~チャンミン~
バイトも講義もない初夏の昼下がり。
僕とユノは学部が違うから、二人揃って丸一日ぽっかり空く日は貴重なのだ。
僕らはどこにも出掛けることなく、どちらかの部屋に閉じこもって、二人きりの時間を過ごす。
「暇だね」「うん、暇だね」と言い合って、だらだらする。
じゃれあっているうちにむらぁっときて、服を着たままアソコだけ出して繋がってみたりして。
設定温度18℃にしたエアコンの風で、汗がひくのを待つ。
彼方どこかに飛んでいってしまった意識が戻ってきた時、僕を観察していたらしいユノと目が合う。
アレの時はとってもエロい顔をしていたのに、平常モードに戻ったユノはすっきり清々しい。
ユノに腕を引かれ身体を起こした僕は、ギシギシと痛む腰に顔をしかめる。
「悪い。
無理させちゃった?」
「...うん」
ユノとのアレは激しいのだ。
4人分のパスタを茹で、レトルトのミートソースをかけただけの夕食を二人でぺろっと平らげた。
交互にシャワーを浴び、湯上りのビールを飲んだり、他愛ない会話を交わす。
「夏休み、どうする?
あのバイト、面接どうだった?」
「駄目だった。
応募要項には『男女問わず』、なんて書いてて、実は女の子限定だったんだ」
「はっきりと『可愛い女子限定』って書けばいいじゃんね?
チャンミンは可愛いから、女装すればいけたかもよ?
はいはい、怒るな怒るな。
ほ~らやっぱり。
可愛いって言われたいんだろ?
むくれた顔はもっと可愛いくなるんだぞ」
そう先回りをして言うユノに、膨らませかけた頬を元に戻した。
「ユノって罪な男だよね」
「どこが?」
ユノは二つ折りした座布団を枕がわりに、寝っ転がってスマホ画面とにらめっこしている。
立てた片膝に乗せた足首をぶらぶら揺すっている。
「今みたいな感じに、歴代の彼女たちにさりげなく『可愛い』って言ってたんでしょ?」
「は?」
身体を起こしたユノの前髪が立ち上がっていて、「か、カッコいい...」と思ってしまったけど、癪だったから黙っていた。
「歴代ってなぁ。
まるで十何人も彼女がいたみたいな言い方して。
チャンミンをのぞいて二人しかいないよ」
「二人!?
計算がおかしくない?
ユノの経験人数は三人でしょ?
で、彼女は二人。
あぶれた一人はどこにいったの?」
「ああ、それね。
彼女でも何でもない人とね。
これは不可抗力というか...」
「見損なった!」
僕はふくれっ面で、そばにあった枕をユノに投げつけた。
「ユノを見損なったよ!」
反射神経抜群なユノは、顔面に直撃する前に華麗にキャッチした。
そのままその枕を抱きしめたユノは、ふぅっとため息をついた。
「大学1年の時。
サークルの歓迎コンパの時。
べろべろに酔わされてさ、目を覚ましたら隣に先輩が寝てた。
女のね。
俺が酒に弱いの知ってるだろ?
俺はすっぽんぽんだし、あそこもべたべたしてたし...あーこりゃ、襲われたな、って。
そんなわけで、童貞卒業の瞬間は記憶にないわけ」
ユノの説明を聞いても、僕の機嫌は直らない。
目一杯、怖い目付きをして、ユノを睨みつけたままでいた。
「『初めての時はすげぇ緊張した』って言ってたじゃないか!
嘘つき!」
「それは一人目の彼女の時の話。
意識がある状態でヤッた最初だったからね。
その時が俺的には初めてだったの」
「じゃあ、記憶に焼き付いてるわけだね?
ふぅん」
「もう思い出せないよ。
昔の話」
「ふぅ〜ん。
二年前なのに、忘れちゃったんだ」
僕はしつこいのだ。
「何度言えば分かってくれるかなぁ?
