(13)NO?-第2章-

 

 

~チャンミン~

 

フードコーナーは混雑していて、ずらり並ぶショーケースには、煌々と明るいライトに照らされて、つやつやと美味しそうな料理たち。

 

揚げ物の匂いが空腹の僕らの食欲を誘った。

 

「チャンミンさんは何が食べたいですか?」

 

「民ちゃんが好きに選んでよ」

 

民ちゃんは立ち止まる先々で、ショーケースの中をじぃっと食い入るように見ている。

 

「あれが食べたいです」と口にする前に、僕は次々と会計していくのだった。

 

デパートを出る時には、僕らはぎっしり料理がつまった買い物袋を下げていた。

 

駅や電車の中といった場で見る民ちゃんは...頭ひとつ分飛び出ている...背が高いなぁとしみじみ思うのだった。

 

混みあった電車内で、ドアにぴったり身体をくっ付けて立つ民ちゃんを、片腕をドアに突き背中を盾にして彼女をガードする。

 

民ちゃんは長身だし力も強い。

 

そうだとしても、民ちゃんは女の子で僕の彼女。

 

守ってあげたいなぁ、って。

 

民ちゃんの後ろ髪が僕の口元をくすぐった。

 

ふわふわと鼻先もくすぐるから、僕はくしゃみを我慢していた。

 

(あれ?)

 

うつむき加減の民ちゃんの両耳が真っ赤になっていた。

 

夜の車窓に車内の景色が映り込んでいる。

 

民ちゃんがどんな表情をしているのか、彼女の頭が邪魔で確かめることはできなかったのが残念。

 

 

僕の部屋まで向かう道中、「あれ?」と思うことがあった。

 

なんとなくだけれど、民ちゃんの様子が変だなぁと、待ち合わせ場所で合流した時から感じていたのだ。

 

「おうちデート」に緊張しているのか、照れているのかな、と思った。

 

人並みに流されてはぐれそうな民ちゃんの手を引いた時、「人が見てます」と言って、僕の手を振りほどいたのも、恥ずかしかったんだろうなぁ、って。

 

電車の中でも、今こうして夜の住宅街を歩く 民ちゃんは言葉少なげで、僕ばかり一方的に話している。

 

僕の話に相づちをうっては、「あははは」と大きな口を開けて笑ってはくれているけれど...どこか上の空なのだ。

 

やっぱり緊張しているんだ、と僕は結論づけた。

 

僕の部屋で民ちゃんと二人きりになる。

 

民ちゃんに誤解されるような言動は控えよう。

 

...自分自身への戒めも、守れるかどうか自信はないんだけどね。

 

 

「ここで待っててね」

 

まさか今夜、民ちゃんを部屋に招き入れるとは予定していなかった。

 

民ちゃんを部屋の外で待たせると、リビングに干しっぱなしの洗濯物を寝室に放り投げ、散らかったままの雑誌や空のペットボトルも同様にした。

 

窓を開けて空気を入れ替えた。

 

独身男の部屋は似たようなものだと思う。

 

「お待たせ」

 

「お、お邪魔します」

 

部屋に通された民ちゃんの声は消え入りそうに小さく、ギクシャクとロボットのように靴を脱いだ。

 

「適当に座ってて。

お茶を淹れるから」

 

「...はい」

 

民ちゃんは物珍しそうに、室内をきょろきょろと見回している。

 

ここに引っ越ししてきたばかりの当時、虚しさを抱えていた僕は生活に関しては投げやりで、荷解きも中途半端だった。

 

ところが、民ちゃんと想いが通じ合った夜、「このままじゃいけない」とヤル気に火がついたのだ。

 

全ての段ボール箱を開け、あるべき場所に物を納めた。

 

家財のほとんどをリアの部屋に置いてきてしまったため、買い直さないといけない状況だった。

 

それなのに、唯一買った家具らしいものといえば、ローテーブルだけなのには理由がある。

 

食卓テーブルやベッド、ソファなど、民ちゃんの存在を意識するがあまり、適当に選べずにいたのだ。

 

民ちゃんとひとつ屋根で暮らしていた頃、何度もよぎった願望があった。

 

民ちゃんと一緒に暮らせたら...。

 

密かにそんな願望を抱いていて、「一緒にベッドを選ぼうか?」なんて提案したら、民ちゃんはひと足もふた足も飛び越えた結論に至りそうだ。

 

お湯を沸かしながら、リビングの民ちゃんの様子をうかがった。

 

正座をした民ちゃんは、太ももにこぶしを置いて、姿勢正しくカチカチになっている。

 

「牛乳は?」

 

「いりません」

 

「砂糖は?」

 

「いりません」

 

ミルクも砂糖もたっぷりいれたコーヒーがお好みの民ちゃんなのに、珍しい。

 

そっか...「初めてできた彼氏」の部屋に「初めて」いるんだから、仕方ないよなぁ。

 

それにしても、民ちゃんの恥ずかしポイントがいまいち、僕には分からない。

 

大胆なことを言って僕を凍らせるくせに、これくらいのことで緊張するなんて。

 

1か月とはいえ、僕と一緒に暮らしていたのに。

 

でも当時は、僕らの間に恋愛は絡んでいなかった。

 

僕の場合、自室に女性を招き入れることは、過去の恋愛でも幾度かあったシチュエーションだ。

 

同棲経験もある今の僕は、おどおどドキドキの20歳男子じゃないのだ。

 

あらためて民ちゃんは誰かと付き合うことが初めてなんだ、と、その初々しさに頬がほころぶのだった。

 

なおさら、民ちゃんをびっくりさせるような行動は慎まなければ。

 

でもなぁ...彼氏彼女ごっこをした思い出話が加速して、「交際2週間後」にそういう関係になるものだと、民ちゃんは思い込んでいる。

 

マグカップを持つ指が震えている民ちゃんに、「あと10日程でそういう行為に及ぶのは、早すぎだろう」と思った。

 

「ん?

チャンミンさん...えっちな目でじろじろ見ないでください」

 

こういうところは、民ちゃんらしいんだけどなぁ。

 

 

(つづく)

 

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