(5)キスから始まった

 

 

 

俺は今、男とキスをしている。

 

突如落とされたキスに目をつむる余裕なんてなく、チャンミンの肩ごしに天井をぽぉっと見上げるまま。

 

ホテルの部屋には天井灯はないんだな...だから、雰囲気あるんだ、とかなんとか考えていたりして。

 

押し当てられた唇は柔らかく、「ふむ、女の子のものと変わらないじゃん」、なんて感動していたりして。

 

キスの相手が女の子だろうと男だろうと、キスには変わりなく、ドキドキしている自分もいたりして...。

 

俺はなぜ、キスされているんだ?

 

しかもこれは...これはジョークじゃない...ホンキのキスだ。

 

おぞましい気持ちは0%。

 

むしろ...2日間俺を落ち着かせなくしてきた理由が見つかった。

 

などと考えた3秒。

 

チャンミンのうなじに片手を回した。

 

後ろ髪がしっとりと汗で濡れていた。

 

一瞬、互いの唇が離れ、俺たちは至近距離で目が合った。

 

俺の上に覆いかぶさったチャンミンの背が、昂った呼吸に合わせて大きく上下していた。

 

女の子だったら手の平をはね返す柔らかな弾力のない、固い背中だった。

 

俺の頭は、チャンミンの両肘で囲われているため、アルコールで上昇した肌の熱がここに閉じ込められている。

 

チャンミンは動かない。

 

俺は...応えればいいのか?

 

俺は...この男とキスがしたい、もっと。

 

チャンミンの両頬を挟み、斜めに傾かせて引き落とした。

 

唇同士が着地する前に、舌同士が絡まった。

 

俺たちは頬の角度を変えては重ねなおした。

 

次は俺がチャンミンの上に覆いかぶさった。

 

ふうふういう鼻息の音、ちゅうっと舌を吸う音。

 

こいつは男なのに...ヤバイ...キスが気持ちいい。

 

チャンミンは俺にキスを仕掛けてきた...俺もチャンミンとキスをこのまま続けたい。

 

でも...この先、どうすればいいんだろう。

 

分からなくて困惑していた。

 

チャンミンによって、俺の髪はかき乱されてしまっている。

 

俺の前に緊張が集まってきているのが分かる。

 

仰向けになったチャンミンの上に、俺はのしかかっていている。

 

当然、例の箇所を押しつけ合っている。

 

まともに重ねて体重をかけると痛いから、脇にずらしてはいるものの、膨らんだ箇所がこすれ合う度に、妙に興奮してしまっている自分がいた。

 

こういう分かりやすさが、女の子の場合...パンツの中に手を入れないと、分からないからね...とは違うのか。

 

「!」

 

思わずチャンミンから唇を離してしまった。

 

チャンミンの奴、積極的過ぎやしないか?

 

腰を左右に振ってあそこをこすりつけてきたんだ。

 

驚きのあまり腰を引いてしまうと、今度は俺の方が組み敷かれる側になってしまった。

 

「!!」

 

チャンミンは腰をくいくいと上下しだした。

 

興奮の塊同士の接触...マズイ...気持ちいいかもしれない。

 

俺の方にも火がついて、足をからませ合い、互いの興奮の塊をぐいぐいと押しつけ合った。

 

ボトムスの生地が邪魔...そのもどかしさがちょうどいい。

 

むき出しになってしまったら、2本のブツのやり場に困ってしまう。

 

それに加えて、チャンミンのブツを目にした時、萎えてしまう自分も想像できた。

 

「!!!」

 

気付けば俺は、チャンミンを押しのけてしまっていた。

 

「......」

 

チャンミンは、真ん丸にした眼で俺を見上げている。

 

お互い息が上がって 肩で息をしていた。

 

チャンミン...性別は男。

 

俺並みにデカいなりをしていて、カッコいい部類に入るルックスだけど、やっぱり男。

 

興奮の名残で、真っ赤な顔をしている。

 

何かしら惹かれてしまう理由があって、チャンミンを目で追ってしまった2日間。

 

そうであっても、いきなりキス、だとかパンツを脱ぐとかなると、俺の常識を超えたシチュエーションで、追いつけないのだ。

 

虚を突かれたかのようなチャンミンの表情に、彼を傷つけてしまったかなぁ...傷つくよなぁ、と。

 

俺たちは見つめ合ったままだ。

 

「......」

 

ここには時計はないが、秒針のたてるコチコチ音が聞こえてきそうな、張り詰めた空気。

 

彼女たちの会話を聞いてしまった時よりも、気まずい。

 

呼吸が整った頃、俺は口を開いた。

 

「...ごめん」

 

謝った直後に、余計に傷つけてしまう言葉だったかもしれないと、後悔した。

 

「...僕こそ...ごめん」

 

チャンミンはつぶやくと、壁にもたれ座って両脚を投げ出した。

 

細身のボトムスに包まれた両脚が、細く骨ばっていて、やっぱり男の脚だった。

 

裸足の足裏も俺並みに大きい。

 

後頭部の髪があっちこっちにはねている。

 

「いきなりキスして...ごめんね」

 

「...謝るな。

びっくりしただけ」

 

「あ~も~!」と言って、チャンミンはぐしゃぐしゃと頭をかきむしった。

 

「びっくりするよね。

...僕もびっくりしている」

 

「話をしようか?

