~ユノ~
いざ決行の今宵。
俺の部屋を訪ねてきたチャンミンは、なんとも神妙な表情だった。
濡れ髪なのは、入浴してきたからなんだろう。
かくいう俺も入浴を済ませたばかりで、首にバスタオルをひっかけていた。
俺たちはベッドにもたれ発泡酒を飲みながら、無言でテレビを見ていた。
ハーフパンツを穿いたチャンミンの膝小僧は骨っぽく、同じくハーフパンツ姿の俺の膝も固くがっちりとしている。
すね毛も生えている。
Aちゃんやその他過去の彼女の、白く丸みを帯びた膝頭と比較する目で見比べてしまうのだった。
「......」
「......」
それはドキュメンタリー番組で、野生のハンドウイルカの交尾シーンを世界的有名なダイバーがカメラで捕らえたものだった。
「......」
「......」
当然のことだが、決定的瞬間だの感動の出産シーンだの、全く頭に入ってこない。
このままじゃ俺たちは、膝を抱えたまま朝を迎えてしまいそうだった。
「...やってみようか?」
チャンミンの返事を待たず立ち上がった俺は、数種類並んだものから『LOVEジェリー・イチゴの香り』を選んで手にとった。
「ふぅ...」
チャンミンに背を向けて、Tシャツを脱いだ...どうしようか迷った挙句、パンツは穿いたままでいることにする。
「チャ...」
ふり返って即、俺は絶句した。
全裸になったチャンミンが、膝を抱えて卵になっていた。
「......」
愛のささやきも前戯もすっ飛ばして、いきなりこれ。
チャンミンの傍らに腰掛け、クソ真面目な横顔の彼を見下ろした。
気持ちを落ち着かせようとしているのだろう、背中が大きく上下している。
チャンミンの背中に触れると、ビクッとその肌が震えた。
「大丈夫か?」
「ユノこそ、怖いんでしょ?
今日は止めておく?」
「いや...」
傍らに置いたゴムを開封し、それを指サックのように人差し指に装着した。
俺はぐるぐる肩を回し、指の関節を鳴らした。
「ちょっと!
力仕事じゃないんだって!」
「気合を入れてるんだ」
俺はそこをのぞきこんだ。
きゅうっと小さな入口。
自身のサイズを思い浮かべなくても、到底入りそうにない小さな入口だ。
指先でつん、と突くと、「ひゃっ」とチャンミンの小さな叫び声。
チャンミンの反応が面白くて、つんつん続けて突いたら、「僕で遊ぶな!」とキックが飛んできた。
「ごめん。
行くぞ?」
潤いを追加した指を、中心点にぴとっと押し当てた。
反対の手で左右に押し広げた。
くにくにマッサージする要領で、指先でもみほぐしてゆく。
「......」
チャンミンが今、どんな表情をしているのか、彼の腰と肩が邪魔して確認できない。
苦痛を我慢しているのなら可哀想だ、身を乗り出して見ると、やっぱり固く目をつむり、手首で口を覆っている。
「止めようか?」
「駄目っ!」
チャンミンはイヤイヤするように首を振った。
・
俺の指がそこに呑み込まれた時の感触は衝撃だった。
「やった...!」
トンネル掘りたちは発破を繰り返し、ついに堅い岩盤にとっかかりの穴を穿つことに成功した!
あとはつるはしを振るって、掘り進めるのみだ。
薄いゴムを通して、チャンミンの内部の熱が伝わってきた。
きゅうきゅうと俺のひとさし指を締め付ける。
俺の指はさしたる抵抗なく、第一関節まで埋められていったわけなのだが...。
チャンミンのそこは、俺の指を異物だと判断して押し出そうとしている。
「......」
人さし指を数センチ刺した状態で、俺たちは無言だった。
動かせない。
指1本でこのきつさ。
いざ、本命のものによる開通式となると、責任重大だ。
トンネル堀りたちはこの小さな穴を覗き込んで、今後の工程について相談し合っている。
この程度の穴のサイズじゃ駄目だと、首を振っている。
第一関門、突破した。
突破したのはいいのだけど...。
・
「今日はここまでにしようか?」
緊張と焦り、男の身体を前にして、俺のムスコはしなだれている。
とてもとても、色っぽい気分になれなかった。
小道具を取り寄せてはしゃいでいた俺たちだったのに...。
「初めてだったから緊張したんだよ。
ほら、僕の方だってユノとおんなじでしょ」
チャンミンの指摘通り、彼のも項垂れていた。
「すぐにできるものじゃないって、書いてあったし」
しょんぼりしている俺に、チャンミンは言葉の限り尽くして慰めてくれる。
「次、頑張ろう」
「...うん」
今夜はとてもとても、しごき合いっこをできる空気じゃなかった。
「平気」を繰り返していたチャンミンも、「今夜はここまでにしよう」の俺の言葉にホッとしたんじゃないかな。
「......」
突然、チャンミンは無言になってしまった。
「どうした?」
「ユノは...僕が男だから?
女の子じゃないからでしょ?」
押し殺したドスのきいた声だった。
「チャンミン?」
「女の子じゃないから、僕のことが嫌なんだよ」
「はあ?」
わっとばかりチャンミンは伏せてしまった。
「えっ?
泣いてるのか?」
チャンミンの裸の背中がひくひくと痙攣している。
でっかい卵になったチャンミンのあそこは、丸見えになっている。
チャンミンを泣かせてしまった!
「女の子じゃなくて悪かったな!」
枕が飛んできた。
「チャンミン!」
肩でそれを受け止める
「穴が一個たりなくて悪かったな!」
次は俺のハーフパンツが飛んできた。
その次はチャンミンのパンツが飛んできた。
「男で悪かったな!」
俺はチャンミンが投げつけるものを順番に受け止め、彼は投げるものがなくなると、再び伏せって泣き出した。
「うっうっ...うっ、うっ...」
「チャンミンが男だからって...そんなんじゃない。
チャンミンが男でよかったと思うよ」
この言葉は真実だ。
チャンミンが女の子だったらよかったのに、なんて一度たりとも思ったことはなかった。
チャンミンの背中をごしごしこすった。
「俺が逆になろうか?
それならうまくいくかもしれない」
「それは許さない!」
「今夜のは俺が悪いんだ。
気合が入り過ぎたんだな...ハハハ」
「僕のを見て、引いちゃったんでしょ?」
答えは「YES」だったけど、絶対に言ったらいけない言葉だ。
「まさか!
な?
機嫌直せよ」
「......」
嗚咽の震えが止んだ。
「うっそ~!」
「!!」
ばあっと、俺を仰いだ100%の笑顔。
涙なんて一滴もこぼれていない。
「お前っ!」
安心したのと悔しいので、俺はチャンミンに飛び掛かった。
「嘘つくなんて、ひどいなぁ!」
「あはははは!」
「びっくりするじゃないか!」
「くくくくっ...!」
「このやろっ!
お尻ぺんぺんだ!」
「いってぇな!
ユノ!
馬鹿ぁ!
アハハハ!」
笑い疲れてしまった俺たちは、そのままベッドを分け合い、朝まで眠ってしまったのだった。
(つづく)
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