(15)なたのものになりたい

 

 

~チャンミン~

 

 

「ここを押して...よし!」

 

パソコンに向かった僕はいつも、独り言をこぼしてしまう。

 

お兄さんに教えてもらった順番通りに、注意深くボタンを押してゆく。

 

画面はあまりにカラフルで、花壇に咲く花々の色とりどりさとは違っていて、長く見ていると目がチカチカしてくる。

 

注文を終えてホッとした後、僕は写真を頼りにボタンを押してゆく。

 

マウスを包んだ右手はもう震えていない...よかった、慣れてきた。

 

「あ!」

 

お兄さんが好きなピンク色のお酒を見つけた。

 

「何でも注文していい、って言ってたよね」

 

僕はお兄さんを喜ばせたくて、甘くてイチゴの風味が美味しいそのお酒も注文することにした。

 

お兄さんに教えてもらった通りに、キーボードで個数を入力し、『買い物かごへ入れる』の緑ボタンを押して、次に右上の買い物かごのイラストボタンを押した。

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

チャンミンは性にどん欲だった。

 

無数の客を相手にしてきて嫌気がさしてもおかしくないのに。

 

「飽きないのか?」と尋ねたら、

 

「お兄さんは別です。

あの頃は、心を消していましたから」と答えた。

 

チャンミンの中で『犬』時代は過去のものとなりつつある気配を、彼の言葉から感じとられるようになってきた。

 

「お兄さんとのえっちは、すごく気持ちがいい」

 

俺の太ももの間に身を伏せると、ぐりぐりと頬を埋めてくる。

 

「くすぐったいよ!」

 

チャンミンの口内で、俺のものは復活を遂げる。

 

頬張ったまま、「お兄さんが大好きなんです、大好きです」と繰り返した。

 

チャンミンの唾液が、根元まで垂れ落ちた。

 

「お兄さんのここもすべすべですね」

 

チャンミンは細い指をそこで滑らせた。

 

チャンミンだけじゃなく、『犬』出身の俺も処理してあった。

 

その頃には我慢の限界で、チャンミンの腰をつかんでひっくり返した。

 

懐っこい大型犬の眼をしていたチャンミンの眼に、妖しい光が灯る。

 

俺の下敷きになったチャンミンは身をくねらせ、長い首をのけぞらせて俺を誘っている。

 

チャンミンの喉元に色素沈着の帯が巻きついている。

 

その帯を避けて、噛みつくように鎖骨をきつく吸った。

 

「おい!

足を緩めろ...これじゃあ...動かせない」

 

俺の腰に力いっぱい巻き付いた膝を叩いた。

 

駄目だ...俺の言葉は、チャンミンの耳を素通りしている。

 

チャンミンはここではないどこか...快楽の世界に意識が飛んでしまっているだろうから。

 

と、チャンミンに手首を捕らえられ、首へと誘導された。

 

求めに応じた俺は、チャンミンの首を絞める。

 

絶頂の直前、チャンミンは自身の手首を噛んでいた。

 

俺たちの行為はこのように激しく、苦痛の手前を行ったり来たりしている。

 

一度スタートを切れば、何時間でも交わり合えるのだ。

 

 

 

 

「...これは」

 

届いたものに俺は絶句した。

 

「え...!?

僕...10個のつもりで頼んだのですが...」

 

「そっか」

 

届いたのは10ダースのイチゴのリキュールだったのだ。

 

「ごめんなさい」

 

申し訳ない気持ちでいっぱいで、しょんぼりしているチャンミンの頭を胸に引き寄せた。

 

「間違えても仕方がないよ」

 

俺は全く腹を立てていなかった。

 

チャンミンは俺を喜ばせようとしただけだ。

 

「ごめんなさい」

 

「二人で頑張って飲もうか?

おつまみも買ってきたから、飲み会スタートだ」

 

この時に「もしかして...?」の疑いが湧いてきた。

 

 

 

 

どうしても外出をしなければならない日だった。

 

チャンミンの好物のひとつ、ソーセージの盛り合わせをテイクアウトしてきた。

 

玄関ドアを開けた途端、きな臭さに何かが起こったと直ぐに分かった。

 

匂いの出処はキッチンのようだった。

 

寒気が走った。

 

「チャンミン!」

 

真っ先に頭に浮かんだのは、真っ黒に焼け焦げたフライパンの像だった。

 

靴を脱ぐのももどかしく土足のまま駆けたのは、チャンミンが火傷したのでは、と心配したからだ。

 

「チャンミン!」

 

キッチンカウンターの隅で、膝を抱えたチャンミンがいた。

 

泣きはらした顔で、鼻も頬も真っ黒になっていた。

 

チャンミンなりに収拾をつけようと焦っていた痕跡...床は水浸しでボウルが転がり、何枚ものタオルが丸まって落ちていた。

 

砕けたグラスの脇に、ヤカンがあったから、熱湯を注いだのだろう。

 

カウンターから落ちた箱からココアがこぼれていた。

 

留守中に飼い犬が悪戯の限りを尽くし、帰宅した飼い主を絶句させた...まさしく今の状況はそうだった。

 

「怪我はないか?」

 

俺はチャンミンの側にひざまずき、彼の腕や手を確かめた。

 

無傷だったことに、「よかった...」と安堵の吐息を漏らした。

 

「ごめんなさい...」

 

「いいさ」

 

惨事の元は電子レンジだった。

 

衝撃で開いたのか、慌てたチャンミンが開けたのか...。

 

原形をとどめないほど真っ黒に焼け焦げ、ぺしゃんこに溶けたものがある。

 

煤だらけの庫内は、水浸しだった。

 

火花が散り、煙が上がったことに慌てたチャンミンが、水をかけたのだろう。

 

スプリンクラーが作動しなくて、大惨事にならずに済んだ。

 

チャンミンの夕飯に冷凍ラザニアを食べるようにと、声をかけて外出したのだ。

 

オーブンで焼くタイプのラザニアを、電子レンジにかけてしまったようだ。

 

「トレーはアルミ製だから、電子レンジは危険だ。

ここに書いてあるだろう?」

 

呼び寄せたチャンミンに、説明書きを指し示した。

 

「......」

 

「電子レンジ厳禁、って」

 

「......」

 

「...そうか。

ちゃんと説明しておかなかった俺が悪いね」

 

この電子レンジは廃棄処分だが、チャンミンが無事でよかった。

 

「壊しちゃってごめんなさい」

 

「また買えばいい。

チャンミンは悪くない。

説明不足の俺が悪い」

 

チャンミンの鼻も頬も煤だらけだった。

 

「真っ黒だぞ?

風呂に入るか?」

 

「はい!」

 

インターネットに気乗りしない曇った表情を見せた訳が、ここで判明した。

 

120本の酒を注文してしまった訳も、同様だ。

 

...チャンミンは文字が読めない。

 

2か月間、俺に知られないよう、曖昧な笑顔で誤魔化し、巧妙に隠してきたのだ。

 

自分を恥じていたのだろう。

 

可哀想だとは思わなかった。

 

これから覚えればいいことだからだ。

 

 

(つづく)

 

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