(9)Hug

 

 

 

(チャンミン...。

 

気持ちがいい。

 

とろけそう。

 

ゾクゾクする。

 

キスが上手すぎ。

 

さすが、元・既婚者。

 

こんなエロいキス、元夫としていたのか?

 

悔しい。

 

俺のジェラシーの炎がメラメラだ。

 

あ...。

 

キスだけで昇天しそう...。

 

止められない。

 

今すぐ、「もっと先」へ進みたくなったよ。

 

チャンミン。

 

大変だ。

 

俺のユノユノが暴れ出した!)

 

 

 

 

「ひゃあぁ!」

 

「キスしてるー!」

 

「おい、見ろよ!」

 

「!」

「!」

 

弾かれるように離れた2人。

 

川向こうの土手沿いを、自転車に乗った中学生がユノたちをはやし立てている。

 

「男同士でキスしてる!」

 

「ヒューヒュー!」

 

こちらを指さし、顔を見合わせ、遠くの友人たちを呼びよせている。

 

女子中学生は口を覆って、きゃーきゃー。

 

「はあ...」

 

ユノは大きくため息をつくと、立ち上がるチャンミンに手を貸した。

 

「車に戻ろう」

 

「う、うん」

 

ユノもチャンミンも、リンゴのように真っ赤になっていた。

 

 

 

 

さっきのキスで、火がついた2人。

 

車内におさまると、高ぶる気持ちが抑えられず、吸い寄せられるようにキスを再開した。

 

初めての深い深いキスにとまどっていたユノ。

 

自分の口の中で踊るチャンミンの舌に、ぎこちなくからめていただけだったのが、彼を味わっているうちに、勢いがついてきた。

 

(ヤバい!

チャンミンがエロい!)

 

ユノはチャンミンに両頬を挟まれたまま、チャンミンはユノにうなじを引き寄せられて。

 

途中息継ぎをしながら、顔の角度を変えて唇を重ね直す。

 

(チャンミン...

俺はどうにかなっちゃいそうだよ...)

 

ユノもチャンミンの口内に、舌を伸ばす。

 

(気持ちが...いい...)

 

「ぷはっ」

 

チャンミンは、ユノから唇を離した。

 

(え?)

 

ユノの目はとろんと夢心地なものになっていた。

 

そんな顔がチャンミンには色っぽくみえてしまう。

 

「もっと、もっとキスしたい」

 

ねだるユノの口調は子供っぽい。

 

チャンミンを引き寄せようと伸ばすユノの手を、チャンミンは押しとどめた。

 

「チャンミ~ン...お願い」

 

ユノは、頬を膨らませる。

 

「ほらね、こんなところだし!

また見られちゃうかもしれないし」

 

チャンミンはキョロキョロと辺りを見回してみせると、ユノもつられて対岸を確認する。

 

あの中学生たちはいなくなっていて、代わりに祭り太鼓と旗竿を積んだ軽トラックが通り過ぎていっただけだった。

 

山を貫く高速道路の橋げたから、高速で行き交う車の音が、山々に反響している。

 

平和な田舎風景。

 

明日はお祭り、町中がうかれていた。

 

甘い雰囲気を消すかのように、チャンミンは、「母さんを手伝わなくっちゃ!」と言った。

 

(危なかった。

こんなキスしてたら、止められなくなる!)

 

チャンミンは乱れた後ろ髪を整え、火照って紅潮した頬をパシパシと叩いた。

 

「俺も、テツさんを迎えにいかなくっちゃ」

 

(危なかった!

車の中でいたすには、俺の経験値は圧倒的に不足してる!)

 

ユノは、グシャグシャと何度も髪をかき上げた。

 

「今、何時?」

 

ユノに強引に引っ張られてきたチャンミンは、手ぶらだった。

 

「えっとね...1時半」

 

後ろポケットからスマホを取り出して、時刻を確認した。

 

「......」

 

「まだ時間があるね」

 

「うん...」

 

「......」

 

2人の視線が 同じ一点で止まっていた。

 

高速道路のインターチェンジ脇の、ショッキングピンクの建物。

 

(『気まぐれバナナ男爵』...。

なんて...ストレートな...!)

 

ユノの喉がごくりとなった。

 

「......」

 

(行く?

あそこに行っちゃう?

どうする?)

 

(初・ラブホ!?)

