あなたのものになりたい(11)

 

 

~ユノ~

 

ページの端が折られたカタログをめくって、接続したWebサイトの注文ページに入力していたところだった。

 

ごく控え目に音楽を流したリビングに、カチカチとマウスをクリックする音だけが響く。

 

チャンミンの希望通りに、どこに使うのか見当がつかない溶岩に首を傾げ、種苗ポット、革製の園芸手袋などを注文していく。

 

業者の手によって人口的にまとめられたルーフバルコニーの庭園は、チャンミンの手によって野趣あふれる空間に様変わりしていた。

 

名の知らない草花が花壇を埋め尽くしていた。

 

元からあったリンゴの木の側には、姫リンゴの苗木が植わっている。

 

さながら、俺たちの秘密の庭園をこしらえようとしているかのように。

 

チャンミンは今、庭いじりに夢中なのだ。

 

仕事部屋から、花壇の前にしゃがみこんで作業をしている、麦わら帽子のチャンミンに、知らず知らず笑みがこぼれてしまうのだ。

 

何度も読みこんだらしいカタログは、反りかえっている。

 

欲しいものがあれば何でも注文してやるぞ、と言っていたが、チャンミンが欲しがるものは植物の種子や園芸道具くらい。

 

ゲーム機も電化製品も服飾品も、チャンミンは「いらないし、わからない」と言って首を振っていた。

 

クルーザーが欲しい、と請われれば、買ってやっただろう。

 

それくらい、俺はチャンミンの言いなりだ。

 

洋服に関しては相変わらず興味がないようで、俺が代わって適当に見繕ってやっていた。

 

日に1度、近所を散歩する程度で、自宅にこもりっきりの生活じゃあ、欲しいものは見つからなくても当然か。

 

もっと、いろんなところに連れていってやらないと。

 

「お兄さんは、一日中パソコンに向かってますね。

お仕事ですか?」

 

「チャンミンご所望のあれこれを注文しているところだよ」

 

「ありがとうございます」

 

「インターネットの使い方、教えようか?

そうすれば、自分で好きな時に好きなだけ注文ができるぞ?

調べ物もできるし、便利だそ?」

 

そう勧めたら、ディスプレイをじっと眺めていたチャンミンは、「僕は...いいです」と首を左右に振った。

 

「簡単だよ」

 

俺は立ち上がり、チャンミンの腕を引いて椅子に座らせた。

 

ぎこちなくマウスを動かすチャンミンの手に、俺の手を重ねた。

 

俺の手よりも一回り小さな手だった。

 

「電源を入れたら自動でインターネットに繋がるように設定しておくよ。

矢印マークをここだ、と思ったところで、クリックする...カチッとする。

そうそう...上手い上手い」

 

チャンミンを褒めると、俺を振り仰いで嬉しそうに目を細めた。

 

俺はかみ砕いた言葉で辛抱強く、操作手順を教えてやった。

 

チャンミンは飲み込みの早い、優秀な生徒だった。

 

「このサイトなら、食べ物からチャンミンの欲しい道具も花もなんでも手に入るんだ。

で、ここをクリックすると...注文確定、だ」

 

チャンミンの顔を覗き込んだ。

 

「あれ?」と思った。

 

新しい世界が広がって、その眼は期待感で輝いていたけれど、どことなく戸惑ったような不安感をたたえていたからだ。

 

「お兄さん...」

 

チャンミンは椅子をくるりと回転させると、俺の首にしがみついてきた。

 

「インターネットを覚えたから、ご褒美をください」

 

力強く引き寄せられ、前かがみになった俺はバランスを崩して、デスクに手をついて支えた。

 

「ご褒美って何?」

 

チャンミンが何を欲しがっているのか分かっていた。

 

未だ躊躇の意識が根づいている俺は、誤魔化すために、PCのディスプレイを指さした。

 

「欲しい物を注文してみたら?

練習代わりに?」

 

「いい加減にしてください!」

 

チャンミンの鋭い声に、ディスプレイを指していた手で彼の肩を抱いた。

 

「お兄さんが僕を抱けずにいるワケは、馬鹿な僕の頭でも分かります」

 

「チャンミンは馬鹿じゃない。

自分のことをそんな風に言ったらいけない」

 

 

「お兄さんは『お客』で、僕はお金をもらってえっちをする『犬』でした。

 

お兄さんはひと晩どころか、お金をいっぱい払って、僕を買い取りました。

 

買い取るには、いっぱいいっぱいお金がいります。

 

お兄さんのおうちに僕を住まわせてくれて、せっかく僕を買い取ったのに、お兄さんは僕とえっちをしてくれません。

 

『チャンミンはもう、犬じゃないし、俺も客ではない』って、しょっちゅう話していましたよね?

 

分かってます。

 

お兄さんの優しさだって。

 

人間らしい生活を送って欲しい、って思ってくれているって。

 

でもね、僕は不安なんです。

 

僕の価値は、僕の身体を使ってどれだけ気持ちよくなってくれるか、なんです。

 

僕の不安はえっちをすることでしか消えません」

 

 

チャンミンがこれほど多くの言葉を話したことは初めてだった。

 

ずっと胸の中に仕舞ってきた本心なんだろう。

 

俺自身の信念みたいなものが、チャンミンを不安にさせてきたのだ。

 

チャンミンの中に、俺に対する恋心のようなものが存在しているかどうかは、現段階では分からない。

 

チャンミンには『抱いて欲しい』とねだることによって、感謝と愛情を表現できないだけだ。

 

『犬』出身のチャンミンとどう接すればいいのか?

 

チャンミンにしてやってきた行動は正解だったのだろうか?

 

性的な接触は避けるべきだ...俺もチャンミンも『犬』出身なんだから。

 

そんなことばかり頭で考えて、自問自答を繰り返してきた約2か月間だった。

 

「僕とえっちをしてください」

 

俺の耳元で囁くチャンミンの吐息が熱かった。

 

ぞくり、とした。

 

「分かった。

ここじゃなんだから...。

寝室に行こうか?」

 

チャンミンの唇を塞ぐと、俺の唇を割って彼の舌が侵入してきた。

 

口内で舌どうしを絡め合い、寝室までの距離をもどかしく、足をもつれさせる。

 

互いの背中を何度も抱き直す。

 

もっと早く、こうしていればよかったのだ。

 

 

(つづく)

 

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