(39)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

今夜中に段取りをつけたい業務を終わらせるため、俺はベッドにPCを持ち込んでいた。

 

チャンミンはリビングでテレビを見ているようだった。

 

昼間、例の女性アシスタントから調査報告書があがってきたのだ。

 

チャンミンの過去に関するものだった。

 

チャンミンには過去の記録というものがほぼ皆無なため、調査は困難を極めていた。

 

あの店を出発点に探っていくしかなく、例の手紙が有力な手掛かりとなってくれた。

 

調査の続行を指示すると、「もう1件、厄介なことがありまして...」とアシスタントの表情が曇った。

 

「Dさんたちか?」

 

見当はついていた。

 

「はい」

 

「よこせ、と言うんだろう?」

 

「はい」

 

「君のところに訴えてもどうしようもないのにな。

迷惑をかけてすまなかった。

彼らは必死なんだろうが、こちらにとっては関係のない話だ」

 

俺が贅沢な暮らしを実現できたのも、俺を所有していた者から贈られた財産によるものだ。

 

血を分けた家族の頭上を通り越して、赤の他人...しかも卑しい『犬』に莫大な財産を譲ったのだから、俺を激怒し憎んで当然。

 

抗議と恨み節、嫌がらせをされる前に、彼らにはまとまった額を譲ったのだが、早々と使い果たしたのか、不足だったのか。

 

面倒ごとが起きるのが嫌ならば、手放してしまえばいいのだ。

 

贅沢な物に囲まれている暮らしを送ってはいるけれど、そのどれもに愛着も執着はない。

 

意固地になって富を手放さないのには理由がある。

 

それは失われた時と肉体、尊厳の代償だからだ。

 

「何か...されたのか?」

 

彼女は俯いたままで、俺の質問は的を得ていたようだ。

 

「物理的なことは今は未だ...。

あの口ぶりですと、ユノさんの身辺を探っているようでした。

店を買収した件も耳に入っているようでした」

 

買い手の情報が漏れないよう慎重に行動してきたつもりだったが、彼らにはつつぬけなことは最初から予想はしていたのだが...。

 

「分かった。

調査も含めて一旦、俺のことから手を引いてくれ」

 

「ですが...もう少しです」

 

「いや、君に何かあったらいけない。

事務所も移転して、住まいも変えた方がいい。

...一度、彼らと会ってみるよ」

 

「会って話がつくようなものでもないと思われます」

 

「会ってどうにもならないことは分かっているけれど、様子はうかがえるだろう?

君が言いたいことは分かっているよ。

『もういくらか渡せば、ひとまずのところおさまるのでは?』と。

ひとまず、というところがネックなんだよ。

しばらくしたらまた要求してくる。

まるで恐喝されているみたいじゃないか。

全額譲ったとしても、彼らは満足しない。

俺は正当な手続きで相続し、それをさらに増やした。

その分についても、『元本があったからこその収益だ』と、家族の権利をかざして欲しがるだろう」

 

俺を見る彼女の眼差しは、憐れみがこもっていた。

 

憐れまれても腹は立たない。

 

俺の所有者の元で働いていた人物だからかもしれない。

 

「彼らには恨みがあるんだ。

意固地になってケチでいるのは、彼らが許せないからなんだろうね」

 

「分かります。

私は一旦、休止します。

ユノさんも気を付けてください」

 

彼女は一礼すると、部屋を出て行った。

 

 

寝室に顔を出したチャンミンは、ベッドへ駆け寄り俺に抱きついてきた。

 

ぶんぶんと振る尻尾が見えるようだった。

 

上目遣いで俺を見るものだから、おねだりしたいことがあるのだろう。

 

もっとも、チャンミンが欲しがるものは実用的でささやかな物...例えば、徳用ポテトチップス(彼はスナック菓子が好物だ)、便箋セット、温感タイプの潤滑クリーム、よく切れる爪切り...ばかりだった。

 

「お兄さんは欲しいもの、ありますか?」

 

