(33)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

息も絶え絶えなチャンミンを、浴室まで運んだ。

 

出しっぱなしのシャワーで温めておいた浴室は、湯気で真っ白に煙っていた。

 

チャンミンを床に下ろし、ぐったりとした彼の身体を浴槽にもたせかけた。

 

口は半開きで、目は閉じていた。

 

「チャンミン?」

 

頬をひたひた叩くと、小さく呻いてうっすらまぶたを開けた。

 

「おにぃ...さん?」

 

両頬はピンクに染まり、涙で濡れたまつ毛が黒々としていて艶っぽかった。

 

どこかの美女たちより、ずっと美人だった。

 

ミネラルウォーターのペットボトルを口にあてがうと、貪るようにごくりごくりと飲む。

 

途中で咳きこむものだから、「慌てるな」と背中を撫ぜてやらなければならなかった。

 

今日は少々...どころか、かなり無理をさせてしまったかもしれない。

 

間断なくイカせ過ぎたし、乱暴に突き過ぎたせいか、例の場所の周囲が赤く擦れていた。

 

下腹を撫ぜるチャンミンに「出したいか?」と尋ねると、彼は困ったように両眉を下げた。

 

「...はい。

そうみたいです」

 

かなり深いところをかき回したから、腹が痛くなっても仕方がない。

 

「トイレに行くか?」

 

「はい...すみません」

 

がくがくに膝を震わすチャンミンに、肩を貸して立ち上がらせた。

 

汗と湯気で肌が滑りそうになる。

 

「悪かった」と謝る代わりに、「今日のチャンミンは特によかった」と言った。

 

「ホントですか?」

 

喜び弾ける笑顔で、チャンミンは俺を振り仰いだ。

 

「最高によかったよ」

 

そう繰り返して、チャンミンのこめかみに口づけた。

 

「僕も...今日のお兄さんは凄かったです」

 

その言葉になぜか、俺は煽られた。

 

チャンミンの身体を労わろうとしたばかりなのに、意地悪をしたくなったのだ。

 

チャンミンの身体をすくいあげ、バスタブの中に下ろした。

 

「お兄さん!?」

 

バスタブから出ようするチャンミンを許さなかった。

 

「僕、お腹が痛いんです。

...行きたいんです」

 

そういうチャンミンを羽交い絞めに抱きしめた。

 

「や、やだ。

もう出ちゃいます。

やだ...やだ」

 

チャンミンは下腹を押さえて、深く屈んでしまった。

 

膝頭をこすりつけ、苦しさでゆがんだ顔で、潤んだ懇願の眼で俺を見上げている。

 

「お願い...お願いです」

 

その切なげな表情に、愛おしい気持ちで溢れそうになる

 

「じゃあ、お兄さんは、出てって。

ここから出てって...!」

 

俺の前で淫乱になるチャンミンなのに、後ろの始末を俺にさせることを好まなかった。

 

「今さら恥ずかしがる必要はないだろう?」

 

チャンミンを辱めて楽しみたいのではなく、純粋に綺麗にしてやりたいといった、愛情からきている。

 

でも、チャンミンは首を横に振るのだ。

 

果てた後のチャンミンは、放心してその場にぐったりしている。

 

いつもの俺たちはこうだ。

 

俺ひとりシャワーを浴びに行って、そのままチャンミンを寝かしておく。

 

べたつきを洗い流してさっぱりした後、チャンミンのところに戻って、眠る彼を横抱きする。

 

チャンミンは寝言とうわ言の間の甘えた声で、「お兄さん」とつぶやき、俺の胴にしがみつく。

 

むにゃむにゃとうごめく口元は、まるで小さな子供のようなのだ。

 

俺の身近に小さな子供がいたためしはないから、この連想はTV画面越しの情報だろう。

 

そのままうとうとしてしまい、ふっと目覚めた時には腕の中のぬくもりが消えている。

 

眠気に勝てず再びうとうととしていると、腕の中にぬくもりが戻ってきた。

 

水気の残る肌とシャンプーの香りから、シャワーを浴びてきたのだと分かる。

 

いつも、このような流れ。

 

一緒に入浴することもあったが、その時は俺に背を向けず、片手で手早く処理を済ませていた。

 

 

「俺の目なんて気にしなくていいから、ここですっきりしろ」

 

「......」

 

チャンミンは迷っているようだ。

 

阻む俺を突破したくても、この時のチャンミンはもう、一歩足を動かすだけであそこが緩んでしまう。

 

引き結んだ唇は口角が下がり、目は真っ赤に充血している。

 

「恥ずかしくないさ。

俺はチャンミンの全部が見たい。

綺麗にするところを俺に見せてよ」

 

「...でも...でも...!」

 

青ざめてきた顔色に、我慢もそろそろ限界のようだ。

 

「俺だって経験がある。

準備もそうだけど、片付けの様子は見られたくないよね。

虚しく寂しい行為だったね。

俺には分かってるよ、チャンミン」

 

「...えっ!?

経験...?」

 

「そうだ、俺は両方いける『犬』だった。

珍しいタイプだ」

 

「...そう...だったんですか」

 

 

 

客を迎えるための用意よりも、客を帰した後の始末の方が、何とも言えない哀しい気持ちになった。

 

あの店は当時、シャワールームが1つしかなかったため、他の犬たちと一緒に身を清めることも多かった。

 

『犬』同士、目を合わさず、欲の吐き出し口となった箇所を濯いだものだ。

 

ある日のこと、数人の『犬』たちとシャワーを浴びていた時、バラバラと固い何かが散らばる音がした。

 

音の正体を知り、俺は猛烈な悲しみに襲われた。

 

タイル床に散らばる光るもの...それはビー玉で、次々とその数を増やしていった。

 

その『犬』は泣いていた。

 

他にもこんなことがあった。

 

排水口へと渦を巻く赤く染まったお湯にギョッとしていると、俺の隣で『犬』の一人が崩れ落ちた。

 

プレイの加減を知らない客のせいだった。

 

居合わせた『犬』たちで彼を寝床まで運び、青ざめてゆく様子に店主を呼び、存在自体が秘密の店だったため、救急車も呼べなかった。

 

あの後、俺は買い取られて店を出てしまったから、倒れた『犬』のその後は知らない。

 

彼の客は出入り禁止になっていればいいのだが...。

 

 

 

「よくわかるよ。

見られたくないと思うチャンミンの気持ちはよく分かる。

俺は全部を知っているから。

俺は最初から最後まで...全部、チャンミンを愛したい」

 

「恥ずかしいのもありますけど。

お兄さんのものの場合は違うんです。

客たちのとは全然、違うんです。

洗ったらお尻が空っぽになって寂しくなるんです。

どうして僕の身体は、お兄さんのものを吸い込んでくれないんだろう、って」

 

「それは異物だから仕方がないさ。

俺たちには役に立たない...どころか、そこにあるべきものじゃないからね」

 

「でも...」

 

「難しいことは考えなくていいさ。

ほら、こっちに尻を向けて。

俺は何でも知ってるんだ。

だから、俺に全部を見せて」

 

チャンミンはそろりとこちらに背を向けると、身をかがめた。

 

赤く腫れたそこに指で触れると、ぴくっと震えた。

 

指で押し広げた中を、シャワーのぬるま湯で丁寧に、心をこめて濯いでいった。

 

「生きる術の不足した者たちを、自由にした。

俺がしたことは、ありがた迷惑だったかもしれない。

でもね、あそこはいけない。

あんなところにいたら、いけないよ」

 

つぶやきながら、かつてを思い出しながら涙をこぼしていた。

 

 

(つづく)

 

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