~チャンミン~
ユノはベッドに腰掛けると、僕の手をとり指と指とを絡めてきた。
「まあ...俺たちは、世間一般的にみれば少数派だ。
そういう人間の存在は知っていても、身近にいれば物珍しげに遠巻きに見てしまっても仕方ない。
ところが俺たちは、もとはノーマルだ。
これまでの俺たちを知っている者から見れば、
『こいつ、どうしちゃったんだ!』
『これまで隠してきたのか!』
と、驚きと拒絶感が前面に出てきても仕方ない」
「...それくらい、分かってるよ」
頭では一昨日みたいなことが起こるだろうと、身構えていたけれど、実際に冷ややかな目でみられたら、ショックを受ける。
それも、親しくしていた友人に。
「噂は...Dかな?」
「DちゃんやAが直接言いふらさなくても、2人から話を聞いた友だちが広めた可能性も高い」
じっと考えたのち、ユノはため息をついた。
「俺たちは彼女たちに恨まれて当然だ。
いつかはこうなるだろうなぁって、予想はしていたから...予想よりは遅かったね」
「遅かったからマシとでも言いたいの?
ユノは実際に嫌われていないから、余裕なことが言えるんだよ!」
ユノに突っかかり、一昨日に湧いてきた怒りを彼にぶつけてしまった。
ユノが悪いわけじゃないのに...。
「チャンミンの気が楽になることを教えてやるよ」
ユノは座り直して、僕の方に向き直った。
「俺もね...一人になっちまった」
「え...?」
「一人、ってのは大げさかな。
10人いる友だちのうち、7人は失ったかなぁ。
残ったうち1人は女子だ。
面白がったり、恋愛相談をしょっちゅう持ち掛けるようになった。
映画やドラマであるだろ、女子の相談役になってるゲイが?
女子の気持ちを理解してるからって。
俺たちは違うのに...。
...誤解しまくりなんだよなぁ」
「あとの2人は?」
「同じ高校だったんだ。
俺のことをよく分かってくれてる奴らだよ」
「...そうなんだ」
ユノも似たような経験を既にしていたのに、僕には一切漏らさなかった。
「チャンミン」
この後のユノの台詞に、僕は苦しくなった。
「俺が男で...ごめんな」
「ユノっ...!
男でごめん、なんて言わないで」
繋いだ手を離し、ユノの肩を揺すった。
ユノはぐらぐらと、僕に揺すられるがままでいた。
「僕の方こそ、男でごめんね?
お尻なんて嫌でしょ?」
「チャンミ~ン。
俺たちは今、恋愛について話してんの!
話題はケツじゃない!」
「分かってるってば!
僕はユノが好きだから、ユノと付き合ってんの!
後悔はしていない。
ただね、哀しくなってしまっただけなんだ。
う~んと...さっきはごめん。
ユノに話して楽になったよ」
「ケツの話は?」
「この前、出来なかったでしょ?」
「あ~、確かに」
「お尻にショックを受けたんだろうなぁって。
構造が違うでしょ?」
「穴であることには変わりないじゃん。
え!?
チャンミンは女の子のアソコがどうなってるのか、知ってるんだ?」
「...僕だって...知ってるよ。
童貞だからって馬鹿にするな!
ふぅ...。
あそこは排出するところだし、簡単には入らないみたいだし、乾いてるし。
つまりね!
女の子のアソコと違うってこと!
引いてしまったんでしょ?
だからだよ...男でごめんね、って言ったのは!」
怒った風の僕の言い方は、「ごめん」と謝ってはいても、開き直りの精神でいたのだ。
「うまいこと出来なくて、ごめんな」
「いいって。
僕も怖かったし...」
僕らはもう一度手を繋ぎ、ぱたんと二人同時に後ろに倒れた。
「はあ...なんと世知辛い世の中」
「障害があるほど燃えるぜ精神でいこうか?」
「うん」
繋いだ手に力を込めた。
僕らはしばし、黙ったままでいた。
「いいこと思いついたぞ」
突如、ユノは跳ね起きたので、僕もそれに倣った。
「いいか。
俺たちの周りには...」
僕の身体のラインを、人型に両手でかたどった。
「空気の層がある」
「空気の層?」
次にユノはもっと大きく、僕のラインをかたどった。
「この空気の層は、とても強力なバリアなんだ」
ファンタジックな例えに、僕は吹き出してしまう。
「笑うところじゃない。
俺は真面目に話しているんだ。
最後まで聞くんだ」
「わかったよ」
「ごちゃごちゃ言う奴のことは無視しろ。
このバリアのおかげで、俺たちのことを気味悪がる悪口は、俺たちの心には突き刺さらない。
俺がそばにいなくても、チャンミンのことをちゃ~んと想ってるから。
どんと構えていろ」
僕は自身の不快感と不安感ばかりに気をとられていて、ユノのことまで考えが及んでいなかった。
「友達が減ってしまっても、俺がいるんだ。
メソメソするな」
「うん...」
「俺はいわゆる...チャンミンの彼氏だけど、俺たちの事情を知らん奴からしたら、友人同士にしか見えない。
ここが男同士のいいところだ」
「...でもさ、いつかは噂が広まるんじゃないの?」
「チャンミ~ン。
うちの大学に何人学生がいると思ってるんだよ?
俺たちはミスター何じゃらじゃないんだ。
誰も注目する奴はいないって」
「でも、分かんないよ?
僕らの名前を知らなくてもさ、『あの子たちよ』って指さされるかもよ?」
「でもでもばっかり言うなよ~」
「でもっ!」と次いで出てしまった口を慌てて押さえた。
「コソコソ言われるのが嫌なら、俺と別れるか?」
ユノの台詞に、背筋が凍った。
「やだ!」
「だろ?
自信を持て。
俺はチャンミンと付き合えて、ほんっとーに嬉しいんだ。
雑魚どもの噂なんて気にするな...なんて、無理だよなぁ」
「...うん」
しょんぼりした僕の肩を、ユノはバシバシ叩いた。
「よし!
俺にいい考えがある!」
「?」
「決行は明日だ。
午後から会えるよな?」
「う、うん」
「チャンミンは堂々としていろ」
ユノの計画が何なのか、全く予想がつかなかったけど、自信満々の様子に僕は頷いた。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]