(2)恋人たちのゆーふぉりあ

 

 

 

~チャンミン~

 

 

僕とユノの馴れ初めは、3か月ばかり前のことだ。

 

出会った時、僕らにはそれぞれ『彼女』がいた。

 

僕と彼女、ユノと彼女、2組で旅行に出かけていた。

 

ユノを初めて見た時、「あ...」って。

 

実際に、「あ...」って声が出ていた。

 

そして、「凄い...」と思った。

 

何が凄いのか説明がつかない凄いものが、僕のハートを鷲掴みしてシェイクした。

 

僕はてくてく、道を歩いていた。

 

違うな...逆だ。

 

てくてく歩いていたのはユノの方で、彼をさらって走り去ったのは僕の方だ。

 

僕は元来、恋愛事に熱心な方じゃない。

 

でも、女の子と肌が触れそうに近くにいると、うずうずしてしまう欲求は抑えられない。

 

それと同じものを、ユノ相手にも感じてしまったのだ。

 

ユノは女の子じゃないのに...変なの...なんて、全く思わなかった。

 

20年ばかりの僕の常識はひっくり返り、ごちゃごちゃ考える前に身体が動いていた。

 

初めて顔を合わせてわずか2日後に、僕はユノのアソコを握っていた。

 

...僕がこんなに情熱的な男だったなんて!

 

この発見に驚いた。

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

「新学期が怖い」とチャンミンは不安がっていた。

 

さらに「見せつけてやろうぜ」なんて、俺は余裕を見せていた。

 

不安がるフリをしていたのはチャンミンで、いよいよ新学期が始まるとなった今、緊張し出したのは俺の方だったのだ。

 

 

 

 

例の旅行から戻り、駅で解散した俺たちは各々の自宅へと帰った。

 

荷解きを終え、洗濯機が回る音を聞きながら、ベッドに仰向けに寝転がった俺の手にはスマホがある。

 

そこには、ホテルの部屋で撮った笑顔の俺たちの写真。

 

幸福と期待で笑顔が光ってる。

 

顔しか写っていないけど、下はパンツ一丁で、彼女にフラれた(フッた?)30分後の俺たちの笑顔。

 

失恋したのに、この笑顔。

 

旅先の非日常的な空間で生まれた恋。

 

現実的な日常に立ち返ってみると、いかにぶっとんだことを始めてしまったことを実感するのだ。

 

俺は男、チャンミンも男。

 

数日前までは、自分には縁のない遠いこと、もっと言えば、絶対に自分にはあり得ない関係性だった。

 

同性相手に恋をする?

 

まさか!

 

あり得ない。

 

その「まさか」が、大してハードルの高いものじゃなかったことが、俺を驚かせるのだ。

 

恋する気持ちって...凄いなぁって。

 

どうしようもなく惹かれてしまったとき、それが恋。

 

年の差も容姿も立場の差も国籍も何もかも、恋心を阻む理由にはならないのだ。

 

恋路の邪魔にはなる。

 

それは大抵、第三者や外野の雑音だ。

 

俺が新学期を前に緊張している原因は、そこなんだと思う。

 

その雑音をどれだけ無視できるか、自分たちだけの世界に浸れるか、そして、何を言われようと揺るがない信頼を互いに築けるか...これが肝要だ。

 

俺もチャンミンも世間知らずの大学生で、好きでいさえすれば、それら雑音もとるにたらない問題にしてしまえると信じている。

 

いよいよ社会人となり、交際期間を1年また1年と重ねてゆくうちに、何かしらの物足りなさや将来への不安を抱くようになるだろう。

 

今はまだ、何も知らない21歳でいさせて欲しい。

 

せいぜい、学校内の視線だけを気にしていればいいんだ。

 

俺たちは何も、悪いことはしていないのだ。

 

俺とチャンミンは知り合ってまだ3日。

 

恋心に関しては自信がある。

 

信頼関係はこれから築く。

 

ひと晩会話してみて(会話だけじゃなく、ブツのしごきあいもしたけれど)、俺たちを包み込む空気の層の濃さが同じだと知った。

 

チャンミンといるとリラックスできる。

 

己惚れじゃなくチャンミンだって、同じ感覚を抱いたと思うんだ。

 

例えば、帰りの列車の中で。

 

俺の寝ぐせを梳かしつけてくれたチャンミンの手や、大あくびしたのをばっちり俺に見られ、照れ笑いした彼のまぶたの優しさ。

 

寝過ごしそうになった俺を容赦なくたたき起こし、2人分の荷物を抱え、俺の手を引いて先を歩くチャンミンの背中。

 

...一緒にいて楽だ。

 

楽で楽しい。

 

それに...。

 

舌をからめあい、唾液を味わい、粘膜が擦り切れそうなほど刺激し合った昨夜。

 

ゾクゾク興奮して、気持ちがよかった。

 

(なんて思い出したりするから、俺のあそこは目覚めてしまうんだ。

いつもの半分程度だ。

さすがに今日は、もう無理だ。

2、3日はオナる必要はない、と今は思えても、明日になればせずにはいられなくなるんだろうな。

なんせ、俺は若いから)

 

最高だ。

 

新しい恋は、希望に満ちている!

