~ユノ~
『お客さんになってみたかったのでは?』
チャンミンの推測に、「なるほど、そうだったのかもしれない」と気付かされた。
「買い主を失った俺は、彼から譲り受けた有り余る金を持て余しており、使い道を探していた。
ボストンバッグに金を詰め、日がな一日街をうろついていた。
いわゆる高級ブランドといわれる店を回り、店員に進められるまま包ませた。
行きつけの店では、買い主を連れずに一人で来店した俺に、あからさまに驚いて不躾にならないようにしていたようだが、丸くした目が既にあからさまだった。
帰宅して、山積みされた紙袋や箱を前に、虚しい気持ちに襲われた。
買えるものは何でも買った。
寂しさを埋めるために、物を手に入れていった。
俺はびびりだから、不動産やクルーザーには手は出せなかった。
身に余るんだ。
自分の二本の腕で抱えられるもの...俺が把握できるサイズのものに限っていた。
こうやって...チャンミンのように」
俺はチャンミンを後ろから抱きしめ、彼の後頭部に唇をつけた。
「勘違いするなよ?
お前を俺の所有物にしようと思って、金を払ったんじゃないからね」
「ふふふ、分かっています」
チャンミンは、胸の辺りで組まれた俺の腕に口づけ、舐めた。
その舌づかいがいやらしいのは、小一時間前の濃厚だった行為の余韻を引きずっているからだろう。
「僕を自由にしたかった...でしょ?」
「ああ。
身請けされて以来、一度も足を踏み入れたことのない古巣へ向かった理由。
チャンミンの言うとおりだ。
客になりたかった。
素晴らしい『飼い主』になりたかった。
庇護される立場からする側に立ちたかった。
誰かひとり、気に入りの『犬』を見つけて、金を払うんだ。
そいつの首輪を外して、放してやる。
ひと目で気に入った『犬』を見つけられればラッキー。
助けてやるに値する『犬』が見つからなければ、店内の『犬』全部買い取る」
「......」
「こんな風に、あの店を訪れる客たちと俺は変わらない。
軽蔑して欲しい。
人助けのように見えて、傲慢で偽善の行為。
寂しさを埋めるための、利己的な行為だ」
「ねえ、お兄さん」
チャンミンは俺の腕の中で、くるりと身体の向きを変えると、俺の頬を両手で包み込んだ。
「僕も他の『犬』も自由になったんだから、それでいいじゃないですか?」
「......」
「お兄さんは賢い人でしょ?
何度もおんなじこと言うんだもの。
ま、いいですよ。
『お兄さんは間違っていない』って、僕が教え続けてあげますから」
チャンミンの瞳が、ぬれぬれと光を放っていた。
~チャンミン~
世の中には、いろんな種類の「好き」があるそうだ。
今僕が観ているTVドラマでも、女優さんが『あの人が好きなの!』って叫んでる。
「ふぅん」
僕はソファにもたれて、スナック菓子を食べながら外国のドラマ番組を見ていた。
世間を知る為と言葉の上達の為、テレビは僕の先生だった。
僕の語学力はまあまあ、上達したけれど、よちよち赤ちゃんレベルだと思う。
画面下に表示される字幕を読みながらだったため、置いてけぼりにされないよう、一瞬でも目を離せない。
「ふう~ん」
油と塩の付いた指を1本1本しゃぶってから、2袋目のスナック菓子の封を開けた。
・
今日のお兄さんは外出中で、留守番の僕は悪い子になる。
裸ん坊になって、チョコレートとスナック菓子と、アイスクリームをお腹いっぱい食べる。
お兄さんにバレたくなくて、普段は控えているひとりえっちもいっぱいする。
お兄さんを想いながら道具を使って、思う存分ひとりえっちする。
(ゆるんだお尻に、お兄さんにバレてしまうんだけどね)
お菓子をいっぱい食べておきながら、鏡に全身を映して、お腹とお尻の肉付きをチェックする。
お兄さんのために痩せた体形でいたいから。
・
「ふぅ~ん...」
「好き」について、しばし考えてみた。
僕の中ではお兄さんしか思い浮かばない。
女優さん演じる人には子供がいて、その女の子が「私は犬が好きなの」と言っている。
世の中は「好き」が溢れているなぁと思った。
昨晩のお兄さんとの会話を思い出していた。
「チャンミンを俺の所有物にするために金を払ったわけじゃない。自由にしたかっただけだ」とお兄さんは言っていた。
昨夜初めて聞かされた台詞ではなく、僕らの会話の中で何度も何度も、話題にされる内容だ。
お兄さんの家で暮らし始めた頃は、僕はお兄さんのショユーブツです、と宣言していた。
でも、お兄さんと暮らすうち、それが彼の心を傷つけてしまう台詞だと学んだんだ。
だから、言わない。
そう思っていても、言わない。
お兄さんを悲しませる言葉は、僕は口にしない。
・
僕のお腹の中で、内臓が窮屈そうにしている。
僕ばっかりずるい。
お兄さんは呻き声ひとつあげていない。
お兄さんは、僕をイカせてばかりいる。
お兄さんはベッドについていた両手を離すと、僕の首を掴んだ。
その指に力がこもってゆく。
「...ぐっ...んぐ...」
酸素不足で視界は真っ白になった。
耳鳴りとは蝉の鳴き声のようだと聞いたことがあるけれど、その通りだった。
声が出せず、「かっ、かっ」と喉が鳴る。
その上で、ガツガツ深く突かれたりなんかしたら、天国行きになりそうだ。
気持ちよくて気持ちよくて気持ちよくて...。
僕らのえっちはアブナイ。
だから好き。
お兄さんに好きなようにされる僕が好き。
酸素不足でパクパクさせた僕の唇を貪るお兄さん。
「僕はお兄さんのショユーブツです」
心の中でつぶやいて、朦朧とする意識の下、お兄さんの萎えかけたそれを握りしめた。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]