(10)恋人たちのゆーふぉりあ

 

 

~ユノ~

 

 

いざ決行の今宵。

 

俺の部屋を訪ねてきたチャンミンは、なんとも神妙な表情だった。

 

濡れ髪なのは、入浴してきたからなんだろう。

 

かくいう俺も入浴を済ませたばかりで、首にバスタオルをひっかけていた。

 

俺たちはベッドにもたれ発泡酒を飲みながら、無言でテレビを見ていた。

 

ハーフパンツを穿いたチャンミンの膝小僧は骨っぽく、同じくハーフパンツ姿の俺の膝も固くがっちりとしている。

 

すね毛も生えている。

 

Aちゃんやその他過去の彼女の、白く丸みを帯びた膝頭と比較する目で見比べてしまうのだった。

 

「......」

「......」

 

それはドキュメンタリー番組で、野生のハンドウイルカの交尾シーンを世界的有名なダイバーがカメラで捕らえたものだった。

 

「......」

「......」

 

当然のことだが、決定的瞬間だの感動の出産シーンだの、全く頭に入ってこない。

 

このままじゃ俺たちは、膝を抱えたまま朝を迎えてしまいそうだった。

 

「...やってみようか?」

 

チャンミンの返事を待たず立ち上がった俺は、数種類並んだものから『LOVEジェリー・イチゴの香り』を選んで手にとった。

 

「ふぅ...」

 

チャンミンに背を向けて、Tシャツを脱いだ...どうしようか迷った挙句、パンツは穿いたままでいることにする。

 

「チャ...」

 

ふり返って即、俺は絶句した。

 

全裸になったチャンミンが、膝を抱えて卵になっていた。

 

「......」

 

愛のささやきも前戯もすっ飛ばして、いきなりこれ。

 

チャンミンの傍らに腰掛け、クソ真面目な横顔の彼を見下ろした。

 

気持ちを落ち着かせようとしているのだろう、背中が大きく上下している。

 

チャンミンの背中に触れると、ビクッとその肌が震えた。

 

「大丈夫か?」

 

「ユノこそ、怖いんでしょ?

今日は止めておく?」

 

「いや...」

 

傍らに置いたゴムを開封し、それを指サックのように人差し指に装着した。

 

俺はぐるぐる肩を回し、指の関節を鳴らした。

 

「ちょっと!

力仕事じゃないんだって!」

 

「気合を入れてるんだ」

 

俺はそこをのぞきこんだ。

 

きゅうっと小さな入口。

 

自身のサイズを思い浮かべなくても、到底入りそうにない小さな入口だ。

 

指先でつん、と突くと、「ひゃっ」とチャンミンの小さな叫び声。

 

チャンミンの反応が面白くて、つんつん続けて突いたら、「僕で遊ぶな!」とキックが飛んできた。

 

「ごめん。

行くぞ?」

 

潤いを追加した指を、中心点にぴとっと押し当てた。

 

反対の手で左右に押し広げた。

 

くにくにマッサージする要領で、指先でもみほぐしてゆく。

 

「......」

 

チャンミンが今、どんな表情をしているのか、彼の腰と肩が邪魔して確認できない。

 

苦痛を我慢しているのなら可哀想だ、身を乗り出して見ると、やっぱり固く目をつむり、手首で口を覆っている。

 

「止めようか?」

 

「駄目っ!」

 

チャンミンはイヤイヤするように首を振った。

 

 

 

 

俺の指がそこに呑み込まれた時の感触は衝撃だった。

 

「やった...!」

 

トンネル掘りたちは発破を繰り返し、ついに堅い岩盤にとっかかりの穴を穿つことに成功した!

