【7】NO?

 

 

「それは、びっくりしたよな。

申し訳ない」

 

『別にいいですけど。

心配なのはリアさんですよ。

ベッドで裸になってみたら、彼氏に付いていたはずのものがなくなってるんですよ。

もしそんなのを目にしたら、リアさん、気絶しちゃいますよね』

 

「!!!」

 

(ミミミミミミミンちゃん!

可愛い顔して、なんて大胆なことを淡々と言うんだ...っておい!

僕は可愛くないけど、民ちゃんは可愛い...っておい!)

 

「......」

 

『夕方までどうしましょう?

リアさんに見つかりたくないので、家に居られません』

 

「う~ん」

 

 

(リアが、恋人の僕だと間違えるほど似ている民ちゃんだ。

 

そんな民ちゃんの口から、ここに居る事情を説明し始めたら、リアはパニックになるだろう。

 

その前に、民ちゃんは『チャンミンではない』ってことを証明することの方が大変だ。

 

僕らの違いはただひとつ。

 

付いてるか、付いていないか、だ。

 

それ以外の方法は...遺伝子検査?)

 

 

チャンミンはブンブンと首を振った。

 

『チャンミンさん!』

 

「う、うん」

 

事態の収拾方法に考えを巡らすチャンミンには、ベストな方法が思いつかない。

 

(よーし、頭を整理しよう!

 

その1

僕とリアが同棲する部屋に、友人の妹、民ちゃんが1か月ほど寝泊まりすることになった。

 

その2

民ちゃんの容姿が僕と生き写しだった。

 

その3

その1と2の説明をする前に、リアと民ちゃんが顔を合わしてしまった。

 

その4

案の定というべきか、リアは民ちゃんのことを僕だと間違えてしまった)

 

 

チャンミンは頭を抱え込んでしまった。

 

昼食を終えた社員たちが、ベンチで項垂れるチャンミンの前を通り過ぎていく。

 

(すべては僕が悪い。

 

リアと面と向かって相談をする時間がないことを理由に、ぐだぐだと先延ばしにしていた僕が悪い。

 

リアが納得するように、言葉を慎重に選ぶ手間すら面倒になっていた。

 

リアのご機嫌取りに疲れていた)

 

 

「ごめんな、民ちゃん。

夜まで、どこかで時間を潰せるかな?

家へは一緒に帰ろう」

 

2人揃って登場した方が、リアの理解は早いかもしれないとチャンミンは考えたのだった。

 

『うーん...。

いいですよ。

なんとかしてみます』

 

「本当に申し訳ない」

 

『チャンミンさん』

 

「ん?」

 

『謝らないでください。

チャンミンさんは悪くないですよ。

彼女さんがいるチャンミンさんのところに、転がり込んだ私が悪いんです。

お二人の邪魔をしたくないので、ここを出ますね』

 

「駄目だって!」

 

チャンミンは大声を出していた。

 

自販機コーナーにたむろしていた者たちが、一斉にチャンミンに注目する。

 

それに気づいたチャンミンは、立ち上がって男子トイレへ移動した。

 

「民ちゃん。

リアのことは気にしなくていいから。

僕のところを出たら、行くところはあるの?」

 

『ホテルに泊まります』

 

「それじゃあ、お金が続かないだろ?

僕が誰と住んでいようと、本当に気にしなくていいんだよ」

 

僕は必死だった。

 

民ちゃんに出て行ってもらいたくなかった。

 

他人事じゃないのは、民ちゃんが僕そのものだから?

 

電話越しに僕の言葉を聞く民ちゃんの姿を想像するのは易かった。

 

手洗い場の上の鏡に、携帯電話を耳にあてた僕が映っている。

 

直線的な眉の下の丸い目がまばたきをしている。

 

僕の前髪は額を隠しているけど、民ちゃんの前髪は真ん中で分かれていた。

 

『ホントにいいんですか?』

 

男にしては高く、女にしては低い民ちゃんの声が聴こえる。

 

「民ちゃんには、居て欲しいんだ」

 

鏡の中の自分と目が合う。

 

鏡に映る僕が「居て欲しい」と口を動かしていた。

 

『居てもいいんですか?』

 

「民ちゃんに居てもらったら、僕は楽しいんだ」

 

『嬉しい、です』

 

電話の向こうで、ふふふっと民ちゃんが笑うから、僕もつられて笑った。

 

鏡の中の僕は笑みを浮かべていて、鏡の向こうで民ちゃんも笑みを浮かべている。

 

気が遠くなりそうだ。

 

鏡に映っているのが、僕なのか民ちゃんなのか、分からなくなってきた。

 

 

 


 

 

「どうしよっかな...」

 

チャンミンとの通話を終えた民はつぶやいた。

 

 

