(1)恋人たちのゆーふぉりあ

 

 

~チャンミン~

 

バイトも講義もない初夏の昼下がり。

 

僕とユノは学部が違うから、二人揃って丸一日ぽっかり空く日は貴重なのだ。

 

僕らはどこにも出掛けることなく、どちらかの部屋に閉じこもって、二人きりの時間を過ごす。

 

「暇だね」「うん、暇だね」と言い合って、だらだらする。

 

じゃれあっているうちにむらぁっときて、服を着たままアソコだけ出して繋がってみたりして。

 

設定温度18℃にしたエアコンの風で、汗がひくのを待つ。

 

彼方どこかに飛んでいってしまった意識が戻ってきた時、僕を観察していたらしいユノと目が合う。

 

アレの時はとってもエロい顔をしていたのに、平常モードに戻ったユノはすっきり清々しい。

 

ユノに腕を引かれ身体を起こした僕は、ギシギシと痛む腰に顔をしかめる。

 

「悪い。

無理させちゃった?」

 

「...うん」

 

ユノとのアレは激しいのだ。

 

4人分のパスタを茹で、レトルトのミートソースをかけただけの夕食を二人でぺろっと平らげた。

 

交互にシャワーを浴び、湯上りのビールを飲んだり、他愛ない会話を交わす。

 

「夏休み、どうする?

あのバイト、面接どうだった?」

 

「駄目だった。

応募要項には『男女問わず』、なんて書いてて、実は女の子限定だったんだ」

 

「はっきりと『可愛い女子限定』って書けばいいじゃんね?

チャンミンは可愛いから、女装すればいけたかもよ?

はいはい、怒るな怒るな。

ほ~らやっぱり。

可愛いって言われたいんだろ?

むくれた顔はもっと可愛いくなるんだぞ」

 

そう先回りをして言うユノに、膨らませかけた頬を元に戻した。

 

「ユノって罪な男だよね」

 

「どこが?」

 

ユノは二つ折りした座布団を枕がわりに、寝っ転がってスマホ画面とにらめっこしている。

 

立てた片膝に乗せた足首をぶらぶら揺すっている。

 

「今みたいな感じに、歴代の彼女たちにさりげなく『可愛い』って言ってたんでしょ?」

 

「は?」

 

身体を起こしたユノの前髪が立ち上がっていて、「か、カッコいい...」と思ってしまったけど、癪だったから黙っていた。

 

「歴代ってなぁ。

まるで十何人も彼女がいたみたいな言い方して。

チャンミンをのぞいて二人しかいないよ」

 

「二人!?

計算がおかしくない?

ユノの経験人数は三人でしょ?

で、彼女は二人。

あぶれた一人はどこにいったの?」

 

「ああ、それね。

彼女でも何でもない人とね。

これは不可抗力というか...」

 

「見損なった!」

 

僕はふくれっ面で、そばにあった枕をユノに投げつけた。

 

「ユノを見損なったよ!」

 

反射神経抜群なユノは、顔面に直撃する前に華麗にキャッチした。

 

そのままその枕を抱きしめたユノは、ふぅっとため息をついた。

 

「大学1年の時。

サークルの歓迎コンパの時。

べろべろに酔わされてさ、目を覚ましたら隣に先輩が寝てた。

女のね。

俺が酒に弱いの知ってるだろ?

俺はすっぽんぽんだし、あそこもべたべたしてたし...あーこりゃ、襲われたな、って。

そんなわけで、童貞卒業の瞬間は記憶にないわけ」

 

ユノの説明を聞いても、僕の機嫌は直らない。

 

目一杯、怖い目付きをして、ユノを睨みつけたままでいた。

 

「『初めての時はすげぇ緊張した』って言ってたじゃないか!

嘘つき!」

 

「それは一人目の彼女の時の話。

意識がある状態でヤッた最初だったからね。

その時が俺的には初めてだったの」

 

「じゃあ、記憶に焼き付いてるわけだね?

ふぅん」

 

「もう思い出せないよ。

昔の話」

 

「ふぅ〜ん。

二年前なのに、忘れちゃったんだ」

 

僕はしつこいのだ。

 

「何度言えば分かってくれるかなぁ?

