俺は今、男とキスをしている。
突如落とされたキスに目をつむる余裕なんてなく、チャンミンの肩ごしに天井をぽぉっと見上げるまま。
ホテルの部屋には天井灯はないんだな...だから、雰囲気あるんだ、とかなんとか考えていたりして。
押し当てられた唇は柔らかく、「ふむ、女の子のものと変わらないじゃん」、なんて感動していたりして。
キスの相手が女の子だろうと男だろうと、キスには変わりなく、ドキドキしている自分もいたりして...。
俺はなぜ、キスされているんだ?
しかもこれは...これはジョークじゃない...ホンキのキスだ。
おぞましい気持ちは0%。
むしろ...2日間俺を落ち着かせなくしてきた理由が見つかった。
などと考えた3秒。
チャンミンのうなじに片手を回した。
後ろ髪がしっとりと汗で濡れていた。
一瞬、互いの唇が離れ、俺たちは至近距離で目が合った。
俺の上に覆いかぶさったチャンミンの背が、昂った呼吸に合わせて大きく上下していた。
女の子だったら手の平をはね返す柔らかな弾力のない、固い背中だった。
俺の頭は、チャンミンの両肘で囲われているため、アルコールで上昇した肌の熱がここに閉じ込められている。
チャンミンは動かない。
俺は...応えればいいのか?
俺は...この男とキスがしたい、もっと。
チャンミンの両頬を挟み、斜めに傾かせて引き落とした。
唇同士が着地する前に、舌同士が絡まった。
俺たちは頬の角度を変えては重ねなおした。
次は俺がチャンミンの上に覆いかぶさった。
ふうふういう鼻息の音、ちゅうっと舌を吸う音。
こいつは男なのに...ヤバイ...キスが気持ちいい。
チャンミンは俺にキスを仕掛けてきた...俺もチャンミンとキスをこのまま続けたい。
でも...この先、どうすればいいんだろう。
分からなくて困惑していた。
チャンミンによって、俺の髪はかき乱されてしまっている。
俺の前に緊張が集まってきているのが分かる。
仰向けになったチャンミンの上に、俺はのしかかっていている。
当然、例の箇所を押しつけ合っている。
まともに重ねて体重をかけると痛いから、脇にずらしてはいるものの、膨らんだ箇所がこすれ合う度に、妙に興奮してしまっている自分がいた。
こういう分かりやすさが、女の子の場合...パンツの中に手を入れないと、分からないからね...とは違うのか。
「!」
思わずチャンミンから唇を離してしまった。
チャンミンの奴、積極的過ぎやしないか?
腰を左右に振ってあそこをこすりつけてきたんだ。
驚きのあまり腰を引いてしまうと、今度は俺の方が組み敷かれる側になってしまった。
「!!」
チャンミンは腰をくいくいと上下しだした。
興奮の塊同士の接触...マズイ...気持ちいいかもしれない。
俺の方にも火がついて、足をからませ合い、互いの興奮の塊をぐいぐいと押しつけ合った。
ボトムスの生地が邪魔...そのもどかしさがちょうどいい。
むき出しになってしまったら、2本のブツのやり場に困ってしまう。
それに加えて、チャンミンのブツを目にした時、萎えてしまう自分も想像できた。
「!!!」
気付けば俺は、チャンミンを押しのけてしまっていた。
「......」
チャンミンは、真ん丸にした眼で俺を見上げている。
お互い息が上がって 肩で息をしていた。
チャンミン...性別は男。
俺並みにデカいなりをしていて、カッコいい部類に入るルックスだけど、やっぱり男。
興奮の名残で、真っ赤な顔をしている。
何かしら惹かれてしまう理由があって、チャンミンを目で追ってしまった2日間。
そうであっても、いきなりキス、だとかパンツを脱ぐとかなると、俺の常識を超えたシチュエーションで、追いつけないのだ。
虚を突かれたかのようなチャンミンの表情に、彼を傷つけてしまったかなぁ...傷つくよなぁ、と。
俺たちは見つめ合ったままだ。
「......」
ここには時計はないが、秒針のたてるコチコチ音が聞こえてきそうな、張り詰めた空気。
彼女たちの会話を聞いてしまった時よりも、気まずい。
呼吸が整った頃、俺は口を開いた。
「...ごめん」
謝った直後に、余計に傷つけてしまう言葉だったかもしれないと、後悔した。
「...僕こそ...ごめん」
チャンミンはつぶやくと、壁にもたれ座って両脚を投げ出した。
細身のボトムスに包まれた両脚が、細く骨ばっていて、やっぱり男の脚だった。
裸足の足裏も俺並みに大きい。
後頭部の髪があっちこっちにはねている。
「いきなりキスして...ごめんね」
「...謝るな。
びっくりしただけ」
「あ~も~!」と言って、チャンミンはぐしゃぐしゃと頭をかきむしった。
「びっくりするよね。
...僕もびっくりしている」
「話をしようか?
