~チャンミン~
ユノは僕を驚かせる。
僕のお尻に怯んでいたユノが、大胆なことをやってのけた。
今でもあの瞬間...周囲のざわめきが消えて無音になり、思考も真っ白になったあの瞬間が、夢に出てくる。
驚きの次に沸いてくるはずの怒りも忘れた。
なぜなら、そのキスがとても素敵なものだったから。
今はキスに集中しろ、といった風に、うなじをつかんだユノの手は力強かった。
ユノの心の声に、僕は心の中で頷いて、重ね合わせた唇の湿り気と、中で暴れまわる舌同士の感触に集中した。
ユノは「目を閉じていろ」と囁いたけど、僕は薄目を開けていた。
僕らに注目しているはずの面々を確認するためじゃない。
柔らかい唇の感触、密着した頬の熱さと汗の香り、美容院にいきたてのもみあげの髪。
全部を確かめたかった。
ユノの尖った耳の先や、やわらかさそうな耳たぶの映像が、色濃く記憶に残っている。
唇を重ねなおすごとに、僕はどうでもよくなってきた。
よそ見している間が勿体ない。
僕が注目し、味わい尽くしたいのは目の前の男なのだ。
拒絶反応を示したのは現在のところ、AちゃんとD、それからE君やF君と言った、狭い交友関係に限られていた。
過敏になり過ぎるあまり、全学生から指さされ心ない噂をたてられていると、妄想を逞しくさせてしまっていたようだ。
母数を広げてみれば、キモイと拒否感を示す者はごく一部で、面白がる者もいるけど、大半は無関心だと思う。
彼らは忙しい。
僕らも含めて若い彼らは、面白いこと珍しいものを常に探している。
教授の毛髪事情や、大学生協でコンドームが販売開始になったことだけで爆笑し、それらを飲み会のネタに大いに盛り上がれる人種だ。
そして、飽きっぽい。
僕のイメージはこうだ...城のバルコニーに立つ王と妃に、広場を埋め尽くした何万人もの民衆が卵をぶつけている。
このイメージも大げさだったみたい。
並木道を手を繋いで歩く姿も、カフェテリアで食べさせ合いっこしている姿も、駐輪所でこっそりキスを交わしている姿も、そのうち当然の光景になってくれるだろう。
僕らを放っておいてくれるだろう。
ユノの作戦ったらもう...凄いんだから。
~ユノ~
その日、一旦解散した俺たちは、夜になって俺の部屋に集合した。
チャンミンは昼間の一件に触れなかった。
「何てことしてくれたんだ」と怒るどころか、それに言及することもなかったため、俺は拍子抜けした。
俺も含めてチャンミンも、目下の問題が解消したからなんだろうな。
俺の意図をチャンミンがどう解釈したかは分からない。
敢えて語り合わなくても、今はいい。
すっきりと、リラックスした表情で俺の隣にいてくれるだけで、俺は十分なのだ。
いつか、笑い話のネタとして話題に出てくるだろう。
計画は成功だった。
・
「ユノ」
「うん?」
テーブルに広げたコンビニ弁当を食べていると、チャンミンがあらたまった風に俺を呼んだ。
「僕んとこ、見てみる?」
「?」
チャンミンは立ち上がると、ズボンを脱いだのだ。
「!」
その潔すぎる行動に、俺はあっけにとられてチャンミンを見上げるばかりだった。
パンツも脱いでしまうと、くるりと俺に背を向けた。
「!!!」
チャンミンの中心線のお終いに、蛍光色のワインオープナーが刺さっている。
俺の胸はきゅん、としなった。
スイッチが入った。
飯の最中だったのが、カチッとエロのスイッチに切りかわった。
チャンミンの覚悟に応えないと!
いつまでも悶々と悩んでいる自分が馬鹿らしい、俺より負担が大きいのはチャンミンなのだ。
俺も服を全部脱ぎ、チャンミンの首にタックルして、二人もろともベッドに横倒しになった。
「刺したまま来たんだ?」
「ここまで走ってきたんだけど、奥に響いて仕方がなかったよ。
女の子みたいに内股になっちゃってさ、変な走り方になっちゃった」
どうりで、さっきからもぞもぞしていたはずだ。
「どんな感じ?」
「うーん...悪くないよ。
これって初心者向けのやつだから、想像よりは難しくなかった」
階下にじーさんとばーさんがいる部屋で、ドアをカラーボックスで塞いだうえで、チャンミンはこれを仕込む練習をしていたのか...。
その姿に興奮できるほど開発されていない俺は、「すげぇな」とチャンミンを褒めるしかない。
唇を重ね、熱い吐息まじりにチャンミンは「抜いて?」と。
俺は頷いて、横たわったチャンミンの脇に座り直した。
オープナーの輪っかに指を引っかけた。
深呼吸を繰り返すチャンミンの下腹は、大きく波打っている。
ほんの5ミリほど引っ張った瞬間、チャンミンの腰がびくんっと跳ね上がった。
「怖いのか?
止めようか?」
「いや...平気...。
びっくりしただけ。
一気にいっちゃってよ」
ワインオープナーを...20年寝かしたワインのコルクを、慎重にひねり抜く。
「どう?」
「平気っ。
ゆっくりやられると怖いから、一気にお願い」
「ああ」
俺はゆっくりゆっくり、オープナーに吸い付く入り口から目を離さず、コルクを抜いていく。
「ふっ...」
「あと少しだ」
俺の全身から汗が吹き出し、胸の谷間をつたう感覚も分かるくらいだった。
自分で出し入れするのと他人に任せるのとでは、ドキドキ度が違うのだろう。
強がっているのは、シーツを握りしめた手が震えていることから伝わってきた。
抜けた...!
チャンミンから解放されたそれは、想像より細く短く、納得の初心者用だった。
直後は小指ほど開いていたそこも、目を離しているうちにぴたり、と閉じてしまった。
(つづく)
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