昔むかしの大昔。

えーっとね...」

 

ユノは手を上下に振って、空気の線を描いた。

 

「ここがチャンミンと会った時の線だぞ。

で...」

 

その手を左にスライドさせた。

 

「こっちが、紀元前。

で、こっちが紀元後」

 

真ん中まで戻した手を、今度は右にスライドさせた。

 

「お前とのことは『紀元後』

 

俺の歴史はここからスタートしてるの。

 

『紀元前』のことは、化石になっちまった。

だから、思い出せないよ」

 

この時のユノは真面目顔だ。

 

ユノの例え話は意味不明だったり、説明したいことの趣旨からちょっとズレてたりする。

 

今日の例え話は、嬉しかった。

 

僕を納得させようと言葉を尽くすユノに、僕は夢中。

 

ユノは僕の彼氏。

 

ユノは男だから、恋人であるユノは僕の彼氏になる。

 

ユノと付き合うようになって初めて知ったこと。

 

僕ってどうやら、ヤキモチ妬きみたいだ。

 

それも相当な。

 

 

 

 

僕はベッドにもたれて読書をし、ユノはベッドの上で大の字になってぐうぐう寝ている。

 

「...ふあぁぁぁ」

 

ユノの大あくび。

 

「起きた?」

 

僕は本に視線を落としたまま、背後のユノに声をかける。

 

「う...ん。

寝ても寝ても眠い」

 

「ユノってホント、寝る子だねぇ」

 

「寝る子は育つ。

俺は成長期なんだ」

 

「それ以上大きくなってどうするの?」

 

後ろを振り向くと、髪を乾かさず眠ってしまったせいで、ユノの髪はボサボサだ。

 

くつろいでだらしがないユノの姿を見られるのは、彼の彼氏の特権だ。

 

ユノの前カノ、Aちゃんもこんな彼の姿を見ていたのかな、と思うと、チクチクっと胸が痛くなる。

 

僕は読書に戻った。

 

「ここも大きくなってる」

 

(ユノの下ネタが始まったよ、やれやれ)

 

ユノと付き合いだして1週間もしないうちに発見したのが、彼が甘えん坊さんだということ。

 

ご機嫌次第では拗ねて面倒くさい男になるユノだったから、

 

「うん。

凄いね」

 

振り向いてユノの大きくなったものを認めてあげ、読書の続きに戻った。

 

「チャンミ~ン」

 

ユノに羽交い締めされ、力任せにベッドの上に引っぱり上げられた。

 

心得ている僕は、早業で読んでいた本にしおりを挟み、ユノの求めに応えるのだ。

 

ユノの上に馬乗りになって、後ろ手でしごきながらキスをする。

 

3時間の休憩を挟んでいたおかげで、僕らのものは復活していた。

 

時間はかかってしまったが、無事コトを終えた僕らはそのまま眠ってしまうのだ。

 

今日のところ、ここでギブアップ。

 

僕らの休日とは...つまり、セックス三昧、ということ。

 

「俺たち...何やってんだろ?

ヤッてばっかじゃん」

 

...なんて自嘲気味に言われてしまうと、僕は不安になる。

 

会えばヤらずにはいられない。

 

でも、仕方がないよね。

 

僕らは付き合い始めてまだ3か月だし、世で言う『LOVELOVE期』なのだ。

 

ユノと同じ時を過ごすこと全てが、彼の隣にいるだけで、僕の心はウキウキ、幸福感に満ち満ちている。

 

綿菓子みたいにふわふわ甘い気分になれる。

 

ユノに触れ、ユノに触れられ、身体じゅうの全細胞が目覚める。

 

もっともっといっぱい、ユノにくっついていたい。

 

そのうち、落ち着くでしょう。

 

僕らの初めてがどんなだかって?

 

僕は童貞で、ユノは女の子としかしたことがない。

 

最初からうまくいかなくて当然なんだけど、ユノは自信をなくして数日間元気がなかった。

 

ところが、さすがユノ。

 

ユノなりに答えを見つけたらしく(ユノは熟考型なのだ)、いつもの明るさを取り戻してほっとした。

 

トライアンドエラーの末、目的を果たせた。

 

どんな風だったか...僕の口から語るのは、恥ずかしいな...。

 

この手の話はユノにお任せしようと思う。

 

 

(つづく)

 

※euphoria:幸福感・陶酔

 

 

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