(16)NO?-第2章-

 

~ボタンのかけ違い~

~チャンミン~

 

 

「僕が怒っているのはね。

僕はユンが好きじゃない。

はっきり認めるよ」

 

「......」

 

「そのユンのことを民ちゃんが好きだった。

もの凄く嫌な気持ちになった。

民ちゃんは僕が今、何を問題にしているのか分かる?」

 

民ちゃんの目に涙が膨らみ、いっぱいまで膨らんで目尻から頬へと滴った。

 

「私はユンさんを、今はもう男の人として好きじゃないです。

これは本当のことです。

信じてください」

 

「だからさ、ユンのことをなんとも思っていないのなら、ますます僕に伝える必要はないんだ。

それにさ...民ちゃんはユンのところで働いてるでしょ?

好きだった人が近くにいるんだよ?

僕がどう思うか考えなかったの?」

 

「考えました!

私とチャンミンさんはユンさんのモデルをすることになっています。

だから、伝えておかないと、って」

 

「聞きたくなかったよ。

教えてくれてありがとうなんて...とてもじゃないけど言えない」

 

僕は癇癪を起した子供のように、民ちゃんを責めつづけた。

 

つくづく大人げない行いだった。

 

民ちゃんはぽろぽろと涙をこぼし、口角を目いっぱい下げ、わっと泣き出してしまうのを堪えているようだった。

 

そんな民ちゃんを前にしても、僕の意地悪な気持ちはおさまらなかった。

 

「あのっ!

どうしてユンさんの話をしようと思ったかというと、続きがあるんです」

 

僕は続きを話そうとする民ちゃんを遮った。

 

「もういいよ。

怒ってないから」

 

肩の力を抜き、僕はため息をついた。

 

「民ちゃんの話はよく分かった。

僕に隠し事はよくないからって、正直であろうとしたんだよね?」

 

「あのっ...それだけじゃなくて」

 

「これ以上はもういいよ。

分かったよ、分かった」

 

「だからっ...」

 

「この話はもう終わりにしよう」

 

民ちゃんへ気持ちをぶつけたおかげで、とげとげした僕の気持ちは鎮まっていった。

 

僕はキッチンへ引っ込み、正座をしたままうつむいている民ちゃんに声をかけた。

 

「コーヒーを淹れようか?」

 

民ちゃんは首を左右に振り、トートバッグを引き寄せ立ち上がった。

 

「私...帰ります」

 

「えっ?」

 

「ごちそうさまでした」

 

頭を下げ、民ちゃんは足早に玄関に向かってしまった。

 

「僕はもう怒ってないんだよ?

僕に話すことですっきりしてもらえたのなら、それでいいんだ」

 

「ユンさんが関係してる話だから、絶対にチャンミンさんを怒らせるって分かってました」

 

確かに、民ちゃんの告白は僕の心をいたずらに揺さぶるだけのものだった。

 

「私っ...チャンミンさんにお願いしたいことがあったんです。

でも...いいです。

チャンミンさん、すごく怒ってるし」

 

「しつこいなぁ。

もう怒ってない、って言ってるでしょ?」

 

「しつこいなぁ」と発した瞬間、民ちゃんの表情はこわばった。

 

民ちゃんのいう『お願いごと』とは、こうじゃないかと僕は予想していた。

 

『好きだった人と同じ職場にいるけれど、気持ちは僕にあるから安心してください』みたいな...。

 

「もう...いいです」

 

「民ちゃっ...!」

 

身をひるがえした民ちゃんの腕をとっさにつかんだ。

 

「おやすみなさい!」

 

僕の手を振りきって、民ちゃんはドアの向こうに消えた。

 

帰っていった民ちゃんにあっけにとられた僕は、ぱたんと閉まった玄関ドアをしばし見つめていた。

 

追いかけるべきか、そのままにしておくか迷ってしまったのだ。

 

「民ちゃん!」

 

サンダルをつっかけ民ちゃんを追いかけた。

 

当然、内廊下から姿を消していた。

 

エレベータの階数ランプはひとつ上の階を示していることから、階段を使ったのだろう。

 

僕も階段を駆け下りた。

 

マンションを飛び出して、民ちゃんのアパートへの道を見渡してみたけれど、彼女の後姿はなかった。

 

民ちゃんのアパートまで追いかけようか、再び僕は迷った。

 

けれども、サンダル履きの足元と、コンロにかけっぱなしのヤカンを思い出し、部屋へ引き上げることにした。

 

民ちゃんの話の続きを聞けるほど、僕の気持ちは未だ納まっていなかった。

 

交際わずか1週間で、僕らは喧嘩した。

 

喧嘩なんかじゃないな...僕が一方的に腹を立て、民ちゃんを責めたてたものだ。

 

ユンの名前が登場した途端...要注意人物だとマークしていたから、僕は気色ばみ、冷静さを失ってしまった。

 

ずっと年上な僕が、こうまで心が狭く、嫉妬深い男だったとは...情けない気持ちになった。

 

 


 

 

「...っく...うっ...っ...」

 

民は帰り道の間中、泣いていた。

 

順を追ってうまく話ができなかった自分が情けなかった。

 

チャンミンの反応に、怯んでしまったのだった。

 

(伝えたいことの半分も口にできなかった。

...きっと、チャンミンさんは私のことを嫌いになってしまったんだ。

とても怒っていたから)

 

ブルゾンの袖で涙を拭いた。

 

コートの襟もとをかき合わせた帰路を急ぐ者たちとすれ違う。

 

民は、チャンミンとリアとが妊娠騒ぎで揉めていた夜を思い出していた。

 

(あの時も泣きながらひとり、夜道を歩いたんだった。

通り過ぎる人たちがみんな、幸福そうに見えた。

とても苦しかった。

...今も苦しい)

 

チャンミンの家を出て10分もかからずに、自身のアパートにたどり着いてしまう距離に民はもっと泣けてしまうのだ。

 

追いかけてこないチャンミンに、民は絶望していたのだった。

 

(私の話を最後まで聞いてくれなかった。

私のことを嫌いになってしまったんだ。

頼れるのはチャンミンさんしかいないのに...)

 

アパートに到着し、2階への階段を目にして、熱い涙がさらに膨らんできた。

 

キスを2度交わした前夜の甘い空気を思い出し、「この落差は一体何なんだろう」と泣けてきた。

 

「うっ、うぅぅ...」

 

部屋に帰りつくなり、民は三つ折りにした布団に身を投げ出し、大声で泣いた。

 

(何でもかんでも話したいわけじゃない。

ユンさんにキスされたことは絶対に教えたらいけないことだ。

そんなこと、分かってる。

私はただ、ユンさんのことで相談にのって欲しかったのに!

お願いしたいことがあったのに!)

 

「嫌われちゃった...」

 

(...それからもうひとつ。

午後に起きたあの出来事も、絶対に教えたらいけないことだ)

 

 

(つづく)

 

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