~チャンミン~
フードコーナーは混雑していて、ずらり並ぶショーケースには、煌々と明るいライトに照らされて、つやつやと美味しそうな料理たち。
揚げ物の匂いが空腹の僕らの食欲を誘った。
「チャンミンさんは何が食べたいですか?」
「民ちゃんが好きに選んでよ」
民ちゃんは立ち止まる先々で、ショーケースの中をじぃっと食い入るように見ている。
「あれが食べたいです」と口にする前に、僕は次々と会計していくのだった。
デパートを出る時には、僕らはぎっしり料理がつまった買い物袋を下げていた。
駅や電車の中といった場で見る民ちゃんは...頭ひとつ分飛び出ている...背が高いなぁとしみじみ思うのだった。
混みあった電車内で、ドアにぴったり身体をくっ付けて立つ民ちゃんを、片腕をドアに突き背中を盾にして彼女をガードする。
民ちゃんは長身だし力も強い。
そうだとしても、民ちゃんは女の子で僕の彼女。
守ってあげたいなぁ、って。
民ちゃんの後ろ髪が僕の口元をくすぐった。
ふわふわと鼻先もくすぐるから、僕はくしゃみを我慢していた。
(あれ?)
うつむき加減の民ちゃんの両耳が真っ赤になっていた。
夜の車窓に車内の景色が映り込んでいる。
民ちゃんがどんな表情をしているのか、彼女の頭が邪魔で確かめることはできなかったのが残念。
・
僕の部屋まで向かう道中、「あれ?」と思うことがあった。
なんとなくだけれど、民ちゃんの様子が変だなぁと、待ち合わせ場所で合流した時から感じていたのだ。
「おうちデート」に緊張しているのか、照れているのかな、と思った。
人並みに流されてはぐれそうな民ちゃんの手を引いた時、「人が見てます」と言って、僕の手を振りほどいたのも、恥ずかしかったんだろうなぁ、って。
電車の中でも、今こうして夜の住宅街を歩く 民ちゃんは言葉少なげで、僕ばかり一方的に話している。
僕の話に相づちをうっては、「あははは」と大きな口を開けて笑ってはくれているけれど...どこか上の空なのだ。
やっぱり緊張しているんだ、と僕は結論づけた。
僕の部屋で民ちゃんと二人きりになる。
民ちゃんに誤解されるような言動は控えよう。
...自分自身への戒めも、守れるかどうか自信はないんだけどね。
・
「ここで待っててね」
まさか今夜、民ちゃんを部屋に招き入れるとは予定していなかった。
民ちゃんを部屋の外で待たせると、リビングに干しっぱなしの洗濯物を寝室に放り投げ、散らかったままの雑誌や空のペットボトルも同様にした。
窓を開けて空気を入れ替えた。
独身男の部屋は似たようなものだと思う。
「お待たせ」
「お、お邪魔します」
部屋に通された民ちゃんの声は消え入りそうに小さく、ギクシャクとロボットのように靴を脱いだ。
「適当に座ってて。
お茶を淹れるから」
「...はい」
民ちゃんは物珍しそうに、室内をきょろきょろと見回している。
ここに引っ越ししてきたばかりの当時、虚しさを抱えていた僕は生活に関しては投げやりで、荷解きも中途半端だった。
ところが、民ちゃんと想いが通じ合った夜、「このままじゃいけない」とヤル気に火がついたのだ。
全ての段ボール箱を開け、あるべき場所に物を納めた。
家財のほとんどをリアの部屋に置いてきてしまったため、買い直さないといけない状況だった。
それなのに、唯一買った家具らしいものといえば、ローテーブルだけなのには理由がある。
食卓テーブルやベッド、ソファなど、民ちゃんの存在を意識するがあまり、適当に選べずにいたのだ。
民ちゃんとひとつ屋根で暮らしていた頃、何度もよぎった願望があった。
民ちゃんと一緒に暮らせたら...。
密かにそんな願望を抱いていて、「一緒にベッドを選ぼうか?」なんて提案したら、民ちゃんはひと足もふた足も飛び越えた結論に至りそうだ。
お湯を沸かしながら、リビングの民ちゃんの様子をうかがった。
正座をした民ちゃんは、太ももにこぶしを置いて、姿勢正しくカチカチになっている。
「牛乳は?」
「いりません」
「砂糖は?」
「いりません」
ミルクも砂糖もたっぷりいれたコーヒーがお好みの民ちゃんなのに、珍しい。
そっか...「初めてできた彼氏」の部屋に「初めて」いるんだから、仕方ないよなぁ。
それにしても、民ちゃんの恥ずかしポイントがいまいち、僕には分からない。
大胆なことを言って僕を凍らせるくせに、これくらいのことで緊張するなんて。
1か月とはいえ、僕と一緒に暮らしていたのに。
でも当時は、僕らの間に恋愛は絡んでいなかった。
僕の場合、自室に女性を招き入れることは、過去の恋愛でも幾度かあったシチュエーションだ。
同棲経験もある今の僕は、おどおどドキドキの20歳男子じゃないのだ。
あらためて民ちゃんは誰かと付き合うことが初めてなんだ、と、その初々しさに頬がほころぶのだった。
なおさら、民ちゃんをびっくりさせるような行動は慎まなければ。
でもなぁ...彼氏彼女ごっこをした思い出話が加速して、「交際2週間後」にそういう関係になるものだと、民ちゃんは思い込んでいる。
マグカップを持つ指が震えている民ちゃんに、「あと10日程でそういう行為に及ぶのは、早すぎだろう」と思った。
「ん?
チャンミンさん...えっちな目でじろじろ見ないでください」
こういうところは、民ちゃんらしいんだけどなぁ。
(つづく)
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