(34)あなたのものになりたい

 

 

~チャンミン~

 

僕のお尻から生暖かいものが溢れだし、内ももから膝へと滴り落ちる。

 

排出したいのを耐えてきたけど、もう限界だった。

 

恥ずかしさのあまり、涙がにじんできた。

 

お兄さんはちょうどよい温度のシャワーと優しい手つきで、僕の中を綺麗にしてくれた。

 

さらには、緩んだ穴にお兄さんの舌がぬるりと忍び込んできさえした。

 

「生きる術の不足した者を、自由にした。

俺がしたことは、ありがた迷惑だったかもしれない」

 

それは独り言のようだった。

 

僕に聞かせるというよりも、自分で言い聞かせているかのように聞こえた。

 

お兄さんが心配になって後ろを振り返ると、彼は泣いていた。

 

「...お兄さん?」

 

「でもね、あそこはいけない。

あんなところにいたら、いけないよ」

 

その理由は、あの場に居たことのある者じゃなければ理解できない。

 

分かるよお兄さん、僕なら分かる。

 

僕はお兄さんの気持ちを、もっと分かってあげたい。

 

なぜなら、お兄さんは頭が良すぎて、心配ごとや悩みごとを僕の何倍も沢山、抱えてしまう人だ。

 

僕の能天気さをモノサシの基準にしてしまったら、「お兄さんったら、難しく考え過ぎですよ」と豪快に笑って背中を叩いてしまいそうだ。

 

...そうじゃなくて、想像力を働かせるんだ。

 

隣の誰かが何を思い、何を感じているか無関心に生きてきた。

 

さらには、僕が何を思い、何を感じているのかも意識の外に追い出してしまっていた。

 

思考を...人間を捨てて、感覚と欲だけに生きる犬になろうとしていた。

 

僕はもう、『犬』じゃない。

 

お兄さんが何を思って、犬たちを解放したのか、その結果、何に思い悩んでいるのか...想像しろ。

 

僕はお兄さんとえっちをするために、ここに居るんじゃないだ。

 

お兄さんから与えられる強烈な快感に溺れるだけが、彼の隣にいる幸せじゃないんだ。

 

同じ境遇に生きてきた僕らだけど、それについての感想文がそれぞれ違う。

 

お兄さんは優しい。

 

『犬』を続けてゆくには、優しすぎた。

 

優し過ぎるあまり、『犬』を卒業した今も苦しんでいる。

 

僕のお尻を洗いながら、昔のことを思い出してしまったんだね。

 

「...お兄さん」

 

僕はお兄さんの手からシャワーを取り上げ、その場にしゃがんだ。

 

むせび泣くお兄さんの肩を抱き寄せて、その小さな頭を撫ぜた。

 

 

 

湯上りの僕たちは、バスタオルを腰に巻いただけの恰好で、バルコニーのデッキチェアに横になっていた。

 

星がきらめいているはずの夜空は、人口500万人都市の灯りで霞んでいた。

 

僕もお兄さんもよく冷えたビールのグラスを傾けていた。

 

涼しい夜風が、シャワーを長く浴び過ぎて茹だった身体を心地よく冷やしてくれる。

 

ざわざわと屋上庭園の草木の葉がこすれる音も、小池にちょろちょろと注ぐ水音も耳に涼やかだった。

 

「自由とは心細いものだ。

俺は金という力で、その心細さをシールドした。

その心細さを知っていながら、この店の『犬』たちを野生に放した。

恋は盲目だな。

俺にいくら金があっても、この世の全ての『犬』を身請けすることはできない。

どこかで聞いたことがある考えだな、これは?

全ての捨て猫を、俺一人で救うことはできないけれど、一匹の猫なら引き受けることができる。

たかが一匹されど一匹だ」

 

この台詞も独り言のようだった。

 

「お兄さん、もう言い訳しなくていいですから」

 

「え...」

 

「僕にはギゼンとかどうでもいいし、意味が分かりません。

先の先まで心配してしまったら、身動きできません。

店を出た時、そこからどうするかは彼らの責任です。

あの店の中で生き残れたんですから、彼らはそこまでやわじゃないですって。

大丈夫です」

 

僕は力強くうなずいてみせた。

 

「僕はお兄さんに賛成です。

お兄さんのすること全部に、大賛成です」

 

「『自分だったら、こうされたら嬉しい』と思うことをしたんだ。

俺だったらあんなところ、出たくてしかたがなかった。

だから、彼らを自由にしたんだ」

 

強い口調だった。

 

「それでいいのではないでしょうか?」

 

お兄さんのホッとした顔に、僕の方こそホッとした。

 

今夜の僕は、お兄さんのお兄さんみたいだった。

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

あの類の店を手に入れて解散させるには、少々ヤバ目なこともする必要があった。

 

独りだった時なら、捨て身な覚悟でいられたが、今は違う。

 

チャンミンがいる。

 

身辺を気を付けなければ...。

 

俺に何かあったらチャンミンが困るし、チャンミンに何かあったら、俺は苦しむ。

 

 

(つづく)

 

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