(擦過傷1)あなたのものになりたい

 

 

~チャンミン~

 

痛いことに快感を覚えるようになったのは、いつだったけ?

 

『犬』だった過去も関係あるかもしれない。

 

僕は痛いことをする客を忌み嫌っている(他の犬たちも同じだろうけど)

 

だから仕事中の僕は、全身のセンサーの目盛りを最低まで絞っておく。

 

いくら慣れているからといって、身体の奥に与えられる刺激に毎度感じていたら、神経がおかしくなってしまうからね。

 

代わりに切なげな声を漏らし、感じているフリをする。

 

仕事部屋にはカメラが仕掛けられているから、よほど無茶なことをする客たちはいない。

 

商売道具に傷をつけられたら困るから、店長はカウンターにかかとを乗せ、女の裸がいっぱい載っている雑誌をめくりながらモニターを監視している。

 

客たちは僕の首輪をつかんでは、「上になれ」「しゃがめ」「立て」と命令するものだから、僕の首に茶色い色素沈着の痕ができてしまった。

 

感度を下げている僕の肉体は、引きずりまわすのは論外だけど、多少首輪を引っ張られる程度は平気だった。

 

触覚の目盛りを最低レベルまで下げているせいで...えっちな感度が鈍くなってしまったんだと思うんだ。

 

感じないようにしているうちに、感覚が馬鹿になってしまったんだと思う。

 

それなのにお兄さんとのえっち中の僕が狂ってしまっているのは、単にお兄さんが上手すぎるだけだ。

 

内心では客たちを小馬鹿にしながら、彼らをご主人に見立て支配される演技。

 

大袈裟に痛がってみせながら、実のところ僕は客たちを支配していた。

 

ところが、お兄さんとのえっちは話が別だ。

 

お兄さんの意のままに操られている感覚が好き。

 

お願い。

 

操られ、成すがままになっている姿を見て。

 

どれだけお兄さんのことが好きなのか、伝わってるかな。

 

あなたの為に僕はどんな恥ずかしこともやってのけます、といった感じ?

 

僕らの関係は「ご主人さまとゲボク」とはちょっと違う。

 

言葉で囁かれる「好き」も嬉しい。

 

叩きつけるように肉体に刻まれる愛情も嬉しい。

 

お兄さんは僕とは真逆のタイプだと思う。

 

快感や苦痛で歪んだ表情を見て、ぞくぞくするタイプだ。

 

視覚的、物理的に苦痛に歪む姿を前にして、初めて愛情の存在を確かめられる人間なんだ、きっと。

 

悲鳴も甘い喘ぎ声に聞こえるんだ、きっと。

 

お兄さんがどんなえっちが好きなのか、僕はすぐ分かったよ。

 

僕とお兄さんは似た者同士で、ベストな組み合わせ。

 

冒頭の僕が自分に投げかけた質問に戻ろう。

 

痛いことに快感を覚えるようになったのは、いつだったけ?

 

...お兄さんと初めてえっちをした時。

 

場所は店のビニール製のベッドの上。

 

性急にねじこむような真似も、おかしな体勢をとらせることもなかった。

 

僕の身体を気遣いつつも、有無を言わせない強引さがあった。

 

顎をつかまれ荒々しく重ねられた唇、足首をつかまれ高々と持ち上げられた。

 

あ...この人に好きなように扱われたい願望が湧いた瞬間だった。

 

僕の中のMにぽっと火が灯った。

 

密かに隠しもっていた傾向が、お兄さんによって掘り起こされ、抱かれるごとに磨き上げられていった。

 

 

僕はベッドに腰掛けて、お兄さんがお風呂から上がるのを待っていた。

 

インターネットでお取り寄せしたものは、開封してシーツの上で出番を待っている。

 

僕は下着姿になっていた。

 

お兄さんとのえっちで道具を使うのは初めてで、期待で胸いっぱいだった。

 

これはチョーカーと手枷が繋がったもので、両手首と首の3点を拘束できるんだ。

 

そのため、青いチョーカーは外してサイドテーブルに置いてある。

 

パソコンの画面に表示される文字が読めるようになるにつれ、インターネットの中での僕の世界は広がった。

 

えっちな言葉が並んだボタンをおしたら、カラフルな画面が目に飛び込んできて、そのどぎつさとごちゃつきに目がチカチカした。

 

僕も知らない道具がいっぱい並んでいた。

 

全身の表面が熱くなり、首筋の後ろに汗がにじんだ。

 

ドキドキする胸を押さえ、震える指でマウスのボタンをカチリ、と押した。

 

 

昨夜のお兄さんは「仕事が残っているから」と、えっちするつもりじゃなかったみたいだ。

 

「先に寝ておいで」と言うお兄さんに、「寝るまで添い寝して」なんて駄々をこねた。

 

「よし、チャンミン。

寝るぞ」

 

ボディソープの香りの湯気をまとったお兄さんが寝室に顔を出した。

 

「!」

 

マットレスの上に鎮座した物...僕の指さす先の物が何なのか分かると、お兄さんの目がゆっくりと大きくなった。

 

「...チャンミン」

 

僕を問う目のお兄さんは困ってる。

 

「言っただろう?

今夜は忙しいんだ」

 

僕のことを変態、だと思っただろうか...いや、それはない。

 

口を塞がれる、手首や首をつかまれる、お尻を叩かれる...当たり前になってきて、飽きてきていたところだった。

 

「お前という奴は...」

 

唇の端だけ微笑んだお兄さんはとても、とても悪い顔をしていた。

 

お兄さんのスイッチが入った証拠に、彼の黒い眼が、赤色に染まったように見えた。

それは血に飢えた豹や虎の目だ。

 

前じゃなくて後ろがウズウズしてきた僕の身体はやっぱり、お兄さんの下敷きになるように出来ている。

 

 

ああ...これから僕らは、僕らだけの禁断の沼に沈んでゆく。

 

 

(後編へつづく)