利につきるんではないかい?」

 

そこで口を切ると、

 

「チャンミンを支えてやれよ。

あの子も、苦労したからなぁ...」

 

「...苦労って、チャンミンに何かあったんですか?」

 

ユノは身を乗り出す。

 

「うーん。

直接本人の口から、聞くのが一番だと思うんだけどなぁ」

 

「いいえ!

俺は『今』、知りたいです!

 

(これこそが、俺の心のしこりの核心に違いない!)

 

ユノはテツの二の腕をぎゅっとつかんだ。

 

「お前、チャンミンとどれくらいになる?」

 

「7か月と10日です!」

 

「まだそれくらいか?」

 

テツは渋る。

 

「チャンミンを好きになって、2年になります!」

 

「うーん」

 

「俺はチャンミンのことが大好きなんです。

どんなことでも、受け止めますよ」

 

テツはユノをじっと見据え、ユノも目をそらさない。

 

「わかったよ。

だがな、チャンミンを問い詰めたりするなよ。

おいおい打ち明けてくれるだろうからな」

 

「はい!」

 

ユノは汗でべとつく手のひらを、ジャージのパンツで拭く。

 

テツが口を開こうとした時、「待ってください!」とユノは大声を出した。

 

「待ってください...もしかして...。

カンタ君は、チャンミンの実の子ってことは...ないですよね?」

 

(カンタ君は騒がしい弟たちの正反対の性格の持ち主で、大人しくのんびりとしている。

きれいな顔をしているし、目のあたりがものすごく似ていた!)

 

テツは、目を丸くしてユノを見た。

 

「チャンミンと関係をもって、カンタ君を産んで...その女の人はカンタ君を置いてどっかへ行ってしまったんです。

そこで、ヒトミさんが代わりに育てているのでは...?」

 

「馬鹿たれ!」

 

テツはユノの頭をはたいた。

 

「いでっ!!!」

 

「なんでそこまで話が飛躍するんだよ!

カンタはヒトミさんのれっきとした、実の子だよ!」

 

「痛いなあ。

俺の頭は負傷してるんですよぉ。

テツさんが、深刻そうな顔をするからですよ」

 

「馬鹿たれ!

にこにこ笑って話せるわけないだろうが!」

 

ユノはたんこぶに直撃した頭をさすりながら、テツの話を聞いた。

 

 

 

 

 

(チャンミンに会いたい!

チャンミンにハグしたくなった!)

 

ユノは立ち上がると、砂がついたお尻をはたいた。

 

「あっ、こらっ!

どこ行くんだ!」

 

「テツさん、ごめん!

緊急事態が起きました」

 

「馬鹿たれ!

準備の途中だぞ!」

 

「2時間後に戻ってきますから!」

 

そう言うと、ユノは駆けていった。

 

 

 


 

 

「チャンミンはどこですか!」

 

縁側で爪を切っていたゲンタは、突然ふってきた大声にびくりとする。

 

玄関からチャンミンを呼んでも応える声がなかったから、どうやら皆はそれぞれの持ち場に散っているようだった。

 

チャンミンの実家は高台にあるため、坂道を駆けてきたユノの顔中、汗まみれだった。

 

「指を切っちまうところだったぞ!」

 

ユノに驚かされて、ゲンタは仏頂面だ。

 

「ゲンタさん、ごめんなさい...はあはあ」

 

ユノはひざに手をついて、荒い息を整える。

 

「チャンミンは...はあはあ、

チャンミンは...どこですか?」

 

「ああん?

チャンミンは、セイコさんと買い物に行ってるよ」

 

「どこですか!!」

 

ゲンタに教えられた先は、車で20分先にあるショッピングセンターだった。

 

「いつ戻ってくるって言ってましたか!!」

 

「知らん!

そんな大声出されるほど、耳は遠くない!!」

 

「そんなぁ。

あ、でも、もうすぐお昼ですよね。

お昼には戻ってきますよね?」

 

「どうだろうなぁ。

台所に握り飯が用意してあったから、

向こうで昼めしを食ってくるかもしれんぞ?」

 

「わかりました!」

 

ユノはゲンタに軽く頭を下げると、踵を返した。

 

(俺は今、チャンミンを抱きしめたくてたまらないんだ!)

 

ユノは神社まで取って引き返す。

 

境内から子どもたちの声が聞こえ、ユノはとっさに身をかがめた。

 

(ふぅ...。

危なかった)

 

今ここでケンタたちに見つかると面倒だ。

 

ユノはわずか1日で、子供たちにべったりと懐かれていた。

 

今朝は、鬼3人に追い掛け回されている途中、隙を見て大人の全速力を発揮して、逃げ出してきたのだ。

 

(逃げるのは俺ひとりで、鬼が10人に増えたら、俺は抜け殻になってしまう!)

 

ぞっとして、ユノは両腕をさすった。

(そんなことより、チャンミンだ!)

 

子どもたちに見つからないよう、手水舎の裏を回って社務所へ向かうと、中で油を売っているテツがいた。

 

「テツさん!」

 

「もう戻ってきたんか?」

 

「いいえ、まだ済んでいません。

テツさん、車を貸してください」

 

「はぁ?

何で車が必要なんだ?」

「いいから!

鍵を渡してください」

 

ユノの剣幕に押されてテツは、

 

「鍵は付いたままだよ。

...おい!

車を持っていかれて、俺はどうするんだ?」

 

「歩いて帰ってください。

いい運動になりますよ」

 

ユノはテツの突き出たお腹に、冷たい目線を送る。

 

「...仕方がないですねぇ。

ここで2~3時間おしゃべりしててください。

後で迎えにきますから。

じゃあ、急いでいるんで!」

 

会釈すると、ユノは駆けていった。

「なんだい、あいつは...

騒がしい奴だな...」

 

 

 

(つづく)

 

 

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