 

あとはつるはしを振るって、掘り進めるのみだ。

 

薄いゴムを通して、チャンミンの内部の熱が伝わってきた。

 

きゅうきゅうと俺のひとさし指を締め付ける。

 

俺の指はさしたる抵抗なく、第一関節まで埋められていったわけなのだが...。

 

チャンミンのそこは、俺の指を異物だと判断して押し出そうとしている。

 

「......」

 

人さし指を数センチ刺した状態で、俺たちは無言だった。

 

動かせない。

 

指1本でこのきつさ。

 

いざ、本命のものによる開通式となると、責任重大だ。

 

トンネル堀りたちはこの小さな穴を覗き込んで、今後の工程について相談し合っている。

 

この程度の穴のサイズじゃ駄目だと、首を振っている。

 

第一関門、突破した。

 

突破したのはいいのだけど...。

 

 

 

 

「今日はここまでにしようか?」

 

緊張と焦り、男の身体を前にして、俺のムスコはしなだれている。

 

とてもとても、色っぽい気分になれなかった。

 

小道具を取り寄せてはしゃいでいた俺たちだったのに...。

 

「初めてだったから緊張したんだよ。

ほら、僕の方だってユノとおんなじでしょ」

 

チャンミンの指摘通り、彼のも項垂れていた。

 

「すぐにできるものじゃないって、書いてあったし」

 

しょんぼりしている俺に、チャンミンは言葉の限り尽くして慰めてくれる。

 

「次、頑張ろう」

 

「...うん」

 

今夜はとてもとても、しごき合いっこをできる空気じゃなかった。

 

「平気」を繰り返していたチャンミンも、「今夜はここまでにしよう」の俺の言葉にホッとしたんじゃないかな。

 

「......」

 

突然、チャンミンは無言になってしまった。

 

「どうした?」

 

「ユノは...僕が男だから?

女の子じゃないからでしょ?」

 

押し殺したドスのきいた声だった。

 

「チャンミン?」

 

「女の子じゃないから、僕のことが嫌なんだよ」

 

「はあ?」

 

わっとばかりチャンミンは伏せてしまった。

 

「えっ?

泣いてるのか?」

 

チャンミンの裸の背中がひくひくと痙攣している。

 

でっかい卵になったチャンミンのあそこは、丸見えになっている。

 

チャンミンを泣かせてしまった!

 

「女の子じゃなくて悪かったな!」

 

枕が飛んできた。

 

「チャンミン!」

 

肩でそれを受け止める

 

「穴が一個たりなくて悪かったな!」

 

次は俺のハーフパンツが飛んできた。

 

その次はチャンミンのパンツが飛んできた。

 

「男で悪かったな!」

 

俺はチャンミンが投げつけるものを順番に受け止め、彼は投げるものがなくなると、再び伏せって泣き出した。

 

「うっうっ...うっ、うっ...」

 

「チャンミンが男だからって...そんなんじゃない。

チャンミンが男でよかったと思うよ」

 

この言葉は真実だ。

 

チャンミンが女の子だったらよかったのに、なんて一度たりとも思ったことはなかった。

 

チャンミンの背中をごしごしこすった。

 

「俺が逆になろうか?

それならうまくいくかもしれない」

 

「それは許さない!」

 

「今夜のは俺が悪いんだ。

気合が入り過ぎたんだな...ハハハ」

 

「僕のを見て、引いちゃったんでしょ?」

 

答えは「YES」だったけど、絶対に言ったらいけない言葉だ。

 

「まさか!

な?

機嫌直せよ」

 

「......」

 

嗚咽の震えが止んだ。

 

「うっそ~!」

 

「!!」

 

ばあっと、俺を仰いだ100%の笑顔。

 

涙なんて一滴もこぼれていない。

 

「お前っ!」

 

安心したのと悔しいので、俺はチャンミンに飛び掛かった。

 

「嘘つくなんて、ひどいなぁ!」

 

「あはははは!」

 

「びっくりするじゃないか!」

 

「くくくくっ...!」

 

「このやろっ!

お尻ぺんぺんだ!」

 

「いってぇな!

ユノ!

馬鹿ぁ!

アハハハ!」

 

笑い疲れてしまった俺たちは、そのままベッドを分け合い、朝まで眠ってしまったのだった。

 

 

(つづく)

 

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