 

ユノは「ねえ」と、チャンミンの服を引っ張った。

 

「...チャンミンは、あそこに行ったことある?」

 

「なっ!

なんてこと言うんだよ!

あるわけないだろ!」

 

「ホントかなぁ?」

 

ユノは目を細めて、ニヤニヤする。

 

「もしそうだったら、生々しいな」

 

チャンミンの顔が、一気に赤くなる。

 

「馬鹿!」

 

チャンミンは、ユノの鼻をつまんだ。

 

「いったいなぁ!」

 

チャンミンの手から逃れようと身をよじるユノに、チャンミンはのしかかる。

 

「痛い痛い!」

 

糸のように細めたユノの目尻がキュッと切れ上がっていて、それが可愛らしくて仕方がないチャンミン。

 

ぴんと立つチャンミンの耳が真っ赤になっていて、それが可愛らしくて仕方がないユノ。

 

「チャンミン!

じゃれつかないでよ」

 

「おーい!」

 

「!」

 

「!」

 

2人は弾かれたように離れた。

 

ユノたちの車の脇に、一台の軽トラックが横付けされた。

 

助手席側から、テツが顔を出している。

 

「俺は乗せてってもらうから。

迎えはいらんからな」

 

テツは、ユノの隣に座るチャンミンに気付く。

 

「チャンミン!

こいつに手取り足取り教えてやれよ!」

 

「!」

 

ガハハハと笑うと窓から手をひらひらさせ、テツの乗った車は走り去ってしまった。

 

「......」

 

「テツさんにも、バレてる...」

 

チャンミンは肩を落とす。

 

(恥ずかしくて、穴があったら入りたい...)

 

「そう...みたいだね」

 

ユノはとぼける。

 

(実は、俺からバラしたなんて言ったら、チャンミンに殺される)

 

「あのね、チャンミン」

 

「ん?」

 

「ここじゃ狭いし、2時間じゃ足らないよな」

 

ユノは、キリっと表情を引き締めた。

 

「今夜、夜這いに行くから!」

 

「!」

 

「絶対に行くから、待ってろよ」

 

「わ、わかった」

 

チャンミンが頷いたことに満足したユノは、

 

「それじゃあ、うちに帰ろう」

 

エンジンをかけて、シフトレバーとクラッチペダルを確認した後、車を発進させた。

 

「チャンミン!

シートベルト」

 

「ごめん!」

 

「チャンミン先生、しっかりして下さい!

えっちなことで頭がいっぱいなのは分かるけどさ」

 

「こらっ!」

 

「ふふふ。

楽しみだねー」

 

ウキウキと鼻歌を歌いながらハンドルを操作するユノの首は、また真っ赤になっていた。

 

(ユノったら、可愛いんだから)

 

 


 

 

 

午後4時。

 

台所は戦場だった。

 

チャンミン、祖母カツ、母セイコは、煮物の鍋を焦げ付かないよう火加減に神経をつかい、赤飯用の小豆を水に浸し、大量の天ぷらを次々と揚げていた。

 

ユノもビールケースの運搬や、広間に座卓を広げ、座布団を並べたりと、率先して手伝った。

 

(楽しい!)

 

ユノの心はウキウキ弾んでいた。

 

(みんなが忙しそうで、文化祭の前日みたいだ。

それに...それに...!

ふふふ。

今夜は...今夜こそは...!)

 

「くくくく」

 

ユノの脳裏に浮かんだイメージ図はあまりにも大胆で、敷いた座布団に突っ伏してこみあげる笑いを閉じ込めた。

 

(そうだ!)

 

ユノはむくっと頭を上げると、荷物を置いてある仏間へ向かう。

 

 

 

 

(ない!)

 

リュックサックの中を、逆さにしてみても探しているものは見つからなかった。

 

(ない!)

 

常日頃、持ち物を絞り込めずにバッグをパンパンにしているチャンミンをからかっていたユノだ。

 

(絞り込むどころか、一番大事なものを置いてくるなんて!)

 

ユノの顔色がさーっと青ざめた。

 

「どうしよう...」

 

(荷物を入れるバッグを、行きがけに取り換えたんだった。

ボストンバッグにするか、リュックサックにするか迷ってて。

多分その時、置き忘れてきたんだ!)

 

わーっと泣き出したい気持ちを抑え「よし!」と声を出すと、台所にいるチャンミンの元へ向かった。

 

 

 

(つづく)

 

 

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