整理しよう」

 

俺は胡坐をかいたまま腰を滑らせ、チャンミンの真ん前に陣取った。

 

距離を縮めたのは「気持ち悪いなんて思っていないからな」の気持ちの表明だ。

 

肘までたくし上げた、パーカーの袖から伸びる腕は筋肉質で、やっぱり男の腕だった。

 

「チャンミンと...キスして...。

びっくりしたけど、イヤではなかった」

 

「ホント?」

 

パッと顔を輝かせるなんて、感情が分かりやす過ぎだ。

 

俺にキスしてきた時点で、チャンミンの気持ちは十分伝わっていた。

 

「チャンミンも気付いていたと思うけど...俺も気になってたんだ。

何度も目が合っただろう?」

 

チャンミンはこくり、と頷いた。

 

「俺の中でどうしても引っかかっているのは。

こだわってしまうワケは、俺もチャンミンも『彼女』がいるだろう?

だから余計に、訳がわからなくなってきて...」

 

ディープなキスを交わしていた時、俺のあそこは反応していた。

 

相手の性別を問わず、生っぽい接触があると興奮してしまうものなんだな。

 

あのままエロい雰囲気に流されていれば、今頃俺たちは服を脱いでいただろう。

 

キスを中断させてしまったのは、何かをはっきりさせないと、前に進めない俺の慎重さがあったんだ。

 

反応してしまった身体に正直になればいいんだけれどね。

 

彼女であるAとの関係性について、あれこれ考察してしまうのが俺という男。

 

小難しい奴なんだ、俺って。

 

俺が何を言い出すのか、不安げな上目遣いをするチャンミンには悪いけど、俺とのトークに付き合ってもらうぞ。

 

「...僕はDと付き合ってるし、Dとえっちしようとしてたし...。

...あ、今は好きじゃないよ。

あんなこと言われて平気でいられるか!

旅行だって行きたくなかったんだ。

Dが何を期待していたのか...プレッシャーだよ。

もう逃げられない、って観念してここに来たんだ。

さすがにもう誤魔化しきれないよね。

裸になったDを見て、そりゃあ興奮はしたけどさ。

Dのあそこを見ていたら、『あれ?僕は今から何をしようとしてるんだろう?』って冷静になってしまって...」

 

チャンミンの話の行方が読めなくて、真剣に聞き入っている俺の表情を、彼は悪い方に受け取ったみたいだった。

 

「Dについては僕の問題だったね。

Dのことは好きじゃなくなったし、Dとえっちができなかったことはひとまず、脇に置いておくね」

 

チャンミンは空気の箱を、脇に置くジェスチャーをした。

 

「僕らが男であるってことも、脇に置いておく...」

 

と、もうひとつの空気の箱を『Dのことは好きじゃない』の箱の上に積み上げた。

 

俺も手伝ったら、空気の箱は天井近くまで積み上がるんじゃないかな。

 

『俺にも彼女がいる』とか、『男相手に勃つのは初めてだ』とか、『2部屋隣に俺たちの彼女がいる』とか、『チャンミンのブツを見て俺は萎えないかどうか』とか。

 

「僕は浮気ができる人じゃないんだ。

それなのに、ユノにキスしちゃった。

僕はDを裏切った」

 

浮気...ときたか。

 

「酔った勢いで...っていうんじゃないんだ。

...したくなってしまって」

 

「...俺と?」

 

「うん。

抑えられなかったんだ。

Dとできなくて、欲求不満がたまってた、っていう意味じゃないよ」

 

「うん。

分かってる」

 

「ユノと仲良くなりたかったんだ。

昨日から話をしたいなぁと思っていた。

部屋で二人きりになれるチャンスが急にやってきて...僕のテンションがおかしくなってしまった。

ユノを見ていたら、キスがしたくてしたくて...。

ごめん!

こんなこと聞いたら、もっと引いちゃうよね」

 

「......」

 

「忘れて...なんて言わないよ」

 

「?」

 

「だって...なかったことにしたくない。

ユノとキスしたかったから、したんだ。

今もしたい。

僕はユノのことが気になる」

 

「......」

 

「僕はユノと、もっとキスがしたい」

 

これはチャンミンなりの宣言だな、と思った。

 

受け止めるか、跳ねつけるかは俺次第、ってことか。

 

ストレートにぶつかってきたチャンミンが新鮮だった。

 

はっきりさせたい何かとは、チャンミンの気持ちうんぬん、じゃなくて、俺の気持ちのことだ。

 

チャンミンが仕掛けたキスを受け止め応えた時、分かったんだ。

 

俺たちは昨日知り合ったばかりだ。

 

未知のことが無数にある。

 

互いを知り合うには会話と時間が必要だ。

 

そんなもの後回しでいい。

 

今は手っ取り早く、目の前の奴と急接近したいんだ。

 

手順なんてすっ飛ばせ。

 

チャンミンが言いたいのは、こういうことなんだ。

 

意味深なキス、いろんなことが腑に落ちたキスだった。

 

俺は腰を上げ、チャンミンの方ににじりよった。

 

「俺もチャンミンとキスしたい...もっと」

 

「え...?」

 

まつ毛が触れそうなくらい顔を接近させた。

 

「試してみようか?」

 

「ユノ...」

 

「キスとか...それからいろいろ...」

 

体当たりの勢いで抱き合った俺たちは、ベッドに横倒しになった。

 

「いろいろって?」

 

「...わかってるくせに」

 

空気の箱は、絡み合う俺たちの下敷きになって、どこかへ霧散してしまった。

 

 

(つづく)

 

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