俺の予想と真逆の言葉に、すぐに答えが出てこなかった。

 

「お兄さんが欲しいものは何ですか?」

 

俺の傍らで正座をしたチャンミンは、ニコニコ笑顔で俺の答えを待っている。

 

あらためて尋ねられると、何も思い浮かばないものだ。

 

自由も金も所有しているのに、手に入れたいものは何かと問われると、何も欲しくないのだ。

 

なぜなら、現に今、大切な存在が俺の隣で笑ってくれている...これで十分なのではないだろうか。

 

それ以上に望むものが、何も思いつかない。

 

その可愛くて仕方がない大事なものが、俺から離れていかないように、俺は努力を続けなければならない。

 

俺が欲しいもの...チャンミンが幸福でいてくれること。

 

さらに欲を言うと、ずっと俺の隣で居てくれることだ。

 

「欲しいものはここにあるよ」と答えて、俺はチャンミンの鼻先を突いた。

 

「チャンミン、って言うんでしょう?

分かってますよ」

 

チャンミンは俺の指を払いのけると、ぷぅと頬を膨らませた。

 

「なんだ...わかってて質問したのか?」

 

俺は膝の上のPCをサイドテーブルに置き、「ここにおいでおいで」と毛布をめくりあげた。

 

「お兄さんの言いそうなことくらい、予想つきます」

 

チャンミンは穴倉に飛び込むキツネのようにスポンと俺の傍らにおさまった。

 

「そう言うチャンミンこそ、何が欲しい?」

 

「僕の欲しいものは、お兄さんしか思いつきませんよ」と、チャンミンは即答した。

 

チャンミンの答えは予想がついていた。

 

チャンミンが俺を欲し、必要としてくれる関係性を当たり前なものとして享受している俺だった。

 

「人間じゃなくて、物です。

何が欲しいですか?」

 

「物?」

 

過剰なくらいに揃っている寝室を見回してみた。

 

豊かさとは物の多さではなく、1つ1つの質...そういう意味での「揃っている」だ。

 

「そうだなぁ...」

 

腕を組み、両目をつむって大袈裟なまでに悩んでみせる俺を、チャンミンは瞳をキラキラさせて、上目遣いで待っている。

 

「チャンミンが俺にあげたい、と思ったものがいいなぁ。

お任せにする」

 

「...難しい注文ですねぇ」

 

俺の回答がお気に召さなかったようだ。

 

すると突然、チャンミンはするっと毛布の中にもぐりこんだ。

 

「チャっ...」

 

チャンミンが何をしようとしているのか察知した俺は、「よせ」と彼の頭を押しのけたが、俺の腰にしがみつき、股間に顔を埋めてしまった。

 

「はははっ。

くすぐったい、チャンミンっ!」

 

内股や鼠径部を唇で食むものだからくすぐったくて、ベッドの上を右へ左へと身悶えして転がった。

 

「どうですか?

ギブアップですか?」

 

「まだまだ」

 

チャンミンのおふざけも加速して、俺の脇腹に首筋にと甘噛みする。

 

「ギブアップですか?」

 

「んくくくくっ...。

降参、降参っ!」

 

俺の首筋を舐め回すチャンミンに四肢を絡め、彼の背中を叩いた。

 

じゃれあった結果、あっちこっち乱れ髪のチャンミンは、十分遊んで満ち足りた表情をしていた。

 

「仕方がないですねぇ」

 

チャンミンは俺の下から這い出ると、横たわって俺の脇に鼻先を埋めた。

 

きりっとした太い眉と少女のように密に生えたまつ毛。

 

俺はチャンミンの乱れた髪を梳かしつけてやった。

 

「もうすぐお兄さんの誕生日です」

 

「...?」

 

「お兄さんに誕生日プレゼントをあげたいのです」

 

「そっか...」

 

チャンミンの可愛らしい計画に、胸がこそばゆくなった。

 

 

(つづく)

 

 

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