(36)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

『お客さんになってみたかったのでは?』

 

チャンミンの推測に、「なるほど、そうだったのかもしれない」と気付かされた。

 

「買い主を失った俺は、彼から譲り受けた有り余る金を持て余しており、使い道を探していた。

ボストンバッグに金を詰め、日がな一日街をうろついていた。

いわゆる高級ブランドといわれる店を回り、店員に進められるまま包ませた。

行きつけの店では、買い主を連れずに一人で来店した俺に、あからさまに驚いて不躾にならないようにしていたようだが、丸くした目が既にあからさまだった。

帰宅して、山積みされた紙袋や箱を前に、虚しい気持ちに襲われた。

買えるものは何でも買った。

寂しさを埋めるために、物を手に入れていった。

俺はびびりだから、不動産やクルーザーには手は出せなかった。

身に余るんだ。

自分の二本の腕で抱えられるもの...俺が把握できるサイズのものに限っていた。

こうやって...チャンミンのように」

 

俺はチャンミンを後ろから抱きしめ、彼の後頭部に唇をつけた。

 

「勘違いするなよ?

お前を俺の所有物にしようと思って、金を払ったんじゃないからね」

 

「ふふふ、分かっています」

 

チャンミンは、胸の辺りで組まれた俺の腕に口づけ、舐めた。

 

その舌づかいがいやらしいのは、小一時間前の濃厚だった行為の余韻を引きずっているからだろう。

 

「僕を自由にしたかった...でしょ?」

 

「ああ。

身請けされて以来、一度も足を踏み入れたことのない古巣へ向かった理由。

チャンミンの言うとおりだ。

客になりたかった。

素晴らしい『飼い主』になりたかった。

庇護される立場からする側に立ちたかった。

誰かひとり、気に入りの『犬』を見つけて、金を払うんだ。

そいつの首輪を外して、放してやる。

ひと目で気に入った『犬』を見つけられればラッキー。

助けてやるに値する『犬』が見つからなければ、店内の『犬』全部買い取る」

 

「......」

 

「こんな風に、あの店を訪れる客たちと俺は変わらない。

軽蔑して欲しい。

人助けのように見えて、傲慢で偽善の行為。

寂しさを埋めるための、利己的な行為だ」

 

「ねえ、お兄さん」

 

チャンミンは俺の腕の中で、くるりと身体の向きを変えると、俺の頬を両手で包み込んだ。

 

「僕も他の『犬』も自由になったんだから、それでいいじゃないですか?」

 

「......」

 

「お兄さんは賢い人でしょ?

何度もおんなじこと言うんだもの。

ま、いいですよ。

『お兄さんは間違っていない』って、僕が教え続けてあげますから」

 

チャンミンの瞳が、ぬれぬれと光を放っていた。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

世の中には、いろんな種類の「好き」があるそうだ。

 

今僕が観ているTVドラマでも、女優さんが『あの人が好きなの!』って叫んでる。

 

「ふぅん」

 

僕はソファにもたれて、スナック菓子を食べながら外国のドラマ番組を見ていた。

 

世間を知る為と言葉の上達の為、テレビは僕の先生だった。

 

僕の語学力はまあまあ、上達したけれど、よちよち赤ちゃんレベルだと思う。

 

画面下に表示される字幕を読みながらだったため、置いてけぼりにされないよう、一瞬でも目を離せない。

 

「ふう~ん」

 

油と塩の付いた指を1本1本しゃぶってから、2袋目のスナック菓子の封を開けた。

 

 

今日のお兄さんは外出中で、留守番の僕は悪い子になる。

 

裸ん坊になって、チョコレートとスナック菓子と、アイスクリームをお腹いっぱい食べる。

 

お兄さんにバレたくなくて、普段は控えているひとりえっちもいっぱいする。

 

お兄さんを想いながら道具を使って、思う存分ひとりえっちする。

(ゆるんだお尻に、お兄さんにバレてしまうんだけどね)

 

お菓子をいっぱい食べておきながら、鏡に全身を映して、お腹とお尻の肉付きをチェックする。

 

お兄さんのために痩せた体形でいたいから。

 

 

「ふぅ~ん...」

 

「好き」について、しばし考えてみた。

 

僕の中ではお兄さんしか思い浮かばない。

 

女優さん演じる人には子供がいて、その女の子が「私は犬が好きなの」と言っている。

 

世の中は「好き」が溢れているなぁと思った。

 

昨晩のお兄さんとの会話を思い出していた。

 

「チャンミンを俺の所有物にするために金を払ったわけじゃない。自由にしたかっただけだ」とお兄さんは言っていた。

 

昨夜初めて聞かされた台詞ではなく、僕らの会話の中で何度も何度も、話題にされる内容だ。

 

お兄さんの家で暮らし始めた頃は、僕はお兄さんのショユーブツです、と宣言していた。

 

でも、お兄さんと暮らすうち、それが彼の心を傷つけてしまう台詞だと学んだんだ。

 

だから、言わない。

 

そう思っていても、言わない。

 

お兄さんを悲しませる言葉は、僕は口にしない。

 

 

 

僕のお腹の中で、内臓が窮屈そうにしている。

 

僕ばっかりずるい。

 

お兄さんは呻き声ひとつあげていない。

 

お兄さんは、僕をイカせてばかりいる。

 

お兄さんはベッドについていた両手を離すと、僕の首を掴んだ。

 

その指に力がこもってゆく。

 

「...ぐっ...んぐ...」

 

酸素不足で視界は真っ白になった。

 

耳鳴りとは蝉の鳴き声のようだと聞いたことがあるけれど、その通りだった。

 

声が出せず、「かっ、かっ」と喉が鳴る。

 

その上で、ガツガツ深く突かれたりなんかしたら、天国行きになりそうだ。

 

気持ちよくて気持ちよくて気持ちよくて...。

 

僕らのえっちはアブナイ。

 

だから好き。

 

お兄さんに好きなようにされる僕が好き。

 

酸素不足でパクパクさせた僕の唇を貪るお兄さん。

 

「僕はお兄さんのショユーブツです」

 

心の中でつぶやいて、朦朧とする意識の下、お兄さんの萎えかけたそれを握りしめた。

 

 

(つづく)

 

 

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