(邪魔をしたくないからチャンミンさんとこを出る、なんて言っちゃったけど、行くところなんて、全然なかったんだよね。

 

お兄ちゃんのところは論外だし、かといって実家に戻るなんて嫌。

 

私は、人生を変えるためにここに来たのだから。

 

『民ちゃんには居て欲しい』だって...ふふふ。

 

チャンミンさんに引き止めてもらえてよかった。

 

チャンミンさんって優しいな)

 

 

強い日差しが、半袖の腕をじりじりと焼いている。

 

昨日、チャンミンと待ち合わせたモニュメントの前に民はいた。

 

夕方までの6時間ばかりをどこで過ごそうかしばし考えた末、民の中に素敵な思いつきが浮かんだ。

 

早速、携帯電話でめぼしいところをネット検索し始めた。

 

「ここにしよう!」

 

ウキウキとした足取りで、民は表示された地図を頼りに歩き出した。

 

 


 

 

チャンミンとリアのベッドはとても大きい。

 

186㎝のチャンミンと172㎝のリアがのびのびと寝られるようにと選んだベッドだ。

 

几帳面なチャンミンによって、しわ無く整えられたベッドにダイブしたリアは、小一時間ほどまどろんでいた。

 

外は眩しくて暑いのに、寝室の中は遮光カーテンを閉めてあるから薄暗く、26℃設定のエアコンで快適だ。

 

迫ったのに激しく拒まれたことに腹を立てたリアは、民をリビングに残して寝室に閉じこもっていた。

 

(今までのチャンミンだったら、私の誘いを断らないくせに!)

 

まどろみながらも、リアの心中は苛立っていた。

 

ドアの向こうはことりとも音がしない。

 

(出かけたのかしら?

いつもだったら、『何か欲しいものはない?』って顔を出すのに。

しばらくチャンミンのことを放置していたから、怒っているのかしら?)

 

化粧をしたままなことを思い出したリアは、シャワーを浴びることにした。

 

(今夜は優しくしてあげよう。

チャンミンもその気になるかもしれない)

 

ファスナーを下ろすと、着ていたワンピースがすとんと足元に落ちた。

 

リアは、形の良い自分の脚を気に入っていた。

 

この脚が、キスの雨で愛撫されたことを思い出すリア。

 

(チャンミンのぎこちないものと違って、『あの人』のは凄い)

 

太ももの内側に赤い痕が2つある。

 

 

(『あの人』ときたら、一晩だけで私を解放するなんて!

 

いつもだったら、2晩も3晩も私を離さないのに!

 

持て余した熱を、チャンミンに慰めてもらおうとしたのに、チャンミンは拒むし!

 

『あの人』は、新しい『専属』を見つけたのかしら...。

 

そんな!

 

...そんなはずはない。

 

イライラして疲れているから、悪い方に考え過ぎてるだけだわ。

 

あれ?)

 

 

寝室の隅にうず高く積み上げられたものに、リアは驚いた。

 

収納ケースを開けると、畳まれたリアの洋服が詰まっていて、ファッション雑誌は紐でくくられていた。

 

(どういうこと?)

 

リアは買い物をするたび不要になったものを、空き部屋に放り込んでいた。

 

(私の物を片付けてしまうなんて...どういう意味)

 

焦燥と不安でいっぱいになったリアは、寝室を出てリビングを横切り、空き部屋のドアを開けた。

 

「え...」

 

足の踏み場がないほどリアの物で溢れていた部屋の中が、きれいに片付けられていた。

 

そしてリアを驚かせたのは、三つ折りに畳んで積まれた布団一式。

 

(お客さん?)

 

布団の横に、段ボール箱が5つ。

 

いけないと思いながら、リアは箱の中を覗いた。

 

最初の箱には、トレーナーやパーカー、細身のパンツなど洋服類。

 

(チャンミンのと同じくらい大きいから...男性もの)

 

2番目の箱には、書籍。

 

(小難しい本を読むのね...チャンミンみたい)

 

3番目の箱には、男物の靴が入った靴箱と、文房具、化粧水のボトルが1本。

 

(最近の男の人は、お肌のお手入れをするみたいだし)

 

4番目の箱を開けた時、リアの手が止まった。

 

「嘘でしょ...」

 

黒いブラジャー。

 

箱の中をさらにあらためてみると、黒のボクサーパンツも前スリットのない女物だ。

 

最後の箱を開けると、白い小花が散った黒のロングワンピースと鮮やかなブルーのポシェットバッグ。

 

胸にあててみると、床を擦るほど大きく長い。

 

(嘘でしょ)

 

リアはよろよろと立ち上がると、リビングに戻ってソファにどさりと座った。

 

(あの荷物の持ち主は、女装家なのかもしれない...!)

 

 

 

(つづく)

 

 

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