昔むかしの大昔。
えーっとね...」
ユノは手を上下に振って、空気の線を描いた。
「ここがチャンミンと会った時の線だぞ。
で...」
その手を左にスライドさせた。
「こっちが、紀元前。
で、こっちが紀元後」
真ん中まで戻した手を、今度は右にスライドさせた。
「お前とのことは『紀元後』
俺の歴史はここからスタートしてるの。
『紀元前』のことは、化石になっちまった。
だから、思い出せないよ」
この時のユノは真面目顔だ。
ユノの例え話は意味不明だったり、説明したいことの趣旨からちょっとズレてたりする。
今日の例え話は、嬉しかった。
僕を納得させようと言葉を尽くすユノに、僕は夢中。
ユノは僕の彼氏。
ユノは男だから、恋人であるユノは僕の彼氏になる。
ユノと付き合うようになって初めて知ったこと。
僕ってどうやら、ヤキモチ妬きみたいだ。
それも相当な。
・
僕はベッドにもたれて読書をし、ユノはベッドの上で大の字になってぐうぐう寝ている。
「...ふあぁぁぁ」
ユノの大あくび。
「起きた?」
僕は本に視線を落としたまま、背後のユノに声をかける。
「う...ん。
寝ても寝ても眠い」
「ユノってホント、寝る子だねぇ」
「寝る子は育つ。
俺は成長期なんだ」
「それ以上大きくなってどうするの?」
後ろを振り向くと、髪を乾かさず眠ってしまったせいで、ユノの髪はボサボサだ。
くつろいでだらしがないユノの姿を見られるのは、彼の彼氏の特権だ。
ユノの前カノ、Aちゃんもこんな彼の姿を見ていたのかな、と思うと、チクチクっと胸が痛くなる。
僕は読書に戻った。
「ここも大きくなってる」
(ユノの下ネタが始まったよ、やれやれ)
ユノと付き合いだして1週間もしないうちに発見したのが、彼が甘えん坊さんだということ。
ご機嫌次第では拗ねて面倒くさい男になるユノだったから、
「うん。
凄いね」
振り向いてユノの大きくなったものを認めてあげ、読書の続きに戻った。
「チャンミ~ン」
ユノに羽交い締めされ、力任せにベッドの上に引っぱり上げられた。
心得ている僕は、早業で読んでいた本にしおりを挟み、ユノの求めに応えるのだ。
ユノの上に馬乗りになって、後ろ手でしごきながらキスをする。
3時間の休憩を挟んでいたおかげで、僕らのものは復活していた。
時間はかかってしまったが、無事コトを終えた僕らはそのまま眠ってしまうのだ。
今日のところ、ここでギブアップ。
僕らの休日とは...つまり、セックス三昧、ということ。
「俺たち...何やってんだろ?
ヤッてばっかじゃん」
...なんて自嘲気味に言われてしまうと、僕は不安になる。
会えばヤらずにはいられない。
でも、仕方がないよね。
僕らは付き合い始めてまだ3か月だし、世で言う『LOVELOVE期』なのだ。
ユノと同じ時を過ごすこと全てが、彼の隣にいるだけで、僕の心はウキウキ、幸福感に満ち満ちている。
綿菓子みたいにふわふわ甘い気分になれる。
ユノに触れ、ユノに触れられ、身体じゅうの全細胞が目覚める。
もっともっといっぱい、ユノにくっついていたい。
そのうち、落ち着くでしょう。
僕らの初めてがどんなだかって?
僕は童貞で、ユノは女の子としかしたことがない。
最初からうまくいかなくて当然なんだけど、ユノは自信をなくして数日間元気がなかった。
ところが、さすがユノ。
ユノなりに答えを見つけたらしく(ユノは熟考型なのだ)、いつもの明るさを取り戻してほっとした。
トライアンドエラーの末、目的を果たせた。
どんな風だったか...僕の口から語るのは、恥ずかしいな...。
この手の話はユノにお任せしようと思う。
(つづく)
※euphoria:幸福感・陶酔
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