整理しよう」
俺は胡坐をかいたまま腰を滑らせ、チャンミンの真ん前に陣取った。
距離を縮めたのは「気持ち悪いなんて思っていないからな」の気持ちの表明だ。
肘までたくし上げた、パーカーの袖から伸びる腕は筋肉質で、やっぱり男の腕だった。
「チャンミンと...キスして...。
びっくりしたけど、イヤではなかった」
「ホント?」
パッと顔を輝かせるなんて、感情が分かりやす過ぎだ。
俺にキスしてきた時点で、チャンミンの気持ちは十分伝わっていた。
「チャンミンも気付いていたと思うけど...俺も気になってたんだ。
何度も目が合っただろう?」
チャンミンはこくり、と頷いた。
「俺の中でどうしても引っかかっているのは。
こだわってしまうワケは、俺もチャンミンも『彼女』がいるだろう?
だから余計に、訳がわからなくなってきて...」
ディープなキスを交わしていた時、俺のあそこは反応していた。
相手の性別を問わず、生っぽい接触があると興奮してしまうものなんだな。
あのままエロい雰囲気に流されていれば、今頃俺たちは服を脱いでいただろう。
キスを中断させてしまったのは、何かをはっきりさせないと、前に進めない俺の慎重さがあったんだ。
反応してしまった身体に正直になればいいんだけれどね。
彼女であるAとの関係性について、あれこれ考察してしまうのが俺という男。
小難しい奴なんだ、俺って。
俺が何を言い出すのか、不安げな上目遣いをするチャンミンには悪いけど、俺とのトークに付き合ってもらうぞ。
「...僕はDと付き合ってるし、Dとえっちしようとしてたし...。
...あ、今は好きじゃないよ。
あんなこと言われて平気でいられるか!
旅行だって行きたくなかったんだ。
Dが何を期待していたのか...プレッシャーだよ。
もう逃げられない、って観念してここに来たんだ。
さすがにもう誤魔化しきれないよね。
裸になったDを見て、そりゃあ興奮はしたけどさ。
Dのあそこを見ていたら、『あれ?僕は今から何をしようとしてるんだろう?』って冷静になってしまって...」
チャンミンの話の行方が読めなくて、真剣に聞き入っている俺の表情を、彼は悪い方に受け取ったみたいだった。
「Dについては僕の問題だったね。
Dのことは好きじゃなくなったし、Dとえっちができなかったことはひとまず、脇に置いておくね」
チャンミンは空気の箱を、脇に置くジェスチャーをした。
「僕らが男であるってことも、脇に置いておく...」
と、もうひとつの空気の箱を『Dのことは好きじゃない』の箱の上に積み上げた。
俺も手伝ったら、空気の箱は天井近くまで積み上がるんじゃないかな。
『俺にも彼女がいる』とか、『男相手に勃つのは初めてだ』とか、『2部屋隣に俺たちの彼女がいる』とか、『チャンミンのブツを見て俺は萎えないかどうか』とか。
「僕は浮気ができる人じゃないんだ。
それなのに、ユノにキスしちゃった。
僕はDを裏切った」
浮気...ときたか。
「酔った勢いで...っていうんじゃないんだ。
...したくなってしまって」
「...俺と?」
「うん。
抑えられなかったんだ。
Dとできなくて、欲求不満がたまってた、っていう意味じゃないよ」
「うん。
分かってる」
「ユノと仲良くなりたかったんだ。
昨日から話をしたいなぁと思っていた。
部屋で二人きりになれるチャンスが急にやってきて...僕のテンションがおかしくなってしまった。
ユノを見ていたら、キスがしたくてしたくて...。
ごめん!
こんなこと聞いたら、もっと引いちゃうよね」
「......」
「忘れて...なんて言わないよ」
「?」
「だって...なかったことにしたくない。
ユノとキスしたかったから、したんだ。
今もしたい。
僕はユノのことが気になる」
「......」
「僕はユノと、もっとキスがしたい」
これはチャンミンなりの宣言だな、と思った。
受け止めるか、跳ねつけるかは俺次第、ってことか。
ストレートにぶつかってきたチャンミンが新鮮だった。
はっきりさせたい何かとは、チャンミンの気持ちうんぬん、じゃなくて、俺の気持ちのことだ。
チャンミンが仕掛けたキスを受け止め応えた時、分かったんだ。
俺たちは昨日知り合ったばかりだ。
未知のことが無数にある。
互いを知り合うには会話と時間が必要だ。
そんなもの後回しでいい。
今は手っ取り早く、目の前の奴と急接近したいんだ。
手順なんてすっ飛ばせ。
チャンミンが言いたいのは、こういうことなんだ。
意味深なキス、いろんなことが腑に落ちたキスだった。
俺は腰を上げ、チャンミンの方ににじりよった。
「俺もチャンミンとキスしたい...もっと」
「え...?」
まつ毛が触れそうなくらい顔を接近させた。
「試してみようか?」
「ユノ...」
「キスとか...それからいろいろ...」
体当たりの勢いで抱き合った俺たちは、ベッドに横倒しになった。
「いろいろって?」
「...わかってるくせに」
空気の箱は、絡み合う俺たちの下敷きになって、どこかへ霧散してしまった。
(つづく)
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