(3)結婚前夜

 

 

~チャンミン~

 

 

「...子供は?」

 

ユノが口を開いた。

 

「...いない」

 

「作らないのか?」

 

「いらない」

 

「嫁さんは?

欲しがらないのか?」

 

「もう、いない...よ」

 

「え...?」

 

「別れたんだ。

あの後、すぐ」

 

「...そっか...」

 

僕は腕をほどいて、ユノを覗き込んだ。

 

ユノの反応を確かめたくて。

 

ところが全然、嬉しそうな表情じゃなかった。

 

僕が結婚早々別れてしまったと聞いて、ユノは喜ぶと思っていた。

 

ユノの心にはもう、僕はいないんだ。

 

 

「どうして、あの時別れるって言ったんだよ!」

 

我慢も限界だった。

 

全部、ぶちまけてしおうって。

 

未練がましくユノを呼び出した時点で、みっともない男に成り下がっていたのだから。

 

「そのおかげで、助かっただろ?」

 

「でも...!」

 

「今さらいいだろ、そのことは...」

 

苛立たし気にそう言うと、ユノは僕を膝から下ろした。

 

「忘れよう」

 

「嫌だ。

もう会わない方がいい、なんて言われて...。

僕はそんなの...嫌だった。

ユノと別れる...っなんて...っ」

 

しゃくりあげてしまって、言葉を発するのが難しい。

 

「別れるもなにも...そもそも付き合ってもいなかったんじゃないの、俺たち?」

 

「え...?」

 

ユノの言葉に、僕の心が凍り付く。

 

「会って、ヤッて...それだけだっただろう?」

 

「...そんな」

 

ユノの言う通りだ。

 

でも、それだけじゃなかったでしょ?

 

ホテルに向かう車中で、前戯の最中に、ことの後チェックアウトまでの残り時間に、テーマを決めない言葉のやりとりがあったじゃないか。

 

楽しかったのに。

 

挿入された時の快楽だけを求めていたわけじゃなかったのに。

 

今の僕なら、あの時のユノの気持ちがよく分かる。

 

まっとうな道へ進もうとする、大切な人の邪魔はしたくない、と思うこと。

 

みっともなく引き留めたり、未練がましく関係を引きのばそうとしたりせず、いさぎよく送り出してやりたい、と。

 

だから今この時も、あの時のユノのように振舞わなければならないのだろう。

 

「今日はよかったよ。じゃあな」って。

 

そして、それきり会わないのだ。

 

5年前。

 

ユノに送り出された僕は、新婚なのに全然幸せじゃなかった。

 

半年と待たずに、破局した。

 

妻となった人を抱けなくなり、深い愛情を抱けなくなった。

 

抱けないのなら誰かに抱いてもらおうと、その手の誘いにのってみたりもした。

 

怖気が走って、下着をつける間もなく逃げ出した。

 

僕が正直にならなかったばかりに、彼女もユノも傷つけてしまった。

 

僕が酷いのは、ユノを捨てて彼女を選んだのに、彼女を幸せにすることもできなかったことだ。

 

彼女を傷つけ、ユノも傷つけた。

 

あの日、ユノを選んだとしても、やっぱり彼女を傷つけてしまっていた。

 

もっと遡ってみる。

 

ユノと出逢った時点で、既に彼女を傷つけていたんだ。

 

僕が全部悪い。

 

「婚約破棄はしたくなかったんだろ?

挙式前日に、ナシになんて出来ないよなあ。

いいとこのお嬢さんだったよな、嫁さんは?

男のセフレはリスキーすぎる。

切り捨てやすいのは...俺、だったわけか?」

 

「違う!

僕はユノと別れるつもりなんて全然なかったんだよ?

あのまま、関係を続けていけたのに...それなのに...っ。

もう会わない、って言うなんて...っ...うっ...」

 

涙が次々と溢れてくる。

 

ベッドに腰掛けたユノの前で、僕は子供のように泣きじゃくっている。

 

「それってさ、つまり俺というセフレはキープ、って訳だろ?

チャンミンにとって、俺という男はその程度だったんだ?

酷い男だな」

 

「そんなんじゃないっ...」

 

「じゃあさ。

あの日、お前をかっさらっていけばよかったのか?

それも困るだろう?」

 

「......」

 

「ほらな。

そもそも、俺は天秤にもかけられていなかったわけだ。

悲しい話だ。

お前は、嫁さんとも俺とも両方、よろしくやりたかったんだろ?」

 

はっきりと言い当てられた。

 

これは、5年前のユノが、僕にぶつけたかった怒りの言葉だ。

 

「はっきり言うぞ。

俺はセフレなんて欲しくないんだよ。

不倫なんて、まっぴらごめんなんだよ」

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

俺は立ち上がり、チャンミンに背を向けたまま下着をつけた。

 

シャワーを浴びていってもよかった。

 

でも、そうしなかった。

 

ことの後、シャワーを浴びる俺の背後に忍び寄り、チャンミンはぴたりと身体を寄せてくる。

 

チャンミンのおねだりに応えて、バスルームでの第2ラウンドが開始されるのだ。

 

かつてのお決まりのパターン。

 

それは、困る。

 

まだ俺たちが、各々の立場を無視して、無邪気に抱き合っていられた頃の話だ。

 

もうこれきり、チャンミンとは会わない。

 

今日だけの逢瀬だ。

 

なかったことにすべきこと。

 

気紛れに俺を呼び出して、話をするだけのつもりが結局は抱かれた。

 

離婚しただの、子供はいないだの、言い訳を聞かされた。

 

別れを切り出した俺を、それとなく責めた。

 

責めたいのは俺の方だよ。

 

泣きじゃくってもう止めてくれと懇願するまで、勘弁するつもりはなかったのに加減した。

 

苦痛に顔をゆがめるチャンミンが哀れだった。

 

快楽とは程遠いセックスだった。

 

むなしさだけが残った。

 

なぜ、あの電話を無視しなかったんだろうと、後悔していた。

 

会ってしまえば、もっと会いたくなるから。

 

憎らしくて、愛しい男。

 

俺は明日、結婚する。

 

そんな俺に今のチャンミンは手出しできない。

 

出来ないはずだ。

 

(つづく)

 

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