(35)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

気づいてるかな?

 

チョーカーを付けない日が増えていることを?

 

すうすうして落ち着かない、と言っていたお前が。

 

色素沈着した肌を隠す用途もあった。

 

突如自由の身になって、身ぐるみはがされて放り出されて、途方にくれたチャンミン。

 

「僕はこれからどうしたらいいの?」

 

チョーカーという首輪でもって、不安でたまらない心を繋ぎ止めて欲しい。

 

こちらの理由の方が大きかったんだろうと思う。

 

『犬』時代は、自分の肉体でありながら、自分のモノではなかった。

 

数時間だけ、お前の肉体は買い主のモノになるが、それも数時間かひと晩のこと。

 

残りは店の所有物、誰のものにもなれずに待機する肉体。

 

いざ、身も心もすべて自分の元に返却されても、困ってしまうのだ。

 

俺を追いかけてきてくれて、俺の方が救われた。

 

『犬』でしかいられないお前を、自由という名の試練に放り出すような真似を俺はした。

 

現実社会でひとり生き延びることの難しさを、知り過ぎている俺だったのに。

 

首輪を外され放たれるチャンミンを、店先で待つべきだったのに、らしくない行為...いわゆる『いいコト』をした自分に動揺していて、出来なかった。

 

「お兄さん!」

 

俺を追うチャンミンの必死な表情に、肉欲と征服欲ではない動機で求められたかったのだと、知ったのだった。

 

 

イヌみたいに俺の脇に鼻をうずめ、寝息をたてているチャンミンの頬を指の背で撫ぜた。

 

俺が放心している間に、チャンミンは寝入ってしまったようだ。

 

俺たちの行為は回を重ねるごとに、より濃厚にエスカレートしていっている。

 

今夜のものも、受け手のチャンミンの負担は相当だっただろう。

 

体液まみれの身体を洗い流したかったが、俺に頭を預けているチャンミンを起こしたくなかった。

 

その無防備さに胸をつかれ、まぶたの裏が熱くなったことに慌てた。

 

俺たちの下でくしゃくしゃになったシーツを引っ張り出したとき、

 

「...お兄さん」

 

眠っていると思っていたチャンミンが、俺を呼んだのだ。

 

俺を見上げていた。

 

覗く者などいないからカーテンもブラインドも必要ないが、寝室だけは分厚い遮光カーテンを取り付けている。

 

そのカーテンも開け放ったままだった。

 

高層の俺たちの住まいから、眼下のイルミネーションは遠い。

 

せいぜい、赤く点滅する航空障害灯だけだ。

 

それでも、チャンミンの顔も形も、俺にははっきりと見える。

 

丸っこい眼で...俺の何もかもを信じ切った犬みたいな眼で、俺を見上げていた。

 

「寝たふりしてた?」

 

「...はい。

寝てしまうのが勿体なくて。

...だって、お兄さんと仲良くしたのに...いろんなお話したいです」

 

降り注ぐ陽光で真っ白になった寝室で、真っ白なシーツの上で抱きあった。

 

色味は俺たちの肌と髪だけで、そこは無音の世界。

 

どれほどみだらな行為であっても、その性交は神聖なものに思われる...大袈裟な表現だけど。

 

「...どんな話をしようか?」

 

チャンミンを負の過去を刻みつけた『あの店』へ連れていってから2か月程が経過していた。

 

季節は初冬へと移り変わっていた。

 

その間、『あの店』についての話題が出ることは一度もなかった。

 

多くを占めていたのは、後ろめたさ、罪の意識だった。

 

「お前にきちんと説明していなかったね。

なぜ、あの店に行ったのか。

忌み嫌っていたあの店なのに、軽蔑していたあの店なのに。

そのワケを俺は曖昧にぼかしていた。

知りたいだろ?

『どうして?』って思っていただろ?」

 

「...ちょっとは。

怒らないでくださいね。

お兄さんはもしかして、お客さんになってみたかったのかな?って。

どんな気持ちになるんだろう?って。

知りたかったのかな?って。

...僕はそう思っていました」

 

チャンミンはガラスケースに閉じ込められ、世間も正常な人間関係も知らずに生きてきた。

 

にもかかわらず、いつの間にか他人の気持ちを探る術を得ていたとは。

 

俺と共に暮らしたからって、思っていいよな?

 

 

(つづく)

 

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