(9)恋人たちのゆーふぉりあ

 

 

~ユノ~

 

次の週末まで俺たちの予定は合わない。

 

俺の講義がある日はチャンミンが空いていて、チャンミンのアルバイトがある日は俺が暇でと、恋人たちに意地悪するのだ。

 

「僕なりに準備してみるよ」と言って、チャンミンはローションとプラグを持って帰宅していった。

 

それ系のサイトで仕入れたハウツー通りに、チャンミンは『拡張』に精を出すのだろう。

 

想像するだけでゾッとする。

 

俺だったら怖くて絶対に出来ないから、チャンミンは凄いなぁと尊敬してしまうのだ。

 

ベッドにゴロリと横たわり頭の下で腕を組んで、俺は天井を睨みつけた。

 

ここまでの準備をしないといけないものなのだろうか。

 

大袈裟にとらえてしまってるんだろうな。

 

おかしな流れになってしまったが、これは一種の遊びだと捉えよう。

 

小道具を共に選び注文し、届いたもの1つ1つにコメントをはさみながら、驚いたり顔を見合わせて笑ったり。

 

事前準備から俺たちのプレイは始まっているのだ...うん、そう思おう。

 

チャンミンのはしゃぎっぷりも無理はない。

 

あれはカラ元気、チャンミンだって怖いのだ。

 

数日前の、泣きだしそうな表情のチャンミンを思い出して、「俺が男ばっかりに、ごめんな」と心の中でつぶやいた。

 

不思議とチャンミンが女の子だったらいいのに、とは思わなかった。

 

俺が男でごめんな。

 

 

 

 

俺はカフェテリアで課題のレポートを仕上げていた。

 

昼には未だ早い時間帯とあって、カフェテリアは空席が目立ち、時間をつぶす学生たちが思い思いに過ごしている。

 

受講講義が午後からの俺は、カフェテリアの奥まったテーブルを確保して、チャンミンを待っていた。

 

張り出された『本日のランチ』に、今日は何を食べようかなぁ、チャンミンは何を選ぶかなぁと予想してみたり。

 

「遅いな...」

 

1時限目は既に終わっているはずなのに、チャンミンは現れない。

 

電話をかけてみたが、出ない。

 

「しょうがないなぁ」

 

チャンミンに早く会いたくて仕方がなかった俺は、リザーブドのつもりで教科書を広げたまま、席を立った。

 

迎えに来た俺に、パッと顔を輝かすチャンミンの顔を想像しながら。

 

チャンミンが受講している教科棟を目指して、イチョウ並木を早足に向かっていた。

 

(いた!)

 

そぞろ歩く学生たちの頭ひとつ分飛び出た、ひょろりと長身のチャンミンを発見。

 

建物前の階段で女の子たちと会話中のようだった。

 

当の本人は自覚無しだが、チャンミンはわりといい男だから、女の子たちに声をかけられても当然の光景だが...。

 

「!」

 

その女の子たちの中に、見知った子...Aを見つけてドキリとした。

 

Dちゃんもいた。

 

「くそっ...」

 

あそこで何があったのか、チャンミンが何を言われたのか想像がついた。

 

彼女たちに背を向けて、チャンミンは並木通りへ出た。

 

「チャンミ~ン!」

 

気づけばチャンミンの名前を呼んでいた。

 

俯いていたチャンミンが俺の呼び声に、はっと顔をあげた。

 

固かった表情が、ふにゃと歪んだ。

 

「チャンミン!」

 

チャンミンはごしごし手首で両目をこすると、俺の方へ駆けだした。

 

「ユノっ!」

 

俺も駆けてゆき、チャンミンと合流するなり彼の肩に腕を回した。

 

この程度のスキンシップは、大して目立つようなものじゃない。

 

ただし、彼女たちの目にはそうは映っていないだろう。

 

なにせ俺とチャンミンがパンツ一丁で抱き合っているところを、ばっちり目撃したのだから。

 

彼女たちは肩を組む俺たちの後ろ姿に、好奇と軽蔑の入り混じった視線を注いでいるだろう。

 

彼氏を男に獲られたなんて屈辱的なことと捉えるのではなく、彼女たちはひとつのハプニング話として、面白おかしく友人たちに暴露していたのだろう。

 

チャンミンの顔は何もかもが真っ赤だった。

 

充血した目、鼻の頭も両頬も赤く染まっていた。

 

「今日のランチはハンバーグだって。

チャンミンはもちろん、大盛りだろ?」

 

「...うんっ」

 

これ以上肩を組んでいたら、人目を気にするチャンミンが可哀想だ。

 

腕を下ろし、ほどよい距離を置いて肩を並べて歩く。

 

「レポートをやっててさ、分かんないところがあって。

チャンミンに教えてもらおうと思ってたんだ」

 

「ばかぁ。

ユノんとこの数式を僕が解けるわけないじゃないの」

 

「数学じゃないのだ。

英語なのだ」

 

「あれ?

必須科目は2年で終わったんじゃないの?」

 

「レポートは英語で書かなくちゃいけないんだよ~」

 

「添削する教授は実は読めなくて、院生に訳してもらってたりして...ふふっ」

 

先にチャンミンを席につかせ、俺は自販機まで走った。

 

「これでほっぺたを冷やせ」

 

「うん...」

 

チャンミンはすん、と鼻をすすった。

 

俺が買ってきた2本の缶ジュースで両頬を挟むと、「ありがと」とにっこり笑った。

 

 

 

 

「これより、アレを始める」

「メス」

 

...みたいな流れになりそうだった。

 

エッチの開始の合図とはムードと勢いに任せるのが、たいていの場合なんだろうけども。

 

ま、いいか。

 

これが俺たちだ。

 

いざ実行の場所は、もちろん俺の部屋。

 

じーさんとばーさんと同居するチャンミンの部屋でなんて、無理無理。

 

カラーボックスでドアを塞いだとしても、

「アップルパイを焼いたの。いかが?」なんて、ばーさんがドアの向こうから声をかけそうだ。

 

まっぱで挿入中だったりしたら大変だ。

 

俺とチャンミンは並んでベッドに腰掛けていた。

 

ドキュメンタリー番組のナレーションが重々しすぎて、リモコンを取り上げ消した。

 

困った...性欲が消えてしまったようだ。

 

ヤるかヤらないかで、ここまで悩むとは。

 

チャンミンは初、俺も経験豊富じゃない。

 

たまたま好きになった奴がチャンミンで、たまたまチャンミンが男だっただけのこと。

 

とは言え、俺はチャンミンのことを女子っぽいなんて思えないし、彼はれっきとした男だ。

 

女の子だったら、タイトなパンツ姿のむっちりしたお尻や太ももなんかに、ムラっとする。

 

大学構内という公共の場でちらちらと、チャンミンの薄っぺらく小さな尻を見てしまっていることは否定しない。

 

だからと言って、それでムラムラとはしないんだよなぁ。

 

ところが、上になり下になりと抱き合っていると、「この男が欲しい!」と欲してしまうのだ。

 

愛情と異性や同性、性欲の関係性について、じっくりと探ってしまうあたり、俺らしい。

 

「ねぇ」

 

「んー?」

 

「今日は止めておく?」

 

「いや...」

 

俺は首を振り、傍らに置いたゴムを開封し、それを指サックのように人差し指に装着した。

 

チャンミンは背を丸めて横たわっている。

 

俺の指は震えていた...。

 

 

(つづく)

 

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