「まだ寝てるかもよ」
「たたき起こそうよ」
「くすくすくすくす」
仰向けになったチャンミンの上になった俺は、間近に聞こえたその声に振り向いた。
「!!!!!!」
なんで部屋に入って来られた!?
ドアチェーンは!?
「......」
「......」
「......」
「......」
この部屋にいる四人ともが、しばし無言だった。
長い長い10秒だった。
俺とチャンミンはパンツ一丁。
俺はチャンミンの上で四つん這いになっている。
チャンミンは猿の赤ちゃんみたいに、俺の腹の下にぶらさがっている。
ばっちりメイクのAと、すっぴんのD。
ノーメイクだと素朴な顔立ちだな...そっか、メイク道具はこの部屋に置きっぱなしだからか...などなど冷静に考えていたりして。
二人の彼女たちは、びっくり顔のままフリーズしている。
それもそうだろう。
この光景はどこからどう見たっても、『アレ』しようとしている風にしか見えない。
俺たちは半裸で、チャンミンは俺にしがみついたままだし...そしてショッキングなことに、俺たちは男だ。
Dは絡み合う俺たちの顔を見、密着した下半身を見、乱れたベッドを見...そして、彼女の視線はベッドの下へと移った。
何を見つけたのかDは目を見開き、Aの袖を引っ張った。
ところが放心したAは、俺から一切目を離そうとはせず、ぴくりとも身動ぎしない。
俺もチャンミンも、一言も発しない。
Aの顔がくしゃりと歪んだ。
涙で潤んだAの目を認めた時、胸がぎゅっと痛くなった。
その時の俺は、とても情けない顔をしていたと思う。
Dは洗面所やTV脇に置いた小物をかき集め、ハンガーにかかっていた衣服と一緒にスーツケースに詰めた。
「行こう」
Dは俺の下敷きになっているチャンミンを軽蔑の目で見やると、突っ立ったままのAの手を引っぱった。
かちゃり、とドアが閉まる音。
俺たちもしばし、そのままの姿勢で静止していた。
俺の首と腰に絡まったチャンミンの手足の力が、ふっと抜けた。
「はあぁぁぁぁ」
俺はチャンミンの上にどっと、崩れ落ちた。
「チャンミン...お前なぁ。
凄いよ、お前...」
決定的なシーンを目撃させて、彼女たちとの関係を決定的にぶち壊した俺たち。
「緊張した~!
ドキドキだよ」
「ホントだ」
手の平の下で、チャンミンの心臓がドクドクいっている。
「...ドアチェーン」
「さっき外しておいたんだ」
「...作戦?」
「うん」
じゃあ、ポットに水を汲みにいったあの時には、チャンミンの頭にこの作戦が浮かんでいたというわけか...。
凄いなぁ、チャンミンという男は。
チャンミンの作戦に乗っかる形で、俺とAも決定的に破局した。
頭を持ち上げ、突っ張った両腕の間のチャンミンを見下ろす。
前夜の飲酒と徹夜のいちゃいちゃで、目が充血していたけれど、すっきり晴れ晴れとした顔をしていた。
髭が伸びかけた鼻下と顎に、やっぱりこいつは男なんだ、と、なぜだか感動した。
「キスして」
「うん」と頷く前に、チャンミンの両手に頬を包まれ引き落とされた。
唇同士を触れ合わすだけの、互いの唇の形と柔らかさを楽しむじれったいキスをした。
次に、わずかに開いた隙間から出した舌先同士を、くすぐり合った。
「『信じられない!』って、ボコボコに言われてるだろうね」
「その前に泣いてるかも...」
そうつぶやいた途端、チャンミンは俺の肩をドンと突いた。
「...Aちゃんが心配なら、追いかければ?」
眉根を寄せ、口がへの字に歪んだ不貞腐れた顔をしている。
「チャンミンこそ、平気そうだな?」
「平気なわけないよ!
最悪感いっぱいだよ。
でも、暗い顔をしたらホントに悪いことをしてるみたいな気がしてしまうでしょ?
しょうがないじゃない。
僕はユノを好きになってしまったんだから。
好きな気持ちはどうしようもない。
ユノには余裕ぶった、偉そうなこと言ってたけど、僕の方こそ、うまく別れ話ができる自信がなかった。
きっとDの剣幕に押されて、僕の伝えたいことの9割は遮られてしまうだろうね」
一気にまくしたてたチャンミンの、はあはあ上下する肩を抱いた。
「Aを追いかけるわけないだろ?
俺はチャンミンといる。
相手がAじゃなくても、男というのは女の子の涙に弱いってだけのこと。
チャンミンだって、そうだろ?」
「う~ん...」
チャンミンは過去を振り返っているのか、目をつむって腕を組んでうなっている。
そして、「女の子を泣かせたことないから、分かんない」と言った。
「...新学期が怖い」
「女の子ネットワークは凄いからねぇ。
ま、いっか。
どうぞ、俺たちのことを噂してください、だな」
俺はチャンミンのことをいっぱい知りたいし、彼の側にいたいのだ。
俺は疑問が生じるとあれこれ考え込む男だけど、一旦結論が出たら揺るがない男なのだ。
だから好奇の目で見られても俺は平気なのだ。
直感で動くチャンミンも、100%平気でいるだろうし、堂々としていそうだ。
「朝めし食いにいこうぜ」
と、靴を履きかけたとき、俺はとんでもないものを見つけてしまった。
使用済みコンドームとそのパッケージが落ちていた。
あ~あ。
決定的だ。
彼女たちが何を想像したか...!
AとDに同情してしまった。
本来の機能を発揮したものじゃないけれど、ま、いっか。
誤解させておこう。
・
女の子って不思議だ。
俺たちが持ち得ないもの...柔らかくて甘い香りがする彼女たちの側にいると、いい気分になる。
めまぐるしく変わる気分と表情、その周りで俺は右往左往している。
でも、それだけのことだ。
俺もチャンミンも男だから、「いいなぁ」と彼女たちを見てしまうこともあるだろう。
ムラっときて反応してしまって、そのことが喧嘩の種になることも多々あると思う。
なんせ彼女がいた俺たちだから。
それなのに、どうしようもなく惹かれあった俺たち。
「Aたちはとっくにホテルを出て行ってるだろうね」
「Dの荷物がない!」
「ショッキングなところを目撃したのに、こういうところが冷静なんだよね」
「キキ―ってなってても、案外女の子は冷静だったりするのかな」
「気楽な男2人旅になるな」
・
俺と女の子はデート中だった。
彼女と手を繋ぎ歩いていると、向こうから近づいてくるひとりの人物に釘付けになる。
例えば、隣の彼女よりも可愛い子だったり、もっと好みに近い子だったり...それとも、理由なく惹かれてしまうしかない子だったり...。
その人物は、俺たちの方に近づいてくる。
俺とその人物の視線は、1本に繋がっている。
隣の彼女が話す「ランチはどこでする?」とか「今日はアレだから、無理なの」とかは、俺の耳を素通りしている。
その人物とすれ違う、まさにその瞬間。
俺は隣の彼女の手を離し、そいつの二の腕をとらえる。
俺とそいつは斜め向こうの進路をとり、彼女を後に残して歩み去った。
・
俺とチャンミンに起きたことは、簡単に言うとこういうこと。
単純な話なのだ。
俺と件の人物がすれ違ったその瞬間に、何が起こったか。
キスをされた。
チャンミンのキスだ。
チャンミンのキスから始まったのだ。
(おしまい)
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