~ユノ~
俺たちは屋上庭園にいた。
夏も終わりの頃だというのに残暑厳しく、「気温35度になるでしょう」と天気予報士が深刻そうな表情で言っていた。
確かに、手すりの向こうのビル群は熱気で歪んで見える。
チャンミンは酷暑のせいで黄色くなってしまった葉を取り除く作業をしていた。
いつもの麦わら帽子をかぶり、花壇の前にしゃがみこんでいる。
多少は俺の注意を受け入れるようになったチャンミンは、Tシャツに短パン姿だった。
「お兄さん、僕のことずーっと見てるでしょう?
恥ずかしいです」
チャンミンは振り向いて笑顔を見せ、日焼けした頬がつやつやに光っていた。
短パンから伸びる長い脚は細く、膝頭の骨が浮き出ており、ビーチサンダルを履いていることもあって、とても子供っぽかった。
子供っぽいのに、いざ裸になって抱き合う時は大人以上に色っぽく成熟しているのだ。
子供と大人の間をくるくると行ったり来たりする。
どれが本当の姿なのか、本人も分かっていないのだろう。
精神の着地どころを探っている。
それが見つかった時こそ、彼が彼らしい人生を歩む時なんだろう。
それの手助けを俺はしているに過ぎないのだ。
「一生懸命に仕事しているなぁ、って感心していたんだ。
俺だったらとてもとても...外に出ようって気にならないよ」
俺はリビングの窓から張ったサンシェードの下にいた。
今日は仕事を休みにしようと決め、昼間から酒を飲んでいた。
「僕...日焼けしたでしょう。
でも...ほら、服のあとがくっきり」
チャンミンはTシャツの袖をまくって見せた。
「裸になった時、恰好悪いです」
「俺しか見ないんだから、構わないよ」
我ながら恥ずかしい台詞だなぁ、と口に出した後に自分で自分に驚く。
チャンミンと一緒にいるうち変わってきたこと。
それは、思っていることをそのままに近い形で、チャンミンに伝えていることだ。
俺の中の心のガードが緩んできたこともあるが、チャンミンの自信のなさを何とか消してあげたいからだ。
チャンミンは頻繁に自分を卑下するような言葉を吐く。
俺からの「そんなことを言ったらいけない」の言葉を期待しているのではなく、本心からそう思っているようなのだ。
チャンミンに自信を持たせる。
俺だけの言葉じゃ不十分なのだろうか。
俺以外の人間と接する機会を作ってあげた方がいいのでは、と考えるようにもなってきた。
そこで、先日、我が家に訪れた女性に異常に反応したチャンミンを思い出す。
その人物が異性であることもあってか、敵意をむき出しにしていた。
チャンミンに伝えた通り、俺と彼女は仕事上の関係で、ちらとでも恋愛感情を抱いたことはない。
恋愛感情なんて...これまでの俺には不要だった。
久方ぶりに得た誰かを愛しく想う感情。
悪くない、と思った。
同時に恐怖も手に入れてしまった。
チャンミンを「所有」しているつもりはないが、敢えて「所有」という言葉を使って言い表してみる。
「所有」することは、そのことに縛られてしまう。
つまり、失う恐怖と隣り合わせになる。
いつか俺も「所有」することに疲れてしまうのだろうか。
かつて俺の「主人」が「所有」することに疲れて、俺を手放したように。
それは出来ない。
理由はふたつある。
ひとつ目は、チャンミンはまだまだ、独りで生きてゆけるだけの術を会得していないから。
ふたつ目は、今の俺はチャンミンが愛しすぎて、手放したくなる時のことを想像することができないからだ。
「お兄さん、今夜もプールで泳ぎたいです」
無邪気に言っているが、その眼の奥に妖しく誘う光がある。
「泳ぐって...違う目的だろ?」
「まあ...その通りですけど」
チャンミンはストレートに認めて、ペロッと舌を見せた。
ああ、こういう仕草に弱いのだ。
苦笑した俺は、早速電話をかけた。
チャンミンの望みを叶えてあげられるだけの金があって、俺は幸運だと思った。
~チャンミン~
まるで肌色の洋服を着ているみたいになってしまった、自分の身体が格好悪い。
お兄さんは家の中に引っ込んでしまって、バルコニーにはいない。
よし、と僕は洋服を脱いでサマーベッドの上に寝転がった。
外した青いチョーカーはサイドテーブルの上に置いた。
太陽が眩しく目を開けていられない。
全身まんべんなくキツネ色になりたい僕は、ぎゅっと目をつむって我慢することにした。
お兄さんの前では綺麗でいたい。
お兄さんに抱かれている間、もうひとりの僕が覗き見している。
僕らが抱き合い、ごろごろ転がったり、複雑にからまりあっている光景を、息をのんで見つめているのだ。
逞しいお兄さんの下になる僕まで筋肉むきむきになってしまったら、むさくるしい。
女の人になりたいとは全く思わないけれど、「チューセイテキ」っていうの?
店にいた時のような身体付きでいたい。
お兄さんのところに来たばかりの時は、頑張って腕立てふせをしていたのが、今は全然していない。
お兄さんの家は、3方がバルコニーに囲まれていて、日当たりがいい。
ここまで小鳥は飛んでこない。
溶けてしまいそうに暑いんだもの、小鳥たちも木陰で涼んでいるだろうな。
「暑いなぁ...」
喉が渇いた僕はジュースでも飲もうかと、ビーチベッドから下りた。
その際、日光が目を射っていっときの間、くらっとした。
サンシェードまで辿りついた時には視力は回復した。
「あっ!?」
窓ガラスの向こうにいた女の人と目が合った。
また「あの女」がやってきたんだ、って、ムカムカした。
女の人は「まあ」と口を手で覆い、くるりと背中を見せてしまった。
「?」
お兄さんも切れ長の目を丸くして、ソファからクッションをつかむと、こちらへ向かってきた。
その行動は素早かった。
慌てたお兄さんの様子に、僕は訳が分からない。
窓を開けるなりお兄さんは、「服を着ろ!」
押し殺した声で、クッションを僕に押し付けた。
ここで僕が裸ん坊だったことを思い出した。
お兄さん、ごめんね。
(つづく)
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