~チャンミン~
痛いことに快感を覚えるようになったのは、いつだったけ?
『犬』だった過去も関係あるかもしれない。
僕は痛いことをする客を忌み嫌っている(他の犬たちも同じだろうけど)
だから仕事中の僕は、全身のセンサーの目盛りを最低まで絞っておく。
いくら慣れているからといって、身体の奥に与えられる刺激に毎度感じていたら、神経がおかしくなってしまうからね。
代わりに切なげな声を漏らし、感じているフリをする。
仕事部屋にはカメラが仕掛けられているから、よほど無茶なことをする客たちはいない。
商売道具に傷をつけられたら困るから、店長はカウンターにかかとを乗せ、女の裸がいっぱい載っている雑誌をめくりながらモニターを監視している。
客たちは僕の首輪をつかんでは、「上になれ」「しゃがめ」「立て」と命令するものだから、僕の首に茶色い色素沈着の痕ができてしまった。
感度を下げている僕の肉体は、引きずりまわすのは論外だけど、多少首輪を引っ張られる程度は平気だった。
触覚の目盛りを最低レベルまで下げているせいで...えっちな感度が鈍くなってしまったんだと思うんだ。
感じないようにしているうちに、感覚が馬鹿になってしまったんだと思う。
それなのにお兄さんとのえっち中の僕が狂ってしまっているのは、単にお兄さんが上手すぎるだけだ。
内心では客たちを小馬鹿にしながら、彼らをご主人に見立て支配される演技。
大袈裟に痛がってみせながら、実のところ僕は客たちを支配していた。
ところが、お兄さんとのえっちは話が別だ。
お兄さんの意のままに操られている感覚が好き。
お願い。
操られ、成すがままになっている姿を見て。
どれだけお兄さんのことが好きなのか、伝わってるかな。
あなたの為に僕はどんな恥ずかしこともやってのけます、といった感じ?
僕らの関係は「ご主人さまとゲボク」とはちょっと違う。
言葉で囁かれる「好き」も嬉しい。
叩きつけるように肉体に刻まれる愛情も嬉しい。
お兄さんは僕とは真逆のタイプだと思う。
快感や苦痛で歪んだ表情を見て、ぞくぞくするタイプだ。
視覚的、物理的に苦痛に歪む姿を前にして、初めて愛情の存在を確かめられる人間なんだ、きっと。
悲鳴も甘い喘ぎ声に聞こえるんだ、きっと。
お兄さんがどんなえっちが好きなのか、僕はすぐ分かったよ。
僕とお兄さんは似た者同士で、ベストな組み合わせ。
冒頭の僕が自分に投げかけた質問に戻ろう。
痛いことに快感を覚えるようになったのは、いつだったけ?
...お兄さんと初めてえっちをした時。
場所は店のビニール製のベッドの上。
性急にねじこむような真似も、おかしな体勢をとらせることもなかった。
僕の身体を気遣いつつも、有無を言わせない強引さがあった。
顎をつかまれ荒々しく重ねられた唇、足首をつかまれ高々と持ち上げられた。
あ...この人に好きなように扱われたい願望が湧いた瞬間だった。
僕の中のMにぽっと火が灯った。
密かに隠しもっていた傾向が、お兄さんによって掘り起こされ、抱かれるごとに磨き上げられていった。
・
僕はベッドに腰掛けて、お兄さんがお風呂から上がるのを待っていた。
インターネットでお取り寄せしたものは、開封してシーツの上で出番を待っている。
僕は下着姿になっていた。
お兄さんとのえっちで道具を使うのは初めてで、期待で胸いっぱいだった。
これはチョーカーと手枷が繋がったもので、両手首と首の3点を拘束できるんだ。
そのため、青いチョーカーは外してサイドテーブルに置いてある。
パソコンの画面に表示される文字が読めるようになるにつれ、インターネットの中での僕の世界は広がった。
えっちな言葉が並んだボタンをおしたら、カラフルな画面が目に飛び込んできて、そのどぎつさとごちゃつきに目がチカチカした。
僕も知らない道具がいっぱい並んでいた。
全身の表面が熱くなり、首筋の後ろに汗がにじんだ。
ドキドキする胸を押さえ、震える指でマウスのボタンをカチリ、と押した。
・
昨夜のお兄さんは「仕事が残っているから」と、えっちするつもりじゃなかったみたいだ。
「先に寝ておいで」と言うお兄さんに、「寝るまで添い寝して」なんて駄々をこねた。
「よし、チャンミン。
寝るぞ」
ボディソープの香りの湯気をまとったお兄さんが寝室に顔を出した。
「!」
マットレスの上に鎮座した物...僕の指さす先の物が何なのか分かると、お兄さんの目がゆっくりと大きくなった。
「...チャンミン」
僕を問う目のお兄さんは困ってる。
「言っただろう?
今夜は忙しいんだ」
僕のことを変態、だと思っただろうか...いや、それはない。
口を塞がれる、手首や首をつかまれる、お尻を叩かれる...当たり前になってきて、飽きてきていたところだった。
「お前という奴は...」
唇の端だけ微笑んだお兄さんはとても、とても悪い顔をしていた。
お兄さんのスイッチが入った証拠に、彼の黒い眼が、赤色に染まったように見えた。
それは血に飢えた豹や虎の目だ。
前じゃなくて後ろがウズウズしてきた僕の身体はやっぱり、お兄さんの下敷きになるように出来ている。
・
ああ...これから僕らは、僕らだけの禁断の沼に沈んでゆく。
(後編へつづく)