〜ユノ〜
「木曜日はどう?」
「あー、ダメだ。
実習が入ってる」
「何時に終わるの?」
「えっとね...18時」
「そっか~。
僕は...金曜日は、びっしり4時限入ってる」
「二人とも空いてるのは、水曜日の午後だけか...」
「講義の合間には会えるよね?
ご飯を一緒に食べようよ」
俺たちはシラバスを広げ、二人揃って講義のない曜日を確認しているところだった。
ここはチャンミンの部屋。
ぐるりと部屋を見回した。
学習机、本棚、ベッド、カラーボックス、きちんと整理整頓されている。
水玉模様のカーテンは子供の頃から使っているんだろうな、ピカピカに磨かれた窓ガラスに、チャンミンの性格が窺える。
本棚を見れば、その人が分かる、とよく言う。
本棚の中身と言えば...辞書や参考書、専門書『社会科学の統計法』(納得)、同じメーカーで統一したノート、絵本(『パンダ君の冒険』)、何冊もの自己啓発書...例えば、『女性部下のマネジメント法』(なぜ?)、『恋愛の科学』(彼なりに悩むところがあるのだろう)...それから...。
「!!!」
『男と男の恋愛メソッド』...まだ新しい...。
チャンミンはテーブルに広げたレポート用紙を、難しい顔をして睨みつけていた。
レポート用紙には、上段行に曜日、縦列に俺とチャンミンを記し、さらにその枡を4列に割った表が記されている。
俺とチャンミンの受講講義スケジュールを、それぞれ照らし合わせていたのだ。
俺たちは学部が異なっていたため、受ける講義も異なれば、教科棟も別々なのだ。
隣同士で同じ講義を受けることが出来ない。
階段教室の一番後ろの席を陣取り、顔を寄せ合いくすくす笑ったり、机の下でこっそり手を繋いだり...『いかにも』なことが出来ないことが残念だった。
(チャンミンに板書を任せ、俺は隣で漫画でも読んでいようか...なんてズルいことは考えていない)
救いは、朝から夕方までの4講義が埋まっている曜日は滅多にないこと。
午後からの日もあれば、次の講義まで4時間空く曜日もある。
その隙間時間を、二人して探っていたわけだ。
「よし。
水曜の午後でしょ」
と、チャンミンは蛍光ペンでその枡を塗りつぶした。
手書きの表と格闘するチャンミンのつむじを、眺めていた。
「この講義はユノのところの教科棟で受けるから、会えるね」
パッと頭を起こしたチャンミンの、輝いた笑顔といったら!
本屋で何冊かの候補の中から、『男と男の恋愛メソッド』を手に取ったチャンミンの姿まで想像できてしまった。
それを堂々とレジに持っていく姿まで思い浮かんだ。
(こういう面では、引け目のない大胆さがある)
チャンミンが愛おしくなってきたのだ。
「ユノ...!」
俺に押し倒されたチャンミンは、ベージュ色のカーペットの上に仰向けになってしまった。
手には蛍光ペンを持ったままだ。
俺はそれをチャンミンの指から抜き、テーブルに戻した。
チャンミンの「キャップ!」の言葉に、「らしいなぁ」と思った。
まだチャンミンがどんなキャラなのか、知らないことだらけなのにね。
真ん丸に見開いていたまぶたが数ミリ伏せられ、その色気に誘われた。
「していい?」
「!」
真ん丸に戻ってしまったチャンミンの目。
「...今から?」と、掠れた声で俺に問う。
「していい?」っていうのは、「キス」のことだ。
頭の中では「キス」なんてワードはいくらでも言えるけれど、いざ言葉に出すとなると照れくさい。
チャンミンは別の意味...もっとステップアップした言葉だと、受け取ってしまったらしいのだ。
「これだよ、これ!」
何か言おうと開きかけたチャンミンの唇を、ちょっとだけ乱暴に塞いだ。
「...んっ...」
真上へ伸ばすチャンミンの舌を、自身の口内で迎えて、頬張り吸った。
俺の背にチャンミンの両腕に回された。
「ユノったら突然なんだもの...びっくりした」
「ビックリしてたわりには...ほら。
そこ...」
チャンミンのそこを突いた。
「反応してるじゃん」
チャンミンはうつむき、ファスナーの辺りで窮屈そうに斜めに浮かんだそれを確認した。
「ユノだって同じだよ。
今みたいなえっちなキスされたら、こうなっちゃうって」
俺たちの下半身で、噴火口をふさがれたマグマのように出口を求めて滞留している。
俺はチャンミンのことが好きだし、荒々しいムラムラを下半身に抱えているしで、彼を前にしていると、心と身体がかっかと熱くなってしまう。
さっきは寸止めしてしまったのを、もう1歩進めてみたくなった。
チャンミンは立ち上がると、ベッド横の窓のカーテンを閉めた。
この後の展開が読めた俺も、立ち上がった。
「ごめん...鍵はついていないんだ」と、チャンミンは申し訳なさそうに言った。
「お前のばーさんが入ってくるぞ?
『クッキーの追加はどう?』って」
クッキーの皿もグラスの飲み物も空になっていた。
「そうだね...。
でも、気を利かせてくれるよ」
「え~。
分かんないぞ」
確かに、俺たちにおやつを持って来てくれた時も、15分後だった。
(キスやらハグやらが一通り終わった頃合い?)
「もうちょっと...しようか?」
「...うん」
(つづく)
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