~ユノ~
絶頂の間際で口にした言葉。
「好きだ」と。
愛おしくてたまらない。
興奮のあまり口走ってしまったような、刹那的なものではない。
素面ではとても口にできなかったのが、下半身が繋がりあい、感情も肉体も興奮で昂ったあの時ならば可能だった。
...知らなかった、俺は照れ屋な男らしい。
どれだけの時が経とうと、チャンミンとは友人同士でいようと、彼を俺の家に連れてきた時にそう心に決めた。
チャンミンの元々の身分を思えば余計に、俺たちの間に性的な繋がりを持ったらいけないのだと。
俺は世間知らずのチャンミンを見守ることも多く、自然と保護者役になってはいた。
チャンミンの正確な年齢は分からないが、明らかに俺の方が年上で、兄と弟に近いかもしれない。
とは言え、俺たちは「友人同士」で「同居人」だ。
そう何度も言い聞かせてきた。
ところが、チャンミンと性的な関係を持つようになった時、その自制は壊れた。
チャンミンにのめり込みかけていた時で、その堰も脆くなっていたから、たやすく壊れた。
・
抱き合っている時の俺たちは、より対等に近づく。
チャンミンの話しぶりから判断するに、誰かと恋愛関係を結んだ経験はないだろう。
俺が『犬』になったのは、20代初めだったから、『犬』以前...10代半ばに淡い恋心を抱いた経験があるにはある。
だから、恋愛感情がどのような感覚が湧きおこるのか、なんとなくは知っているのだ。
チャンミンの言う「好き」には、どのような感情を含まれているのか。
チャンミンに尋ねないと。
気持ちを知りたくなった。
・
何度交わっても足りない。
攻められるのを好むチャンミンに合わせているのではない。
俺自身、攻める行為を好む。
俺のサディズム傾向とチャンミンのマゾヒズム傾向が合体した時、行為がどれほど激しいものになるか。
もちろん、血を流すようなハードなものではない、どこまでも甘美なものだ。
苦痛を越えた快感に沈むチャンミンは、美しい顔を惚けたものへと成り下がっている。
その色気ある表情を、たまらなく美しいと思った。
愛情を注ぎ、肉欲を満たすために思いつく、ありとあらゆる体位で繋がった。
俺の下で尻を突き出すチャンミン。
赤く腫れあがった尻をしたチャンミン。
人の関節とは、こうも可動域があるのかと、軟体動物と化したチャンミン。
「お兄さん、もっと...もっと」
甘い悲鳴をあげるチャンミン。
今の俺の眼はもう、かつての無数の客たちと重ね合わすことはなくなった。
チャンミンの首でダイヤモンドのチャームが揺れる。
チャンミンはあれの装着を嫌い、彼の中に直接注ぎ込むことになる。
2度も3度も達した時、チャンミンのそこから白濁したものが彼の内ももを汚す。
~チャンミン~
僕は今、とても怒っている。
お兄さんと僕の家に、女の人がやってきた。
僕は女の人が大嫌いだから、睨みつけてやった。
ぎりりと音がするんじゃないってくらい、力いっぱい睨んでやった。
僕をたしなめるように、お兄さんも怖い顔をしたけれど、僕は構わず女の人を睨んでやった。
ついさっきのことだ。
僕はいつもの恰好で...Tシャツとパンツだけ...勉強をしていた。
勉強に疲れたら、うっすら痣が付いた手首をうっとりと眺めた。
昨夜の僕たちは凄かった。
目をつむって思い出しては微笑んでいたら、僕のおちんちんが大きくなってきた。
お兄さんを誘おうかな、と思った時、お兄さんがやってきて「人が来るから服を着ろ」と言った。
「人?」
僕らの家に、誰かが訪ねてくるのは初めてだったから、とても驚いた。
「さあ、服を着ろ」
「え~、嫌です」
渋っている僕に、お兄さんはてきぱきと服を着せてしまった。
「チャンミンはテレビでも見ておいで」
お兄さんと女の人は、お兄さんの書斎に閉じこもってしまった。
僕はドアに片耳を押しつけて、どんな微かな音も聞き漏らさないよう集中した。
ぼそぼそと何やら話をしている。
お兄さんの書斎は寝室と繋がっている。
寝室にはバスルームもある。
血の気がひいた。
お兄さんとあの女の人は、えっちをしているんだ!
今すぐドアを開けて、寝室へ乗り込んでゆきたかった。
でも、そんなことをしたらお兄さんはもの凄く怒ると思う。
僕は廊下の壁にもたれて座り、書斎のドアが開くのを待った。
1時間ほど経った頃、ドアが開いた。
直ぐにそこに僕が待ち構えているから、女の人は目を丸くし、お兄さんはため息をついた。
お兄さんも女の人も髪の毛が乱れている風には見えなかった。
それでも疑わしい。
僕はベッドのシーツの匂いをくんくんと嗅いだ。
アレの匂いには敏感なんだ、すぐにわかる。
「何やってるんだ!?」
お兄さんの怒鳴り声を無視して、シーツの真ん中の辺りをくんくん嗅ぎ続けた。
「犬みたいな真似はよせ!」
お兄さんにうなじをつかまれて、ベッドから引き離されてしまった。
「...だって」
僕は膝を抱えた腕に顔を埋めた。
「お兄さんとあの女がえっちしていたんじゃないかって...!」
お兄さんはため息をついた。
「『あの女』なんて言い方はいけないよ。
彼女と俺が...するわけないじゃないか」
「お兄さんのコイビトですか?」
「...チャンミン」
「そうですよね。
お兄さんみたいなカッコいい大人なら、コイビトがいて当たり前ですよね」
「...違う。
あの人とは仕事上の関係だ、それだけだ。
俺が出向く代わりに、彼女がここに来てくれただけの話だ」
「本当の話ですよね?」
「ああ。
本当の話だ」
シーツにはお兄さんと僕の匂いしかしなかった。
「よかったです...」
「チャンミン」
お兄さんはひざまづいて僕の肩を抱いた。
「俺は『犬』時代は女性を抱くこともあったが、それ以外では抱いたことはない」
「そうなんですか?」
「ああ。
俺はもう『犬』じゃない。
俺が抱くのは『恋人』だけだ」
「コイビト...」
お兄さんの言葉の意味を理解するまで、頭が悪い僕には少しだけ時間が必要だった。
「お兄さんは僕のことをコイビトだって、思ってくれてるんですね?」
「そうだよ」
(つづく)
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