(2)NO?-2章-

 

~ユン~

 

事故に遭ってショック状態が続くのかと予想していたところ、意外にケロッとしている民に感心した。

 

この子はなかなか肝のすわった子だぞ、と。

 

獲物を前にしていざ行動に移すまでに、これほど時間をかけることになるとは。

 

俺らしくもない。

 

慎重になっていたんだな。

 

民を見舞った病室でのことだ。

 

民を怯えさせたり、とりこにさせた挙句に容赦なく切り捨てた後、彼を嘆き悲しませたくない、と身構えたのだ。

 

とは言え、俺の中の欲情はそろそろ抑えがきかなくなってきたようだ。

 

急な仕事が割り込んできたせいで後回しにしていた、民をモデルにした作品に一刻も早くとりかかりたい。

 

タイトなパンツに包まれた民の尻に、どうしても視線を注いでしまうのだ。

 

午後には、通販カタログの次の号の打ち合わせのスケジュールが入っている。

 

よし、打ち合わせ場所はここにしよう。

 

チャンミン君と民を2人並べてみよう。

 

ついでにスケッチをとらせてもらおうか。

 

「ユンさん?」

 

考えにふけっていたせいで、作業する手が止まっていた俺は、民に呼ばれて顔を上げた。

 

俺の手元の下で、土台を支えていた民の顔がすぐ間近にある。

 

俺の腕が、民のうなじに吸い寄せられるように動いた。

 

そして、民の唇を俺のもので覆う。

 

「ユ...!?」

 

民の身体がびくりと震えて、硬直する。

 

もう片方の手で民の手首をつかむと、俺の方に引き寄せた。

 

一度唇を離し、角度を変えてさっきより柔く押し当てた。

 

民の身体から力が抜けた。

 

口づけながら、大きな目を縁どる長いまつ毛が、羽のようにまばたきするのに見惚れた。

 

引き結ばれた唇の感触から、「キスに慣れていない」ことが伝わってくる。

 

息継ぎされないよう、俺の頬で民の鼻を覆う。

 

「んっ...」

 

つかんだ民の手首から抵抗を感じる。

 

「んんっ...」

 

苦しくなった民が、俺のキスから逃れようと小刻みに首を振っている。

 

だが、俺はうなじに置いた手に力をこめて、それを許さないのだ。

 

「んっ...」

 

空気を求めて開いた唇の隙間から、舌を侵入させた。

 

「んんー!」

 

喉奥に引っ込んだ民の舌を引き出そうと、彼の口内をかき混ぜた...。

 

「!」

 

どん、と胸を突かれて後ろによろめいた。

 

さすが男の力だ。

 

俺の束縛から逃れた民が大きくあえいで、涙ぐんだ目で俺を睨んでいる。

 

「...ユンさんっ...」

 

俺は無言で、眉間にしわを寄せた民から目を反らさない。

 

息が整いつつあると、俺の様子に不安になったのか、民の表情が俺を窺うものに変わってきた。

 

「民くんは今、恋人はいる?」

 

「え...?」

 

俺の問いに答えるまでに、数秒あった。

 

おや、と思った。

 

「...います」

 

「俺とキスしても...構わないよね。

黙っていればいいことだ」

 

「...よくないです」

 

民はふるふると首を横に振った。

 

「ユン!」

 

アトリエから居住エリアを繋ぐドアが開き、俺を呼ぶ声が。

 

舌打ちをした俺は、早足でドアが開ききる前に押さえた。

 

アトリエには絶対に顔を出さないよう、常々念を押していたのに。

 

「一旦、休憩にしようか。

15分くらい待っててくれる?」

 

民にそう言い置いて、ドアの向こうに俺は消えた。

 

「ユン...。

ねぇ」

 

俺となかなか別れたがらない女。

 

甘い顔を見せていたらこの有様だ。

 

俺にしなだれかかる彼女の手を引いて、アトリエを後にした。

 

 


 

先ほどのキスを思い出し、民の顔は熱くなる。

 

その時に身動きできなかった自分、抵抗しきれなかった自分をはしたなく思うのだった。

 

(どうしよう。

ユンさんとキスをしてしまった...!

私にはチャンミンさんがいるのに...いるのに...。

浮気だ!

私ったら、浮気をしちゃった!

どうしよう!)

 

民はポケットの中から携帯電話を取り出した。

 

(ユンさんへの気持ちは...憧れだ。

その気持ちは今もある。

ユンさんへ恋愛感情はあるかどうか問われれば...ない。

だって、昨夜確信したのだから。

恋愛感情というのは、チャンミンさんに対して抱くものなのだ。

ユンさんは...。

田舎を出てくる背中を押してくれた人、私を雇ってくれた人。

いろんなきっかけを作ってくれた人。

感謝しているし、才能豊かで尊敬している。

凄いなぁと見上げるだけの人。

憧れの人だからこういうことをされると、困ってしまう)

 

動揺した気持ちを落ち着かせようと、昼時に届いたばかりのメール...チャンミンからの...を表示させ、その文面を何度も読み返す。

 

『今夜、一緒にご飯を食べに行こう。

待ち合わせはどこにする?』

 

じん、と胸が熱くなったが、先ほどの行為を思い出して、ずんと気持ちは盛り下がった。

 

(チャンミンさんとさえ、あんなキスはしたことがないのに...!

まだ2回しかしていないのに...!

ユンさん、酷いよ。

私の反応を見ようと面白がっているみたいだ)

 

「...でも」

 

(ユンさんは黙っていれば分からない、って言ってた。

...そうしよう。

チャンミンさんに報告する必要は...ないよね。

私は嘘つきでずるい)

 

 

(つづく)

 

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