 

前向きな気持ちになった途端、俺はふと立ち止まる。

 

恋の仕方は知っている、好きでいられる間が恋だから。

 

ところが、「愛し方」となると自信がないのだ。

 

「愛し方」とはつまり...そう、アレのことだ。

 

 

 

 

翌日を新学期に控えた日、「チャンミンちに行っていい?」と言ったところ、「う~ん...」浮かない声だった。

 

付き合って数日も経たないうちに、自宅を訪ねるのは早すぎたのかな?

 

チャンミンは、プライベート空間に招くのはもっと、交際期間を経てからだと考えるタイプなのかな?

 

当初、俺の部屋で会う予定だったのが、そのアパートは朝から断水していた(工事用重機が水道管を傷めてしまったのだとか)

 

集合場所をファストフード店やファミリーレストランに変更するのではなく、チャンミンの部屋を指定したワケは、公の場じゃ「えっちなことができないから」、だけじゃない。

 

チャンミンの部屋ってどんな風なのかなぁ、って興味があったんだ。

 

好きな人のことって、何でも知りたいものだろ?

 

特に、恋愛初期の頃は。

 

渋るチャンミンの声に、拒否られたと俺の心は受け取って、しゅんと萎んできた。

 

俺の沈んだ声に、チャンミンは慌てて言った。

 

「ごめんね、ユノ。

ユノに来てもらいたくない、っていう意味じゃないんだよ。

ユノが困るかなぁ、と思ったんだ」

 

「困るって、俺が?」

 

「うん。

僕ね、家族と暮らしているの。

1人暮らしじゃないんだ。

ユノの部屋にいけなくて、残念だよ...。

ユノはどんな部屋で生活しているか、知りたかったから」

 

「...チャンミン...」

 

俺とおんなじこと思ってたなんて...胸がきゅんとして、拗ねた心もほどけた。

 

「実家暮らしなんだ、へえぇ」

 

「祖父母と3人暮らしなんだ」

 

「そうなんだ」

 

両親は?と尋ねそびれてしまった。

 

もし悲しい話なら、不躾に尋ねるのをはばかれたし、いやいや、こういうデリケートな内容は最初のうちに、さらっと訊いてしまった方が、チャンミンとしても気が楽かもしれない、とか、あれこれ考えるいつもの俺の癖のせいで、しばし無言になってしまった。

 

「父は亡くなっていて、母は再婚してどこかにいる。

僕はじーちゃん、ばーちゃんに育てられたんだ」

 

「そっか...」

 

「ほらほら~。

笑って、ユノ?

暗い話でもなんでもないんだから」

 

「うん」

 

チャンミンの家は、俺のアパートと大学を挟んだ反対側にあった。

 

「へえぇ」と感心したのは、ご近所に暮らしていても、その気で出会わなければ接点がない、という点だ。

 

大学の裏門で待ち合わせをし、チャンミンに案内されながら、見慣れない風景に俺はキョロキョロしていた。

 

俺の生活圏は、表門側一帯だったから、チャンミンに案内されなければ、裏門側の住宅街にわざわざ足を運ぶことはなかっただろう。

 

「小さい頃からここに住んでたの?」

 

「うん。

ここが僕の地元だよ。

どうしても進学がしたくて...家から近くて学費が安いところとなると、この学校を目指すしかなかったんだ」

 

「頑張ったね、チャンミン」

 

「頑張って勉強したよ~。

あ...ここだよ」

 

俺たちはごくごく普通の一軒家の前で立ち止まった。

 

「!」

 

チャンミンにぎゅっと手を握られて、驚いた俺はチャンミンの顔を見る。

 

今まで手を繋ぎたいのを我慢していたのは、ここは往来の場で公共の場なのだ。

 

門扉を開けて、家の中に通され、チャンミンの自室に入ったらすぐにしたいこと...道中ずっと、我慢してきたこと。

 

「チャ...!」

 

俺の唇はチャンミンのそれに塞がれた。

 

目をつむるタイミングを失い、チャンミンの頭越しに大学講堂の先端。

 

チャンミンの行動は予測不可能。

 

俺たちの側すれすれを、原付バイクが通り過ぎた。

 

明日からの新学期。

 

こんな風にチャンミンは、俺をドギマギさせることをごく当たり前に、さらりと自然にしてくるんだろうなぁ、と予感した。

 

 

(つづく)

 

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