~チャンミン~
僕の質問に答えない民ちゃんにキスをした。
下腹の底がぐぐっと痺れた。
重ねるだけのキスもいいけれど...1ステップ進んでみたいなぁ。
民ちゃん相手じゃ早いかなぁ...。
僕は男...エロい気持ちは抑えられない。
「入れてもいい?」
半分冗談、半分本気で尋ねてみた。
「!」
民ちゃんは僕の腕を振りほどき、ババっと飛び退いた。
「そ、そーゆーことっ!
いちいち聞かないでくださいよ!」
「駄目?」
顔をぐんぐん真っ赤にさせて焦る民ちゃんの反応が面白すぎた。
「駄目です!」
ぷいっと顔を背けてしまった民ちゃんを僕は許さない。
逃げる民ちゃんの二の腕を捕らえると、一度目の時より身体同士を密着させた。
「......」
上目遣いの民ちゃんと、5㎝の距離で目を合わせた。
「僕に言いたいことって、何?」
「う...」
「言わないと、もう一回するよ?」と言った途端、
「やめて!!」
どん、と民ちゃんに胸を押された。
その馬鹿力に僕は床に転がってしまい、慌てた民ちゃんに引っ張り起こされた。
「そ、そういう軟派なことはチャンミンさんらしくありません!」
「僕らしくないって言う前に、僕の質問に答えて」
「うっ...」
途端にだまりこくってしまう民ちゃんを、睨みつけた。
僕の睨みに負けた民ちゃんは、「ふう...」とため息をついてこう言った。
「分かりました。
言いにくかったのは、チャンミンさんを怒らせてしまうからです」
「僕を?」
悩み事だとか仕事上(ユン)で叱責を食らったとかの類じゃないことは、今夜の民ちゃんの様子でなんとなく読めていた。
僕に関することかなぁ、って。
そのままにしておけなくて、民ちゃんにしつこく迫っていたのだ。
「そうです。
言いにくくて...黙っていようとずっと思っていましたけど、チャンミンさんに隠し事はいけないですね」
「え~、怖いなぁ。
僕を怒らせてしまうこと?」
「はい」
おどけた風に腕をさすってみせたのは、モヤモヤとした不快感に襲われてきたのを隠すため。
真顔の民ちゃんは、脚を伸ばして座った姿勢から正座になった。
「チャンミンさんが私のことを嫌いになっちゃうかもしれません」
「嫌いに?」
付き合い始めて1週間足らずの間で、民ちゃんに嫌な思いをさせるようなことを、気付かないうちにしでかしてしまったのではと、ヒヤヒヤしていたから、彼女の言葉は意外だった。
ますます見当がつかなくなった。
「チャンミンさんがどうこうじゃなくて、私が悪いことなんです。
ですので、ジャッジするのはチャンミンさんです」
「ジャッジって...。
僕が民ちゃんのことを嫌いになるわけないじゃないか」
「...でも、分かんないじゃないですか」
「前置きはいいからさ、早く話して?
怒ったりしないから」
「分かりました」
僕ももたれていた壁から半身を起こし、民ちゃんの正面に胡坐をかいて座り直した。
「チャンミンさんのおうちで暮らしていた時です。
その時の私は好きな人がいるって、言ってましたよね?」
「ああ」
民ちゃんは彼を追って田舎を出てきたのだ。
彼のことを想う時、民ちゃんの顔はとろとろになっていた。
彼への想いがいつ消えて、僕へと移ったのか気になった僕は昨日、問いただしたのだ。
民ちゃんの答えは、『今はもう好きじゃない』だった。
「チャンミンさんにはお伝えしていませんでした。
なぜって、その人はチャンミンさんの嫌いな人だからです」
「僕が...嫌い」
民ちゃんの『その人』は、僕も知っている人...。
もしや...。
「私が好きだった人は...ユンさんだったんです」
「!!!!!!」
絶句した僕は今、どんな顔をしているのやら。
口をあんぐりとさせていた。
「ユン...」
「はい。
私が好きだった人はユンさんです」
「ユン...?」
「はい、ユンさんです。
『今も好きなのか?』とチャンミンさん質問しましたよね?」
『もう好きじゃない』と答えました」
「ユン!?」
「チャンミンさんに質問された時から、黙っているのはよくないと思うようになったんです」
「ユンが...好きな人?」
僕の声はかすれていた。
「好き『だった』人です!」
以前、民ちゃんが片想いの彼のことをこう称していた...暮らしのステージが上の人、成功している人...なるほど、ユンにそのままあてはまる。
能力を買って都会へ出るよう勧めてくれた恩人、とまで話していた。
ギリギリと胃のあたりが痛んだ。
身体は熱いのに、冷や汗をかいていた。
「どうして黙っているのはよくない、と思ったのかな?
わざわざ僕に知らせる必要はないんじゃないかな?」
知りたくもないことを、僕が彼氏だからと馬鹿正直に報告する民ちゃんに苛ついた。
「そうですね。
ずーっと黙っていればいいことでしたね」
「知ってしまった僕は、ユンを見る目が変わってくるんだよ?
僕は今、ユンと仕事をしている。
今後、仕事がやりづらくなるって考えなかったのかな?」
この時初めて、民ちゃんの生真面目なところに腹を立てた。
「まるで私がユンさんと付き合ってたみたいな言い方ですね?」
「付き合っていたのなら話は別だ。
片想いだったんだろ?
だからこそ、僕に報告する必要は余計にないんだ」
「やっぱり...怒りましたね?」
「怒るに決まってるよ。
ねぇ、民ちゃん?
確かに彼氏と彼女だったら隠し事はよくない。
でもね、なんでもかんでも教える必要はない」
「......」
民ちゃんの口はへの字にゆがみ、両眉も下がっている...もうすぐ、泣きだすだろう。
「全部知ってもらおうとか、知って欲しいとか...。
束縛って言うんだよ?」
いつしか僕は、理想の恋愛観を民ちゃんに語っていた。
民ちゃんにショックを与えるために、思ってもいない『束縛』だなんて強い言葉を使っていた。
「束縛とか...そうじゃないんです。
知ってもらいたいばかりじゃないんです。
そうじゃなくって」
「その通りだろう?」
民ちゃんのことをもっと知りたいと望んだそばから、自分にとって都合の悪いことは知りたくなくて彼女を責めた。
自分がここまで怒りっぽいなんて知らなかった。
(つづく)
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